9.猫の妙術について知るところを記せ

猫が鼠を捕らえる妙術になぞらえた、秘剣を伝えられたもの。

昔、勝軒という剣術者がいた。自宅に狂暴な鼠がおり、手飼いの猫や、近所の鼠捕りの上手な猫を数匹かり集め、鼠のいる部屋に入れ捕らえようとしたが、猫達が近づくや否や、鼠は逃げるどころか、猛烈に襲いかかり、猫どもは皆声を立てて逃げ、退却する結果となった。

そこで彼は、自分から打ち殺そうと、木刀を持って迫ったが、鼠は宙を飛び電光石火の早技で逃げ廻り、ついに追うことを断念せざるを得なかった。

最後の手段として、六、七町先にいる鼠捕りの有名な古猫を借りて追い入れると、鼠はじっとすくんだまま動かず、古猫は難なく、のろのろと行き鼠を捕らえてきた。

その後勝軒の家に猫どもが集まり、古猫を上座にして、強い鼠をいとも簡単に捕らえた妙術の教えを乞うた。古猫が笑って言うには、「どなたも若猫達でずいぶん達者に立ち向かったが、まだまだ、本来の手筋をご存じないので、思いのほか不覚をとったのだろう。決して皆さんの修業方法は間違いではないが、いかに早技で、臨機応変な技巧を用い、心身ともに修業しても、意識的な行為は、自信過剰となってしまう。窮鼠却って猫を噛むの例えがあるが、鼠は必死で己を忘れて勝敗を忘れ、身を捨てているのだから。このような時は鼠といえども、捕らえることはできない。」

その後勝軒は熱心に古猫の話を聞き、「敵無く我無し」等の問答を重ねている内に、いくら気魄と気位を持ち、巧妙な技をもって変に応じる気構えがあっても、無念無想の無我の心境で自然にほとばしるものでないかぎり、武の奥義に達することはできない。むしろ眠っているように見える猫でも、鼠を近づけない姿こそ、真の剣の修行者の極意と悟った。

「猫の妙術」原文及び現代語訳

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