夏
夏のトンボ
飛翔力にすぐれ池や川など水辺で多く見られるのがコシアキトンボです。彼らの姿が目立ち始めると季節も本格的な夏に移行します。雌は和名の様に腰の部分が鮮やかな黄色、雄は白色をしており、水面の上を素早く旋回しているのでよく目立ちます。
コシアキトンボ。昼間よく見かける雄の腹部は真っ白で腰白トンボだ。黄色い腰は雌
腰部の白と黄が鮮やかなコシアキトンボ。ギンヤンマのように昼間目にするのは雄が多くて雌が少ない。
昼間に目にするのは殆どが雄で、コシジロトンボと呼ぶほうが似つかわしいかも知れません。私の子供の頃はその鮮やかな色彩から、彼等をデンキトンボと呼んでいました。
当時は夏休みになると、三重県庁の北にある四天王寺の境内でラジオ体操があり、多数の巨松が生い茂るこの歴史的な寺の中庭は大変に涼しくて、夏には近所の子供たちの格好の遊び場でありました。
庭の一角に巨松で囲われるようにひょうたん型の池があり、この池には多数のデンキトンボが集まって虫取りの子供たちを楽しませてくれたものです。
戦前迄は日本中に生えていた巨松林や松並木も、戦後の車社会の発達とともに邪魔者扱いされてみな切り倒されてしまい、冷房の発達で樹齢数百年の松が作る木陰と其処を吹き抜ける涼風の心地よさを知る者も殆ど居なくなってしまったように思われます。
生き物に親しむほどに、この国を鉄とコンクリートとプラスティックで覆い尽くしてゆく我が土建国家の行く末には真に暗澹たるものを感じざるを得ません。
話が逸れてしまいましたが、涼しい日陰と水辺を好むトンボにハグロトンボがあります。子供時代には四天王寺でも沢山捕まえましたが、現在でも周囲に普通に見られます。
痩身でカワトンボを黒く塗りつぶしたようなハグロトンボは真夏の川の代表的なトンボ。オスは尾部が緑の金属光沢を放つ。
7月に入ると中ノ川の川筋には、多数の羽黒トンボが葦の葉に止まって羽を休めます。カワトンボの仲間ですが羽が真っ黒で、カワトンボよりも平地に適応しており人里の近くにも沢山見られます。
黒い羽を持つトンボは、羽黒トンボ以外にもチョウトンボが有ります。真夏の日当たりの良い場所を好み、光沢を帯びた羽の先端部が透明で、その名の通り蝶の様にゆったりと優雅に飛行する美しいトンボです。
体長は小振りで赤とんぼ程の大きさですが、あまりものに止まらずふわふわ浮遊するような感じで同じ場所を旋回しています。
体長に比べて翅の面積が大きく、ふわふわ浮かぶように飛翔するチョウトンボ。暗青色の翅は金属光沢を放って美しい
もう65年も前、私の子供の頃には沢山いて、夏休みが来る頃に現れ、水田の上空をゆったりと翔ぶ姿が良く見受けられたものです。子供の手が届かぬ辺りを選んで浮遊しているので、ギンヤンマのような力強い飛翔力がない割には思いの外捕まえにくく、上手く捕まえることが出来ると嬉しかったものです。
田の上をゆったりと旋回するチョウトンボを見る機会も少なくなった。近くで見ると翅脈が浮き出た金属光沢の羽は大変に美しい。
私の子供の頃は、盛夏になれば必ず姿を見せる夏の代表的なトンボの一つでしたが、今では発生する個体数も少なく夏場に一度も目にすることの出来ない年もあります。
個体数を激減させているトンボの中にあって、ウスバキトンボは現在でも夏がくると結構な個体数を確認できるトンボの一つです。この辺では6月半ばころから姿を見せますが、熱帯性のトンボで本州では成虫・卵・ヤゴともに越冬できないといわれ、九州以南の暖地で発生した成虫が春以降に順次北上し日本の全土に広がると見られています。
6月末から姿を見せ始め盛夏には多数が群れをなして飛び回る
飛翔力に優れ昼間は飛び続けて、朝夕を除けば草木に止まることが殆どありませんが、6月に見られる個体では昼間から草に止まって羽を休めている姿をみることがあります。彼らは羽化直後の個体のように翅脈がみずみずしく美しいのでアカネ類のように越冬孵化した個体ではないかと思ってしまいます。
夏場には国内でも繁殖可能で、wikipediaによると産卵からひと月程で成虫となるそうです。昔から日本中で普通に見られるトンボですか未だにその移動や繁殖の生態が十分には解明されておらず、国内のどの地域までなら冬越しして繁殖可能なのかもハッキリわかっていません。
ヤンマ
