イメージ・コレクション其之十

『座敷影絵の幻』


江戸時代の随筆家西澤一鳳はその著『皇都午睡』[嘉永三(1850)年刊]で次の様に述べている。 「昔より廃らぬ物は座敷遊びに用ゆる影畫なり。硝子の畫板を逆にはめて、人物花鳥の働らき、近江八景、宮嶋、金閣寺、 天神祭りなど、古風にて品よき弄び也。是も近来鳴物囃子を入、寫畫と呼て四谷怪談などをす、甚下卑たり。座敷手妻、座 敷影畫など古風なるところを愛すべきもの也。」

写し絵については既に触れたことがあるが(注 1)、西澤一鳳によれば鳴物や囃子のついた芸能としての幻燈ショー・写し 絵より、座敷影絵の方が古風だという。だが現存する写し絵(上方では錦影絵と呼ぶ)の道具は、そのほとんどが芸能用の品で、 座敷影絵がどのようなものであったのかはわからなかった。

ところが 2010 年、四国の旧家の蔵から収納箱に入った座敷影絵のほぼ完全なセットが発見された(図 1)。1 から 21 ま での通し番号の書かれた種板は、画像が動く仕掛種板 14 枚、引くことで画像が移動する「長絵」7 枚からなり、収納箱の引 出しに収められていた(注 2)。この「長絵」のひとつで通し番号「四」の絵は、紅白の提灯が飾られて多勢の見物客に埋ま る橋に向かって、「中」や「天満宮」と書かれた幟を立てた船や、大提灯や旗を付けた船、天辺に鳳凰を載せた神輿が乗る大 船が進んでいく情景が描かれている(図 2)。これは大坂天神祭の船渡御の情景で、これとほぼ同一の種板が以前発見されて、 ながらく、船渡御では橋上の人の足の下を御神体が潜ることはないとされていた、天神祭の定説が覆った例がある。しかも 一鳳のあげている座敷影絵のひとつであることはなおさらに興味深い。 だが更に興味深い「長絵」は唯一縦引きである番号「二十」である(図 3)。 これは宝暦七(1757)年、大坂の豊竹座で初演された人形浄瑠璃で、翌年には歌舞伎に翻案された『祇園祭礼信仰記』四 段目、通称『金閣寺』に登場する雪姫の演技「爪先鼠の段」を描いた種板なのである。 天下乗っ取りを目論む敵役「国崩し」と呼ばれる松永大膳が、将軍足利義輝の母である慶壽院を金閣上階に閉じ込めた上に、 絵師狩野将鑑の娘雪姫に金閣天井へ龍を描けと強要する。だが雪姫は父親が何者かに殺され、龍の手本画帖と宝刀「倶利伽 羅丸」が奪われた為に描けぬと言うと、大膳は雪姫を瀧の前に引きすえ、刀を抜いて「これを手本にして描け」と瀧に刃を かざせば不思議にも龍の姿が現れた。伝家の宝刀を奪い父を殺したのが大膳であるのを知った雪姫は「倶利伽羅丸」を取返 そうとするが、逆に桜の木に縛りつけられてしまう。大膳がその場を去ると、雪姫は散った桜の花びらを爪先で並べて鼠を 描き、この鼠が雪姫の縄目を喰いちぎり助ける。これが「爪先鼠の段」の名の由来である。 縦引きの「長絵」を風呂(木製幻燈器)の下から上へと動かすと、雪姫と瀧に刀をかざす大膳(かすれているが瀧には龍 の姿が現れている)、そして金閣上階で慶壽院が救出されたことを知らせる狼煙「火龍砲」が打上げられている情景まで、芝 居の一連の推移が順に見られる(図 4)。 付け加えるなら、大膳を呼ぶ「国崩し」とは城をも破壊する大砲の別称であり、暗にその持物の巨大さを示している。つ まり桜の木に縛られた雪姫落花狼藉の危うさ、そして雪姫の裾を割って爪先で鼠を描く際どさを、座敷の暗闇の中に現れた 幻として楽しもうというのが、この「古風にて品よき弄び」の今ひとつの隠された情景なのである。


注 1:イメージ・コレクション其之四 『動く驚異』参照。

注 2:『演劇研究』第三十五号、拙稿「新発見の江戸期の木製幻燈に関する考察—『写し絵・錦影絵』との比較を中心に—」、 早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、2011 年。




図版 所蔵:松本夏樹

撮影:原田正一

デジタル制作:福島可奈子


図1

図2

図3

図4