MHB海外継承日本語部会第7回年次会(2018年8月8日)の報告

投稿日: 2018/07/25 20:38:50

<2018年海外継承日本語部会年次会報告―概要―>

今年の部会は、冒頭で、MHBの創立者であり継承日本語教育の草分けである中島和子トロント大学名誉教授をお迎えし、「グローバル時代の補習校―家庭・地域(現地校)とともに育むマルチリテラシー」の講演を行いました。就学形態の違いに基づく言語力調査の先行研究や、最近の全米補習校の実態調査を元に、週日の現地校との組み合わせによって高度マルチリテラシーを育む基盤となる「補習校モデル」の役割が強調され、部会のグループメールを通して時代に即応する補習校のあり方が問われる中で、大きな意味を持つご講演となりました。

また実践報告では、シンガポール日本語文化継承学校の磯崎みどり校長による学校紹介が行われ、近隣に政府認可の補習校がありながら、開校から7年で幼稚園児から高校までの生徒数が250人に迫る学校に成長した同校の教育方針が発表され、合わせて多言語社会シンガポールの教育事情も紹介されました。

この2件の発表に使われたスライドは、講師のご了解を得て部会オンラインサイトに掲載されています。当日参加されなかった方は、どうぞご覧になって下さい。

講演と実践報告の後は、年次会の時間を延長し、場所を移して参加者の意見交換会が開かれ、近く国会に上程が予定されている日本語教育推進基本法案(原案)についての話し合いが持たれました。この法案については、「日本にルーツを持ちながら海外に永住を予定する子供達への配慮が欠けている」との声が在外の日本語教師から上がっており、部会の代表者らが法案の作成者である日本語教育推進議員連盟に向けて7月に要請文を送った経緯があり、意見交換会では、それを元に今後の動きを考える話し合いが持たれました。この集まりにも25名近い参加者があり、法案に関する関心の高さを伺わせる会となりました。

この法案については、次のサイトをご参考になさって下さい。

・法案の原文は次のサイトから

http://www.nkg.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/05/180529_kihonhoan.pdf

・在外教師の要請文は次のサイトから:

https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=sites&srcid=ZGVmYXVsdGRvbWFpbnxrZWlzaG91Z298Z3g6NWJmNGEzZjIxOTBiZDAyNw

末尾になりますが、この年次会については、開催から当報告文の作成に至るまで、部会企画委員の先生方に多大なご尽力を頂きました。心からのお礼をお伝えします。

MHB海外継承日本語部会 部会代表

カルダー淑子

<2018年MHB海外継承日本語部会第7回年次会・報告>

日時:2018年8月8日 第Ⅰ部15:40~17:40 第Ⅱ部18:00~19:10

場所:第Ⅰ部(講演と実践報告) 国際基督教大学ダイアログハウス2階国際会議場

第Ⅱ部(意見交換会)同1階食堂

担当:(部会企画委員)

記録:服部美貴・加納なおみ 受付・参加者名簿管理:鈴木庸子、名簿原盤作成:根津誠

司会進行:カルダー淑子

第Ⅰ部

[1] 講演「グローバル時代の補習校―家庭・地域(現地校)とともに育むマルチリテラシー」

中島和子(トロント大学名誉教授)

<概要> *発表資料はこちらから

日本が「グローバル人材」を必要とする時代にあって、複数言語の高度リテラシーを身につけた子どもたちを「貴重な言語資源」と位置づけ、家庭+地域+現地校+補習校が一体になってこのような学習者を育てることを可能にする「補習校モデル」を検証し、多言語を育てる補習校の役割に改めて光をあてる講演となった。先行研究に基づいてCLD児の言語発達の流れを提示し、言語間で転移するのは主として学習言語能力(ALP)であることを踏まえ、その育成のために補習校では何をどう教えるべきかという提案が行われ、日本語教育推進基本法案が問題になる折から、今後の日本に多言語育成政策の必要性を呼びかける講演ともなった。

<質疑応答まとめ>

講演の後の質疑応答では、韓国の継承語教育に詳しい参加者から「補習校は、日本人としてのアイデンティティを育てる場と言われるが、実際には日本国籍、二重国籍、両親のどちらもが日本国籍ではない子どもなど、多様な背景の学習者がいる。そのアイデンティティを考える上で留意することは何か」という質問が出された。これに対し講師からは「学校によって配慮する点は違うと思う」とした上で、「どの生徒にも出番がある状況を設けることで学校が子どもたちの居場所になるように務め、教師・学校・校内の父母を含めて、誰もが差別をしないという環境を作ることが大切」という回答があった。また「保護者との連携を円滑にするためには何が必要か?」という大学院生からの質問には、「保護者を味方につけることは重要。保護者にもいろいろな考えの人があり、時には教師の立場を兼ねた保護者の理解を得るのが一番難しいこともある」とした上で、それぞれの背景に留意する保護者教育の重要性が強調された。保護者啓蒙の一つとして、卒業生を招き、補習校を継続できた理由、辛かったこと、面白かったこと等の体験談を話し合った事例も紹介された。締めくくりには、生徒の継続を促す補習校の基盤として「一人一人の子どもの居場所作り、学校と生徒を繋ぐ強い絆の存在(例えば仲間作り、親の強い意志と支援、夫婦間の教育方針の一致)などが講師から挙げられた。この講演は、作文部会と合同で行われ、多くの参加者が来場された。

[2] 実践報告「シンガポール日本語文化継承学校の発展とカリキュラム」

磯崎みどり(シンガポール日本語文化継承学校校長)

<概要> *発表資料1はこちらから 発表資料2はこちらから

シンガポールには日本政府が認可する日本人学校、日本語補習校があるが、日本語文化継承学校は、子どもたちのニーズに合わせて授業の展開ができる学校を目指し、シンガポール政府認可の学校として2011年に設立された。基本方針に「ここは自分の居場所」「学んだ言語が使える」「保護者が関わる」ことをあげ、高学年になるまで日本語や日本文化に対するモチベーションを保ち、細く長く続けることを大切にしている。その工夫として、宿題に優先順位をつけて子どもたちの負担を軽減するなどの配慮を行い、「楽しく学ぶ」ことや「言語だけではなく文化も学ぶ」ことを重視して全員が同じものを食べる給食(お弁当業者の取り計らいでキャラ弁も)を提供、日本の季節に関わる行事も実施している。

発表の前半ではシンガポールの教育事情の紹介があり、教育熱心な国情を反映し、教師の質が重視されていること、シンガポールの人口の38%は永住者あるいは外国人で、日本人は2、3万人とされるが、国際結婚家庭の子どもも必ずしも永住者とは限らず、近年は日本に帰る人も少なくないなど、シンガポールの社会・教育事情の報告があった。発表時間の延長により、質疑応答は行われなかったが、部会サイトに掲載した配信版のパワーポイントには会場での発表を超えた内容が入っており、ご参照頂きたい。