しかしなんといってもこの季節の主役はギンヤンマとオニヤンマでしょう。特にオニヤンマは山道沿いに巡回ルートを持っているようで、散歩していると複数の個体が次々に巡航してきます。
日本最大のトンボのオニヤンマ。夏の朝、日射を避けて散歩していると巡航する彼らに何度も出会う。
ギンヤンマは川や水田などの開けた場所を縄張りにしているようですが、オニヤンマは山間の小道や谷筋を縄張りとしてパトロールします。
虫取りを始めた小1の頃、時折目にするオニヤンマの姿に憧れて、捕まえみたくてたまりませんでした。ところが近くの四天王寺へ虫取りに行ってみると、小川沿いの狭い道に沿って次々に飛んできて、いとも簡単に捕まります。
その日は3匹捕えてその勇姿に大感動したのですが、飛行ルートが決まっているので慣れれば小1の子供にも割と楽に捕まるトンボなのでした。
小型の蜻蛉や蛾などの餌を捉えると日陰になった近くの樹の枝に止まって餌を食べたり休んだりするので撮すのも楽なトンボです。
散歩道の近くの小枝にオニヤンマが止まっているのを見つけると、その精悍な姿にいつも惚れ惚れする。
彼等がその巨大な複眼で眺めている世界を見てみたいものだ。白黒の世界だと読んだ記憶があるけれど本当だろうか。高速飛行しながら目ざとく獲物を捉えるところからも、その視力の良さが想像できる。
オニヤンマは6月頃から姿を見せ始め、明小から下る山間の小道にオニヤンマが行き来しだすと、夏の暑さも厳しさを増して、日中にはこれ迄のように気楽に散歩に出歩くことが苦痛となってきます。
ヤンマの雌は腹部のブルーがない。子供の頃此処がピンク色をした個体が稀に捕まりサクラメンと呼んでいた。
時折ギンヤンマの体型にオニヤンマの配色を持ったトンボが水田や湖沼の上を旋回している事があります。和名はオオヤマトンボですが、私の子供の頃はこのトンボをギンヤンマと呼び、和名のギンヤンマは単にヤマと呼んだものです。
体色はギンヤンマよりも更に金属光沢の強い黄と黒の斑で、黒と云うよりは緑の掛った金属色を放ちます。ギンヤンマよりは遥かに個体数が少なく、子供の頃はこのトンボが水田の上をパトロールしているのを見つけると、何とか取らまえようと躍起になったものです。
羽化したばかりのオオヤマトンボ。ギンヤンマ程の大きさでオニヤンマに似た配色をもつ。
飛翔力が強く、高空で旋回していることも多いので、ヤンマのように簡単には捉えることが出来ませんが、うまくタモに収めることが出来ると、金属光沢の強い精悍な体躯にほれぼれとしたものです。
このトンボのヤゴは平べったくて丸っこく結構大っきいので、川や池にいると上から眺めていてもよく目につきます。今でも稀に見かけますが、その数は激減したのではないかと思われます。
山道を歩いているとオオヤマトンボ同様に黄と黒の金属光沢をもち、オオヤマトンボを一回り小さくしたトンボに出会うことがあります。その名もコヤマトンボです。
金属光沢の強い配色でオオヤマトンボを一回り小さくしたコヤマトンボ。何方も車とぶつかって道路に落ちていた個体。
同様に平たい体型のヤゴを持つトンボにコオニヤンマがいます。初夏のところで登場しましたが、ヤンマの名を持つサナエトンボの仲間で、習性もヤンマのように飛び回らず、地面や小枝に止まってじっとしていて、小昆虫が近づいて来ると飛びついて捕食します。
サナエの仲間のコオニヤンマもヤゴは平たい。成虫はヤンマ程の大きさになるが全体に華奢で頭が小さい。
トンボ捕り
七月以降沢山のヤンマが小川や池から羽化して姿を現しますが、雄一匹が水田の一枚ごとに縄張りを持ってその上空を旋回し餌を見つけるとコースから外れて餌を捕らえます。
捕まえるには田の畦に入り、屈んで丈が伸び出した稲の葉陰に身を潜めて、タモの届く距離にまで接近するのを辛抱強く待つ以外に方法がありません。
彼等とて、其処に子供が潜んでいるのは承知しているので、まずタモの届く距離まで接近する機会はなかなか訪れず、ジリジリしながら彼等が近づく機会を待ちます。
昼間にギンヤンマを捉えるのは思いの外難しい。しかし黄昏時に彼らが群飛しだすと結構楽に捕まえられる。
今思うと真昼のトンボ捕りの快感は、この待ち受け時の緊張感から来るものであったように思われます。一方盛夏になると風の凪いだ夕方には、川面や土手の周囲に無数の蚊柱が立ち、彼等を餌にする数種類のヤンマが雄雌問わず群飛します。
