2020年2月発行

映画のイコノロジー飛行新聞 Die ikonologische Flugzeitung des Kinos Vol.10-1


(飛行新聞 Die Flugzeitung とは、グーテンベルクの活版印刷によって宗教改革時代以降、カトリックとプロテスタント両派が宣伝合戦を繰り広げたビラに由来する。つまり現在のフライヤーのこと)


「映画のアルケオロジー」其の1


ドイツの映画監督ヴェルナー・ネケスが、その生涯をかけて蒐集・研究してきた映像関係の膨大な機器と資料を実際に使って記録したドキュメンタリー映画『Media magica(魔術的メディア)』シリーズ全6巻(第1巻は『Film before Film(映画以前の映画)』[1985年製作]と題されている)を中心に、G.メリエスの『月世界旅行』やリュミエール兄弟らの映画草創期の映像などを交えながら、そもそも映像メディアとは何かを図像学的にみていく、全6回のレクチャーシリーズ『映画のアルケオロジー』。

加えて松本夏樹コレクションから、幻燈、実体鏡、ステレオスコープ、フェナキスティスコープ、活動写真映写機、玩具映画、最初期小型映画パテ・ベビーなどを実際に用いて、映像メディアの全体像を体験していく。それを通じてネケスのいう「魔術的メディア」としての映像=イメージの生成術を探っていくが、それはまた中世の錬金術師たちが、小宇宙である坩堝と蒸留器の内に見た、世界創造の原風景とも重なっていくだろう。



ネケスは『フィルム・ビフォー・フィルム』の冒頭で次のように語っている。


永年に亙って私は自分の映画製作の傍ら、映画前史についての研究を進めてきました。映画は多くの発明や、技術革新の上に築き上げられてきたものですが、発明を遡ってみると魔術や錬金術などと深く結びついていました。映画は人工的に現実を再現させるもので、空間と動きに関わる光学的イリュージョンであると云えます。原始的なカメラ「カメラ・オブスクラ」に始まり、この映画を撮っている今日の映画カメラに至るまでの道程は長く、また「ラテルナ・マギカ」と呼ばれる動かない絵の幻燈機から、私達が知っている映画の映写機に辿り着くまでにも長い時間がかかりました。 数え切れない程の発明と、多くの光学的な玩具は、今日の映画言語を形成する為の魁となりました。ここではその内主要なものを幾つかお見せしながら紹介していきましょう。 映画の発展の中で最も重要な発見は、人間の目が大雑把なもので、そうであるからこそ私達は映像に独自の解釈を与えることができるということです。

W・ネケス『Film before film』(1985年)より

ネケスはそもそも映像の技術(アート)の始原は魔術や錬金術に結びついていた、つまり映像とは「魔術的メディア」に他ならないと言っています。ネケスの映像と松本所蔵品の画像を交えながら見ていきます。


日本のアナモルフォース、龍紋深鉢。

龍紋深鉢
W・ネケス『Film before film』(1985年)より

カメラオブスクラ、日本製の学生の写生用道具。

カメラオブスクラ、日本製の学生の写生用道具。(0090)
W・ネケス『Film before film』(1985年)より

18世紀の百科全書に載っているカメラオブスクラ3種類の絵。

カメラオブスクラ3種類の絵

鏡付き単眼レンズの覗き箱「実体鏡」用パースペクティブ(透視画)の着色銅版画。

「実体鏡」用着色銅版画

1760年頃に日本に入って来た時、透視画は浮いて(3次元に)見えるから「浮き絵」と呼ばれた。すぐに実体鏡が模造され、光学玩具「写真鏡」として広がったとき、玩具屋の依頼によって透視画法を最初に始めたのは円山応挙です。

W・ネケス『Film before film』(1985年)より
W・ネケス『Film before film』(1985年)より

このエンブレム「寓意画」はイエズス会のものですが、部屋の外にある葡萄棚(イエスの血の象徴)が天使の持つスクリーンに逆様に映る。

エンブレム「寓意画」

魂の中にカメラオブスクラを通して神のイメージが現れる。そしてこの寓意画自体も丸い鏡の鏡像、ミラーイメージで直接的でなく、このエンブレムを見る人は鏡像を見ている。その鏡像の中で寓意としての光学現象が起こっている。


これはプロテスタントの寓意画でヨハン・アルントという牧師の本の挿絵です。

ヨハン・アルント牧師の本の挿絵

額があって上部に神の眼があり、すべてが放射され明るい世界がある。プロテスタント的寓意では魂とはカメラオブスクラ「暗い部屋」であり、外の光がいくら明るく輝いていても心が闇であるならば、せっかく神の光に照らされたイメージも逆さになってしまう。


先程のイエズス会の寓意画集『聖なる寓意画のヴェールに隠された福音の光』の扉絵です。

『聖なる寓意画のヴェールに隠された福音の光』扉絵

左上方から神の光が聖霊の鳩となって差し込んでくる。神の光は聖書の言葉(福音)となり、さらに聖書に跳ね返ってヴェール(スクリーン)にあたり像を結ぶ。そこで初めて寓意画エンブレムが出現する。虹や光の屈折や日の出のオーロラなど、光学原理のイメージは天使が持つ鏡によって人に与えられる。筆記用具を持つ鷲(ヨハネ)、牛(ルカ)、ライオン(マルコ)、天使(マタイ)これは4人の福音書記者エヴァンジェリストの寓意画です。福音を伝えた4者が聖書を掲げていると、そこに神の光が反射して聖なるエンブレムが像を結ぶ。この扉絵自体が寓意画の寓意画となっているように、西洋の光学は「神の光」を前提とした精神史的、神学的な背景を持っている。


次も同じ『福音の光(ルクス・エヴァンゲリカ)』第30番の寓意画。

『福音の光(ルクス・エヴァンゲリカ)』第30番の寓意画

ここでは神の不可視の光が聖体顕示台(物質として顕われた神の姿)に反射する。ミサの時に聖体顕示台に反射した光がレンズによって凝縮され心の中に入ってくる。


江戸の写絵。

江戸の写絵

手が3本ありますがこれをマスキングして動くように見せる仕掛け種板です。

W・ネケス『Film before film』(1985年)より

太鼓を打つばちを動かす仕掛け種板。

仕掛け種板

足を交互に見せ歩くように見える。後ろ向きの人が振り返る。


手紙を読む動きを見せる仕掛け種板。

仕掛け種板

幽霊が現れるものなど。


上方落語『池田の猪買い』に基づいた「錦影絵」(複数の演者が「風呂」と呼ばれる木製幻燈と種板を使って芝居の様に映していくもの)の種板。

種板

種板は吹きガラスで作っていますから非常にもろくて壊れやすい。


これは座敷影絵一式。下の引出しに種板が入り、風呂の中に燈明皿、レンズが収納されています。レンズ筒が円筒ではなく六角形なのは、指物で簡単に安く作る為です。江戸時代の眼鏡に使う凸レンズは、玉磨き屋が発祥で京都の蛸薬師のあたりに沢山の職人がいました。風呂の造作は、手元を照らすレンズ付き行燈と同じ造りです。

座敷影絵一式

種板には「影絵始まり」と書かれた口上言い(扇子を動かす)、女の立小便、大阪の天神祭、南蛮船の出港と帰港、これは引き絵で「海士(アマ)」という能に依っています。大蛤の蜃気楼、流鏑馬、安芸の宮島など。

金閣寺「祇園祭礼信仰記」

これは縦引きになっている金閣寺「祇園祭礼信仰記」(詳しくは公式サイトの「イメージコレクション其之十」を参照)の場面。