秋
バッタとキリギリス
真夏の間、一面緑に覆われていた水田も、何時しか黄色く色づき、稲穂が一斉に頭を垂れて取り入れを迎える頃には、蒸し暑く耐え難かった夏の陽気も少しずつ収まって、刈り取られた稲わらの上を爽やかな秋風が吹き抜けるようになります。
切り株の並んだ水田では、住まいを追われた多数の昆虫や蛙達が隠れ家を探してさまよい、彼らを餌に鷺や百舌やチョウゲンボウが姿を見せます。刈り取りの際こぼれた籾を目当てに、雀、鳩、ネズミ時にニホンザルも秋の田に集まります。
私の子供時代は未だ農薬の使用が行われておらず、水田にはおびただしい数の生き物がいました。中でも稲の害虫として知られるイナゴは数が多く、家庭によってはイナゴを大量に捕まえて佃煮にしておかずにしたものです。
稲の害虫イナゴ。背中の色が個体によって薄茶から緑まで変化がある。
口に竹筒を差し込んで縛った袋をぶら下げて近くの田圃へ行き、稲子を捕まえては筒の中に押し込んでゆくと、小さな袋なら直ぐ一杯になりました。我が家でも何度か作ったことがありましたが、私は佃煮そのものが嫌いで食べたことがなく、その味については発言できません。
田畑の回りの土手や空き地の草叢では、そこを棲家にするバッタやキリギリスの仲間を色々見つけることができます。彼らのなかでも、キリギリス、ヒメギスと云った面々は初夏に成虫となり真夏の間、日当たりの良い草の上で鳴きつづけるので本当は初夏から夏の虫です。
キリギリスやバッタの仲間の多くは、草叢を好みますがコオロギや鈴虫は地上性で草の上には上がりません。反面ヤブキリやクダマキモドキ、カネタタキなどは樹木を好み木の上で生活しています。クツワムシは平地と森林境の中間地帯が好みで、彼らの生活環境は種によって様々に住み分けされているのがわかります。
真夏の鳴く虫の代表キリギリス。8~9月に入ると道端で土中に産卵する雌をよく見かける。
ヒメギスとヤブキリ。キリギリスとほぼ同型のヤブキリは樹上性で草地のキリギリスと住み分けている。
「スィッチョン・・スィッチョン・・」と高い鳴声を響かせたウマオイも最近は数が減った。樹上性のクダマキモドキはアカメガシワを好む様子で牛谷の坂道では大抵この木の葉に止まっている。
ツユムシとセスジツユムシ。子供の頃、夏の宵には開け放した部屋にウマオイやツユムシが入り込み、蚊帳に止まってはしきりに鳴いたものだ。
特に「ギー チョン」の鳴き声で知られるキリギリスや「スィッチョン」と鳴くウマオイは、江戸の頃から鳴く虫を扱う虫売りにとっても、鈴虫、松虫、カンタン等秋の主役が登場するまで夏期の大切な商品であったようです。私の子供時分には、毎年夏になると1~2回はウマオイが室内に入り込んで鳴いていたことが懐かしく想われます。
当時は、まだ殆どの家にクーラーなどありません。夏は涼を取るために窓を開放して室内に風を通し、蚊取り線香と蚊帳で虫を防いでいましたから、ツユムシ・ウマオイ・クサヒバリ・カネタタキ等いろんな虫が室内に入り込んできて鳴きます。この国に育った虫の文化は、この様な居住環境に依るところも大きいのでしょう。
江戸期の虫売りに代表されるように、日本では昆虫に対しても古くから生活に身近な存在としてとらえており、絵画の世界でも円山応挙の写生帖や禽虫之図には様々な虫の姿が描かれています。
応挙の昆虫写生帖。虫を集めておいて軽妙な筆さばきで一気に描き分けたとみられる。まさに写生画そのものだ。
博物学(本草学)の影響で虫を描いたものとしては桑名長島藩 増山雪斎の虫豸帖(ちゅうちじょう)などがあり、いま見てもかなり正確に昆虫の特徴を捉えていて楽しめます。カメラなどない時代に、動きのある生物を写生するのは結構大変だったろうと思いますが、どれも生きた姿を鮮やかに写しているのに驚かされます。
増山雪斎の虫豸帖。応挙の軽妙な写生帖に比べると、手の込んだ緻密な描写で生態もよく捉えている。
夏から秋にかけて、草叢には様々なバッタの仲間が姿を見せます。彼らはイナゴやトノサマバッタの様に草食性のものから、キリギリスやカマキリの様に肉食性で他の小動物を捕獲して自らの食料とするものまで色々います。
道端でよく目にするのは、ショウリョウバッタ、オンブバッタ、トノサマバッタ等専らイネ科の植物を食べる仲間で、道端の雑草に彼らの食草となる草が多いことによります。
バッタと多色型
バッタの仲間は同種であっても体色が異なり緑色型から褐色型まで存在するのが普通です。幼虫期の生存環境に応じてその体色が変化する生理的機構を遺伝的に備えているものと思いますが詳しくは分かりません。
ショウリョウバッタの中間型。昔は秋になると体色も枯草色になると聞いたことがあります
雌のショウリョウバッタの緑色型と褐色型。この辺りでは褐色の固体はあまり見かけません