餌取りに夢中の彼等には、昼間のヤンマが見せた注意深さも失せ、餌を求めて縦横に飛び回るため、タモを振るタイミングさえつかめば子供にも割と楽に捉えることができました。
夕方姿をあらわすヤンマは雄雌ほぼ半々の割合で、昼間には単独飛行する姿なぞまず見られなかった雌も簡単に捕まります。
雌を数匹捉えると、暴れないよう翌日まで生かしておいて胸に木綿糸を結わえて雄のパトロールるする水田で飛ばせてやれば、たちまち雄が絡みついてきて、いとも簡単に雄を捉えることができます。
余りのあっけなさに、四~五匹捕まえると飽きてしまい全て放してやるのがオチなのですが、雄のパトロールが盛んな盛夏に雌が手に入ると、何時も蜻蛉釣りをやってみたくなったものです。
晩夏の夕、安濃川河畔に無数のヤンマが群れ飛んで、空や背景さえも霞んでしまうほどであった時代が私の子供の頃には存在したのです。あの当時と比べると、身の回りに生きる生物の数は数百分の一から数千分の一にまで減ってしまった現在、あの当時を懐かしく愛おしく思うのは決して私だけではないだろうと思います。
夕闇の中を、素早く飛び回りますがヤンマより低空で飛ぶのでタモを振り回していれば結構簡単に取らまえることが出来ます。緑と青と黒の配色で個体によっては美しい色合いのものがいます。
子供の頃は、近所の稲荷の社があった森に沢山いて、昼間でも薄暗い社の林に入ると、木立の間を飛び回ったり、小枝に止まって休んでいる多くのカトリヤンマに出会えました。ただし、彼らの餌となる蚊の数も半端ではなく、ウロウロしていると至るところ刺されるので早々に退散したものです。
薄暗い環境を好むトンボは結構いる様子で、つぎのコシボソヤンマもそんな仲間です。以前は中ノ川でも両岸から木立が生い茂り、昼間でも河床が薄暗いような河辺林に止まって休んでいるのを稀に見かけましたが最近では目にすることがなくなりました。
中ノ川の川辺で休む羽化したてのコシボソヤンマ。体の色素が未だ淡い
真昼でもフラッシュが発光するような河辺林で休んでいるコシボソヤンマ。小3の頃、津の四天王寺で早朝にこのトンボが飛んでいるのを捕らえたことがあるけれど、それ以降日中にこのトンボが飛んでいるのを見た記憶がない。
子供の頃目にしたことがあっても、その後見る機会がなくもはやこのあたりでは滅んでしまったのかと思っている生き物に出会えるのは嬉しいものです。
下の写真はルリボシヤンマ。小学生の頃、数回安濃川の周辺で採った記憶がありますが、その中の一匹は体全体に青い縞を持つ個体でした。それまで青色をしたトンボなど見かけたこともありませんでしたから、この世界にはカワセミのように青色のトンボさえ居るのだと感動したものです。
上写真の個体は高速道路関インター下の側道上で死骸になっていたものですが、たとえ死骸でも生息を確認できる資料となりますから60年以上も経ってまた目にすることが出来るとは誠に喜ばしいことです。
このトンボについて識者の記載をみると平地での生息は少なく、高層平原などの小さな湿地が保存されている環境を好むそうですから、今日ではこのあたりで探してもまず見かけることが難しそうな種のようです。
甲虫
甲虫とはコガネムシやカブトムシのように上羽が硬い鞘状になって体を覆っている虫のことで、昆虫の中でも最大の種類を誇っている仲間です。
ジョウカイボンやハネカクシやハムシの仲間のように春先から成虫が姿を現すものも多く在りますが、やはり彼等の主力が出現するのは初夏に入ってからです。
私が一身田団地に住んでいた頃作った甲虫の標本。家の庭と灯火に来たものを集めたもので小型の種が沢山捕れた。当時の一身田でも今の家より遙かに開けた場所だが、40年以上前には灯火に集まった昆虫の数は今よりずっと多かった。
5月に入ると自宅周辺の散歩道の周りの草叢や林にはコガネムシ、コメツキムシ、ゾウムシ、カミキリムシと云った様々な甲虫の仲間が姿を現します。
多くは2cm未満の小さな虫で余り人目を引きませんし生き物に興味のない人は存在すら意識しませんが、昨年と同じ環境が保たれていれば毎年同じ時期に同じ場所に姿を見せます。
マイマイカブリ。長い足で地上を歩きまわって餌を探す。ワラジムシをデカクしたような幼生も肉食。
地上を歩きまわって餌を探しまわるため、庭や道路を横切ってゆく姿を時折見かけます。不用意に手で掴んだりすると、多くのゴミムシの仲間がそうであるように体内から悪臭のする毒液を出します。液が指につくと不快な匂いは簡単には落ちません。
マイマイカブリは近縁のオサムシ同様地域によっていくつも亜種にわかれ、体色に差異があります。北方産のものは美しい金属光沢を帯びますが、この辺りで見られるものは全て黒色です。
ユーラシア大陸にはマイマイカブリとオサムシの中間的な種が多数生息していますが、その体色の美しさには目を瞠るものがあります。
http://molbiol.ru/forums/lofiversion/index.php/t146156-50.html より
私には地上を歩きまわり肉を漁る彼らの生活が、その華麗な色彩とはひどくかけ離れているように思え、一体何のために彼らはこんな美しい色を身に纏うようになったのか考えるほどに不思議になります。
この辺りで見られるマイマイカブリは一種類ですが、餌となるカタツムリには幾つか種類が有ります。調べてみても殻の形や殻と体側の模様によって簡単に種の判別が出来るものでは無いようで私には全てカタツムリになってしまいます。
カタツムリにも色々種類があるけれど私には皆同じでんでん虫だ。最後は平凡社版'擬態'の巻頭挿絵にあるなんとも気味悪い吸虫の図
W.ヴィックラーの'擬態' 自然も嘘をつく の中には、カタツムリを中間宿主とする真におぞましい寄生虫の話が出てきます。私の小さな孫はカタツムリが好きで、散歩の途中でデンデンを見つけると捕まえて喜ぶのですが、彼らの内部にも不気味な寄生虫を持つものがいるかと思うと少し不安になります。
マイマイカブリは首から頭部にかけてが細長いのですが、口の部分(口吻)のみ長くなった昆虫がゾウムシです。小さいものが多く、雑草の若芽が成長しだす5月ころから彼らの仲間を目にすることが出来るようになります。
種によって食草が違い、ヨモギに来るハスジカツオゾウムシや葛につくオジロアシナガゾウムシ、シロコブゾウムシ等が散歩道の周囲で見られます。
ゾウムシにも様々な形のがいる。最後は団栗の季節に出てくるクリシギゾウムシ。実に穴を開けるため口吻がひどく長い。
名前の通り口吻が象の鼻のように長くて、小さくてもよく目立つ虫です。この仲間で最も大きいのはオオゾウムシで大型の個体は3cm近い体長のものがいます。
成虫は5月連休の前から現れ、山林に面した山道の路面をトコトコ歩いているのに出会うことがあります。夏場は発酵した樹液を訪れるため、子供時代にカブトムシ採りに興じたことのある方なら何度も目にしたことがあるはずです。
名前のとおり巨大なオオゾウムシ。四肢の先端はカギ状に尖っていてしがみつかれると結構痛い。
リンゴの樹液にきたオオゾウムシ。装甲車のような虫で胸や背中の甲殻は著しく硬い。
昔は櫟の樹液を探すと見つけられましたが、近年では樹液を出す櫟が少なくなり(食害する虫も減ってしまった)櫟ではまず見られません。それでも散歩していると、まれに路上を歩いていたりして捕まえることがあります。
幼虫は松の木を食害するらしいのですが、私はまだ幼虫も蛹も見たことがありません。近年は松も減少しているので、彼らが見られなくなった原因の一つかもしれません。
彼らの仲間は非常に硬い鞘翅を持っていて、子供の頃捕まえて標本にしようとしても、背中の鞘翅が硬すぎてピンが通らないことがよくありました。
そんな彼等でも、鎧のような鞘翅の下には飛行翅を折りたたんで収納しており、必要に応じて羽を広げて飛行し夜間には灯火にも飛んできますから、その外観だけでは暮らしぶりを判断できないものです。
彼らの近縁の昆虫に、葉っぱを丸めて小さな包みを作るオトシブミがいます。落し文とはいかにも王朝時代にまで遡りそうな言葉ですが昆虫の和名として使われたのは案外新しいようです。 (その漢語形の落書は今で云う壁新聞風の掲示物を意味し、二条河原落書、宇治拾遺物語中の無惡善の落書等で用例がありますが、手紙をそっと落としてゆくと云った意味で使われたのは後のことだと思えます。当時は紙も貴重品で落とすのも憚られたでしょうから)
因みに、新村 出編 広辞苑第二版によると、おとしぶみ[落文・落書]公然と言えないことを記して、わざと道路などに落としておく文書。らくしょ。 です。
エゴノキの葉を美しく巻くエゴノツルクビオトシブミ
この巻葉にオトシブミの名を与えた古人はこの文の主の虫について知っていたのだろうか。
若葉の萌える5月は、葉が柔らかくて仕事がはかどるとみえて、山道では大小様々な「おとしぶみ」を見つけることが出来る