雄のショウリョウバッタは、緑色型が殆どで足が褐色になる程度
ショウリョウバッタとオンブバッタは雌雄でその大きさが著しく異なるのが特徴です。ことにショウリョウバッタの雌は大きいのでよく目立ちますし、体色に変化のある個体も簡単に見つかります。ショウリョウバッタの場合、この辺では雌は緑色型と緑の体に褐色のスジを持つ中間型が見られ全体に褐色の固体はまず見つかりません。
子供の頃はショウリョウバッタの雄をキチキチバッタと呼びました。小型で体が細くキチキチと良く飛びまわるからです。こちらは全体に緑色型が殆どです。褐色型が見られないのは、この辺りの自然環境よりも平均気温の関係によるものだと思いますが詳しくはわかりかねます。
オンブバッタは飛び回らないので路肩の草叢を探すと幼児にも簡単に捕まる。褐色型も時折見つかる
ショウリョウバッタを小型にしてずんぐりさせた様なオンブバッタも草むらで簡単に見つかりますが、他のバッタが好む稲科の植物よりは広い葉っぱの植物を好むそうで、庭の花壇でもよく見かけます。
オンブバッタは翅を使って飛び回ることがないので幼児でも手で楽に捕まりますが、トノサマバッタの仲間のは飛行能力に優れていて、人が近づくと飛び立って逃げてしまい簡単には捕まりません。
私の子供時分は、舗装された道路など国道23号線以外にはどこにもない時代でしたから、家の近くの道端や安濃川の土手にも普通にトノサマバッタが住んでおり、彼らの中でも大きな個体は大層魅力的な虫取りの獲物になったものです。
しかし幼少の頃はトノサマバッタを見つけて網で追い回しても、手網が届きそうな距離まで近づくと気配を察して巧みに飛び立ってしまい、何度追いかけても今一歩の所で捉まえることが出来ずに散々悔しい思いをしたものでした。
トノサマバッタもオンブバッタ同様に雄よりもメスのほうが大きい。おんぶする雌を思いやってだろうか?
地面に止まることが多いので緑色も茶色も共に良い保護色となる
幼稚園に上がった年の夏に、年上の子供達に連れられて1kmほど離れた小学校に遊びに行ったのですが、其処の運動場の草叢にはびっくりする程多くのトノサマバッタが住んでおり、追い回していると中には幼児にも捉まる鈍い奴もいて、それまでなかなか捕まえられなかったトノサマバッタを虫カゴに何匹も捕まえて大層興奮したものです。
大漁の獲物に満足して、帰りの道すがら殆ど逃がしてやったのですが、彼らはたいへん飛ぶ力が強く、中にはカゴから放たれるとまるで鳶か鷹のように高く舞い上がり、青空に溶け込んで見えなくなるまで飛び続ける個体さえもいました。
彼らの体色も、緑色と褐色がありますが、地表で生活することが多いせいか、ショウリョウバッタ等にくらべると褐色型も多く、緑色型と同じ位の比率で生息しているのではないでしょうか。バッタやキリギリスの仲間では珍しく年に2回成虫が発生する様です。
トノサマバッタと同様に、地面の見える開けた草原に住むバッタにクルマバッタがいます。トノサマバッタの首から背中にかけて丸く湾曲させた様な姿をしていて稀に見つかりますがあまり多くありません。
トノサマバッタより一回り小さいクルマバッタモドキは当のクルマバッタより遥かに多い
このクルマバッタによく似たクルマバッタモドキと云うのがいて、こちらは中ノ川の河川敷や砂州に結構たくさん見かけます。クルマバッタに似た模様で、体型を一回り小さくし、背中の湾曲も平たくしたようなバッタです。彼らも緑と茶色の二種類の体色がいますが、茶色のほうがずっと多い印象です。
この辺の田圃道は未舗装の地道が多いので、道の周りには今も結構色んな虫が住んでいて、トノサマバッタやクルマバッタモドキも見つかります。また彼らより更に一回り小さいイボバッタと云う種類が居ます。
地道に多いイボバッタと川原や荒れ地に住むカワラバッタ
イボバッタは名の通り茶色い体表に小さなイボ状の突起があってあまり感じのいい虫ではないので、子供の頃にはどこの道端にも沢山居ましたけれど、まったく捕獲の対象にはなりませんでした。
川原や石の多い荒れ地にはイボバッタより少し大きいカワラバッタが住み分けています。こちらはグレーとダークグレーで色分けされた体色のスマートなバッタで、白や黒が多い砂利の表面と見事な保護色になっています。
秋鳴く虫の王様・クツワムシ
8月も末になると、秋の虫の代表とも言える鈴虫、松虫、蟋蟀、クツワムシと云った面々の鳴き声が聴かれるようになります。なぜか私の暮らす川原上垣外地区の周辺では松虫が少なく、中ノ川を少し下って下垣内より東に行くと道端でも盛んに鳴いているのに出会います。
ガチャガチャと鳴くクツワムシ(轡虫) 馬具の轡がガチャガチャこすれ合う音が語源だと言います
クツワムシにも茶色い個体と緑の個体がいる。体色は成長環境によって決まるのでしょうか?