文の主はいろんな種類がある。美しいのは近縁のドロハマキチョッキリ(鈴鹿山脈で撮影)で同じように葉をまく。
現在では、おとしぶみの造り主の昆虫をオトシブミと呼んでいる訳ですが、この昆虫について一般に知られたのは更に後のことです。江戸の文人や画家の一部はヨーロッパの博物学や中国の本草学の影響を受けて国内の生物についてもある程度の知識はあった訳ですが、彼等の絵や記録の中にオトシブミを描いたものは有るのでしょうか、私にはこの辺の知識がないため良く分かりません。
昆虫学者を除けば、多くの日本人がオトシブミについての認識を持ったのは大杉栄がファーブル昆虫記のごく一部を訳出て日本のインテリの間にファーブルの名前が知られ、昆虫記の後半中に書かれていたオトシブミやチョッキリにも注目が集まった結果であろうと思います。
5月連休の頃アーモンドの実へ産卵に来たオトシブミとは異科のモモチョッキリ。彼らは、実に産卵するのでオトシブミのように葉を巻く習性はない
ハナムグリやカナブンの仲間は、同じコガネムシ科でもコガネムシなどに比べて鞘翅が固く飛行能力も高い。 特にこの仲間は昼間から活動的でカナブンやシロテンハナムグリなどは好物の樹液を求めて方々飛び回る
ハナムグリの仲間はたいてい花の花粉を餌にして色んな花に群れるがシロテンハナムグリやカナブンの仲間は花より樹液に集まる。
コガネムシやドウガネは昼間に葉を囓るから人目につきやすい。コガネムシは普通種だが背中の金属光沢は黄金虫の名前にふさわしい輝きだ。
カナブンの仲間と異なり普通のコガネムシは昼間は割と不活発で、葉陰で採食していたり土中に潜んでいて夕刻から活発に飛び回るものが多いものです。
このため彼らは強い走光性を持つ種が多く光に引き寄せられます。以前は6月以降の蒸し暑い夜には灯火の周りに大小様々な種類が集まって来たものですが、最近では昆虫の数が激減した上に明るい灯火が増えすぎて光に来る虫もめっきり減りました。
コフキコガネやシロスジコガネ、ヒゲコガネ等は昼間は草叢の下に隠れていて夕刻に姿を現し薄暗がりの中を盛んに飛び回る。明るい灯火が近くにあれば引き寄せられて離れることができない。
葉っぱを食べる黄金虫の多くは、幼虫も地下で植物の根や腐葉土を食べて暮らしているため、庭で花や野菜を作る者にとっては嫌われ者の害虫となります。当の私も土いじりで丸々と太った幼虫が見つかると花や野菜のことを考えて殺してしまいます。
カナブンやハナムグリが羽音を立てて飛び回りだすと真夏の訪れを感じます。真夏の灼熱の太陽の下では草木も弱り、多くの昆虫の活動も一休みですが、虫の中にはこの季節が大好きなものもいます。
タマムシ
その美しい色彩から日本産甲虫の中でも、特に美しいと云われるタマムシは、正にその色彩が暗示する様に熱帯性の昆虫で、30°C以上の高温と焼け付く直射日光の元でなければほとんど活動しません。
彼等は好物の榎に集まり、樹冠の葉に止まって葉を食べていますが、直射日光が照りつける真夏の昼間には時折樹冠の周囲を飛び回っては再び葉の上に戻る生活を繰り返します。
雄は飛び回る過程で雌を見つけると、その傍に降りて交尾します。彼等の放つ金属光沢は直射日光下で互いに相手を確認するためのサインのようです。
桜の古木に産卵することが多く、桜の多い津の皆楽公園や宮川堰堤などでは7月初旬から多くの個体が見られました。特に桜並木の近くにある榎には好んで集まります。
普門寺のポトマック桜の樹皮に産卵するタマムシ
桜が多い近くの普門寺でも、真夏の散歩の途中で立ち寄って休んでいると、桜の樹間を飛び回る姿を時折見かけます。
榎の葉を食べるタマムシ。彼等の金属光沢は表面にある沢山の凹凸によって作られる。
彼等は飛翔力に優れ、捕まえようとするとすぐに飛び立ってしまう。
日射がなければまず飛び回ることをせず人目にも付きません。近頃は私達も真夏の日中に出歩くことをあまりしませんから彼等の姿を見ることも稀になります。
もっとも大層美しい昆虫だけに、彼らが簡単に人目につくような生活をしていたら、たちまち採り尽くされて影も見られないはめになっていたかも知れません。
彼らの仲間には、もっと地味なウバタマムシと云うのがいます。私の子供の頃は沢山いて初夏が来るとよく木柱(当時は電柱がみな木製)に止まっていたりして、見つけてもあえて捕まえる気も起こらなかったものです。
5月連休明けに、牛谷東の枯松林より飛んてきたウバタマムシ。近頃は飛ぶ姿を見ることもめっきり減った。
ところが最近では、幼虫の食料となる松の木が減ってしまった関係か、この地味な玉虫のほうがピカピカのヤマトタマムシよりも珍しい様な状況になってきました。
見た目は如何にも地味な配色ですが、鞘羽の下の腹部は金属光沢のある青色で綺麗な色をしています。残念なことに今年なども全く飛行する姿を目にしませんでした。
カミキリムシの仲間
コガネムシが丸くまとまって子供にも優しそうな姿形をしているのに対して、細い体に長い触角を振り回しどことなく不器用に飛行する昆虫がカミキリムシです。
彼等の幼虫はどれも植物の材部に食い入って内部を空洞にしてしまうため、林業、農業、家木栽培を問わず木を育てる人間にとっては害虫の代表で、見つかると真っ先に殺される運命にあります。
ハナカミキリの仲間は全体に小型で、花粉を求めて様々な花を訪れる
こちらはハナカミキリと紛らわしい体型のキンイロジョウカイ。ジョウカイの仲間もよく花を訪れます。
園芸家には嫌われますが、彼等の仲間にはなかなか可愛いものや見ていて愛嬌のあるものも多く昆虫標本のコレクターの間では昔から人気があるようです。
上の固体は鞘羽に薄い黒点がある。子供の頃このカミキリムシが飛んでいるのを見ると5月が来たのを実感しました。
ラミーカミキリ。20mm前後の甲虫で小さい個体は12mm程度のものもいる
本来は南中国以南に住む外来種のようで、幕末から明治の初頭、海外からの貿易船が盛んに出入りするようになった頃日本に進出してきたようです。この時期に渡来した動植物は非常に多く、今ではすっかり日本の風土に溶け込んでいます。
ただし数年前から、自宅前の道路が拡幅されて路肩が全てブロック積みされて、カラムシがすっかり減ってしまいましたが、別の場所に茂る苧麻には大抵このカミキリムシがいます。
自宅のむ周囲には曾て養蚕が盛んであった頃に植えられたクワの木が方々に残っており、クワを好んで食害するクワカミキリやキボシカミキリが今でも姿をみせます。
放置された桑畑にはキボシカミキリとクワカミキリが住む。成虫が多く姿を見せるのは前者が6月後者は7月になってから。
黒に白点をまぶしたゴマダラカミキリも多いのですが、ミカン類を食害するため姿を見たら要注意です。これに似て赤地に黒点をちらしたホシベニカミキリも稀に見かけます。
上はゴマダラカミキリとホシベニカミキリ。大きさもほぼ同じくらいか。
これ以外にも様々な種類が暮らしていますが、小型のものや樹上生活をしている種が多いため普段はあまり目立ちません。中にはアオカミキリのように美しい金属光沢を帯びるものがいますが見るのは稀です。
時には、子供の頃にただ一度その姿を見かけただけの昆虫に、60年以上もたった老年の今、再び再開することもあります。そんなときはもはや会うことさえなくなった幼友達に出会いでもしたような感動を覚え、初めてその虫を見た当時のことが蘇ります。
上の写真のシラホシカミキリもそんな虫の一つで、小学3年の頃学校帰りに見つけて捕まえたもので、2cmにも満たない小さなカミキリムシなのですが上鞘に散らばった白い星が美しい可愛い昆虫でした。少しのあいだかごに入れて飼っていましたが餌もわからず逃げ出されるのが嫌で、可愛そうでしたがアルコールで殺し標本にしたものです。
あれから半世紀以上たった今、電脳世界の進歩は彼らをデジタル撮影して記録することを可能にし、当時の昆虫少年のように標本づくりにむやみな殺生をすることもなくなりました。まことに有難いことです。
この辺りで見ることが出来るもっとも大きいカミキリムシはシロスジカミキリです。5月末から姿をみせますが7cm以上の体長を持つものもおり、幼虫は柳や栗を食害して幹の材部を穴だらけにしますから、木にとっては大変な害虫です。
この辺りでは最大のカミキリムシ シロスジカミキリ。複眼も大きくてよく分かる。
生きているときの体色はシロスジと言うより黄班で、美しいパステルカラーの淡黄色ですが、死んでしまうと色が抜けてしまい白色に変わります。和名は命名した学者が標本の個体によったためでしょう。
真夏の定番は灯火に集まるミヤマカミキリで、七月以降、早朝に散歩で明小裏を歩くと、大抵明小学校の灯火の近くに何匹か止まっています。
彼等はクヌギやナラを食害して樹液を出しカブトムシやクワガタムシを引き寄せることで知られていますが、単純にカミキリムシが齧って産卵したから樹液が出るという訳でもなく、カナブンやケシキスイ、ボクトウガその他様々な小昆虫の働きでクヌギの酒場が維持されるようです。
ケシキスイの仲間が多いと樹液の出がよい。ヨツボシケシキスイは小さいけれども拡大するとクワガタムシそっくりだ。
蝶の仲間も櫟に集まるものがある。昔はコムラサキが樹液の常連であったが今では殆ど見られない。
明小の裏手や林町から平林へと抜ける辺りには、現在でも嘗ての雑木林の名残が方々に残っており、年によって異なりますが、条件さえ良ければ櫟に集まる様々な昆虫を見ることができます。
私がこの地に越してきた当時は、未だ沢山の昆虫がおり、明小の裏手ではカブトムシやクワガタムシが普通にいたものですが、三十年近く経った今では樹液を出す櫟も減り、そこに集まる虫の数も減つてしまって何時でもカブトムシやクワガタムシが見つかるわけではありません。
ことに幼虫期を枯木の内部で暮らす、コクワガタ、アカアシクワガタ、ヒラタクワガタ等黒色系のクワガタムシは生息数を大幅に減少させ、ことにヒラタクワガタはもはや殆ど住んでいないのではないかと思います。
彼らは走光性が強く、近くにグラウンドや高速道路等強力な夜間照明を持つ施設があると、夜間それらの光に誘引されて灯の周囲で朝を迎えると、待ち構えていたカラスやヒヨドリによって食べられてしまいます。
食べられるのをまぬがれたとしても、周囲が舗装面ばかりだと体を隠す環境が無いため、昼間の日光によって体の水分を奪われて衰弱して死んでしまうようです。
ノコギリクワガタの場合はあまり走光性を示さず、幼虫期の環境も違うためか今でも結構数がおり毎年目にします。カブトムシやクワガタムシを見つけることは、田舎の男の子にとって真夏の大きな楽しみの一つですから彼らがいつまでも姿を見せるように願わずにはいられません。
樹液には甲虫の他にもスズメバチや一部の蝶が集まります。ルリタテハ、アカタテハ、ヒオドシチョウ、コムラサキ、ゴマダラチョウ、キマダラヒカゲ等です。
餌場を確保するため、スズメ蜂など大型の甲虫に対しても結構強気で向かってゆきますが、蝶の仲間はさすがに為す術がなく、大抵の虫に追い払われてしますます。それでも控えめな位置から長い口吻を伸ばして、強者の邪魔にならないよう巧みに樹液にありついています。
樹液には集まりませんが、夏から秋にかけてはアゲハの仲間も多く見られます。彼らは年三~四回発生し6月以降に現れるのは夏型とよばれる大きい個体です。
初秋の農道に彼岸花の開く頃にはアゲハの仲間が花の蜜を求めて集まる
道端の水たまりなどでよく吸水し、ヤブカラシに集まる虫の常連です。その運動能力は数ある蝶の中でもトップクラスでしょう。素晴らしい速さで飛行し、飛び立ったかと思うと鋭いループを描いて舞い戻りまた元の場所で吸蜜します。
ベトナム土産の蝶の飾り額にもアオスジアゲハがいた。熱帯でもポピュラーな蝶のようだ。
飛行力にものを言わせて広くアジア大陸一縁に分布しているようで、以前娘がベトナムで買ってきてくれた蝶の飾り額縁には、ちゃんとこの蝶が含まれていました。
夏を告げる虫 セミ
夏と云う言葉から連想するものを幾つか挙げろと言われれば、私は真っ先にセミの鳴き声を挙げるでしょう。子供の頃から夏休み前、真夏の早朝になると、どこからともなく決まったように聞こえてきたクマゼミの鳴き声は、今日も天気が良くて、じきに朝の冷気はすっかり影を潜め真夏のうだる暑さが訪れることを知らせてくれました。
7月初め割と早くから鳴き始め最も馴染みのあるセミは、小型のニイニイゼミです。桜の樹皮に擬態した体色で普門寺など桜の木がある場所ではよく鳴き声が聞かれます。
太い桜の木を好むニイニイゼミ。じ・じ・じ・じーと高い声で鳴き、夏の到来を告げる
黒光りのする体に、透明の翅を持ちシャーシャーシャーと遠くからでもよく聞こえる力強い鳴き声のクマゼミは、昆虫少年にとってカブトムシやクワガタムシやヤンマ等と共に心踊る昆虫のひとつでありました。ー
クマゼミは夏休みが始まると鳴き始め、鳴き声が聞こえなくなると盆が来るその力強い鳴き声は真夏の象徴だ。
クマゼミの黒光りする背中に透明の羽、雄の腹部にはよく目立つ腹弁がある。
ことに雄の腹部にある、黄色い派手な腹弁はセンダンや桜の梢で鳴いていても、下から良く見えて捕獲意欲を刺激されたものです。小中学校が夏休みに入る7月末から盛んに鳴き始め、暑さにうだる8月前半までが彼らの盛期です。
お盆が過ぎツクツクボウシが姿を見せる頃には殆ど鳴き声も聞けなくなりますけれど、晩夏まで高温多湿の日が続く年によっては8月20日以降になっても盛んに鳴き続け年もあり、活動時期はその年の天候によってかなり幅があるようです。
早朝から鳴き出しますがクマゼミの鳴き声は太陽が照りつける高温の日でなければ聞くことができません。正に熱帯性の昆虫なのです。以前の日本では東京以北にはおらず関東地方では見るのも難しかったようですが、昨今の地球温暖化のために分布域が年々北へ拡大して行くそうです。
ミンミンゼミはクマゼミのように透明な羽を持つ、ややこぶりなセミですが、その性質はクマゼミとは反対で、涼しい場所を好む北方系のセミです。
平地では暑すぎるのか、この辺りで夏場にミンミンゼミの鳴き声を聞くことは殆どありませんが、鈴鹿や布引の山腹に出かけると、7月末頃から、いかにも気怠そうな声で、ミ~ン ミ~ンと鳴いているのに出会えます。
この辺りの平地でミンミンゼミを見ることはまず無い。これは河内谷で撮したもの。
8月から9月初めに安濃ダムの周囲で沢山見かける。雄の腹弁はアブラゼミの様に半円形。
8月に入ると河内谷の門前渕以西の河辺林でもよく鳴き声を聞くことが出来ますが、クマゼミと比べて、あまり夏らしくない間延びしたミンミンゼミの鳴き声は何回聞いても、どうにも気抜けしてしまいます。
クマゼミとミンミンゼミでは翅端迄のサイズではあまり変わらないけれどクマゼミの方が体格は良い
ニイニイゼミやアブラゼミ・クマゼミは正に真夏のセミですが、ミンミンゼミに続いて現れるツクツクボウシとなると、或いは秋の蝉と云う方正しいのかもしれません。
ミンミンゼミを二回りほど小さくした様な、透明の翅を持つ細い体型のセミで、姿を見たことがなくとも甲高いツクツクボウシの鳴き声を知らない方は日本には殆どいないのではないかと思います。
ツクツクボウシは華奢な体でも鳴き声は結構うるさい。雄の腹弁も三角形で体の割には大きい。
8月の半ばから鳴き始め、他のセミがスッカリなりを潜めてしまう9月末まで鳴き声が聞こえます。俳句の季語でも法師蝉はヒグラシと共に秋の季語になっていますが、ヒグラシが7月初めから8月半ば位で殆ど活動を止めてしまうのに比べると正に秋の蝉でしょう。
もっともセミの中には、ハルゼミのように5月~6月にかけて姿を見せる仲間もいます。`ぎぎぎぎき・・・`と情けない声で鳴くためそれが蝉の声だと分かる人は少ないかも知れません。
松林が好きなセミで、春から初夏にかけて松の木がある山や林の傍を通ると時折鳴き声が聞かれます。牛谷橋から明小への散歩道でも聞くことができますが、年々松の木が減少していく昨今では個体数も減っている様子です。
この辺りで見ることが出来るセミは、ハルゼミから始まってヒグラシ、ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミ、ミンミンゼミと続き最後にツクツクボウシが登場します。
ヒグラシは7月初めから鳴き始め8月半ばまで鳴き声が聞かれる。日中はあまり鳴かず朝夕の涼しい時間を選んで鳴く
茶色い羽のアブラゼミ。ニイニイゼミとともに子供でもタモで簡単に捕まるセミ取りのセミ
ヒグラシ、ニイニイゼミ、アブラゼミ、クマゼミは7月から8月にかけてほぼ同じ時期に鳴きますが、面白いことに種によって鳴く時間帯が異なります。
クマゼミは早朝から朝10時頃迄、ニイニイゼミとアブラゼミは日中に元気いっぱい鳴きます。一方ヒグラシは日の高いうちはあまり鳴かず、日の低い朝方や夕刻、曇りがちの日に`カナ・カナ・カナ・カナ・・`と気の抜けた調子で鳴く変わり者です。
(セミについては 雑記帳のページ[https://sites.google.com/site/zatsukichou/home/semi] にも少し書いてあります)
あれほど煩かったクマゼミの力強い鳴き声もお盆が過ぎると何時しか途絶え、真夏のセミの声も終わりに近づいた頃、彼等と入れ替わってツクツクボウシが鳴き始めます。
法師蝉の甲高い鳴き声が山道に響き始めると、暑く楽しかった子供たちの夏休みも終わり、季節は夏から秋へと足早に移ろって行きます。