クツワムシも同様で、川原周辺の中ノ川沿いにはあまり生息していません。中ノ川沿いにいごこちの良い場所がない様子です。彼らは肉食性の強いキリギリスの仲間にあって、葛を主食とする草食派で、平地から森林へと移行する境のマントソデ群落の茂みを好みます。
9月末、産卵のために道路際に出できたクツワムシの雌。キリギリスと同様に剣状の産卵管を持つ
明小学校の裏山のある向城から牛谷・畑坂の里山周囲では林の周辺に広がった葛の茂みで、8月末から9月頃まで今でもクツワムシの鳴き声を聞くことが出来ます。雄は鳴いている場所を探せば簡単に捕まりますが、雌は鳴いている雄に近寄ってくるのを見つけるため雄よりは厄介です。
クツワムシも個体によって緑色と茶色の個体が存在します。キリギリスの仲間ではクビキリギスやクサキリ、ササキリにも緑と茶の個体が存在しますし、先の写真のようにトノサマバッタやショウリョウバッタにも茶色と緑色の個体がいます。ただ同じ場所で何方の色の固体も見つかるので、色違いの個体で生活環境を変えて住み分けている様でもなさそうです。
クサキリの雌の色違い固体。こちらはクツワムシと違って小昆虫も食べる雑食性
ササキリの緑色型と褐色型。下段は雌の緑色型と褐色型
色違いの比率がどの程度の割合なのか調べたことは有りませんが、緑タイプも茶タイプも草叢で暮らす彼らにとっては、保護色としてほぼ同じような生存率を保証してくれるのでしょう。種が異なりますがWikipediaにはクビキリギス成虫の体色が終齢幼虫時の環境の湿度による(湿度が高いと緑色型となる・出典の記載は有りません)と書かれています。
しかし1959~1961にかけて灯火に飛来するクビキリギスの彩色的多型を調べた山下善平博士によれば雌雄で色違いの比率は大きく異なって、雄では褐色型が著しく多く、逆に雌では緑色型が圧倒的に多いとのことですから、これらの昆虫の生活史は、私達が想像するほど単純なものではないような気がします。
クビキリギス(左上)と更に大型のカヤキリ
このクビキリギスは、秋に入って成虫が現れて、成虫で越冬して翌年の早春から活動を初め、産卵を終えた成虫は夏の頃にも見られます。成虫の状態で一年近くも生きるキリギリスやバッタの仲間は他にはツチイナゴくらいではないかと思います。
冬眠することのみを考えた場合、体色は褐色の方が保護色として有利と見られますが雌に緑色型が圧倒的に多いと言うことは、産卵を迎える5月以降の活動期間の方を優先的させて保護色を決定するものでしょうか。
クビキリギスに似た、より大型のキリギリスにカヤキリがいますが、こちらは他のキリギリス同様に卵で越冬して翌年に孵化して夏に成虫となります。成虫寿命はWikipediaによると1~2ヶ月とのことです。
成虫で越冬するバッタの仲間ツチイナゴ
クビキリギスと共にツチイナゴも夏から秋に幼虫が見られ、10頃から成虫が現れてそのまま越冬して翌年に繁殖します。幼虫は褐色型よりも緑色型が多く見られますが、こちらはクビキリギスと違って成虫になるとその全てが褐色型となって冬眠するようです。
キリギリスやバッタの個体には、稀に普通の個体に比べて翅長の長いタイプの個体が見つかります。トノサマバッタの場合、飛翔力に優れたこのタイプの個体が大量発生すると飛蝗と呼ばれて作物に大害を与えることで有名です。トノサマバッタでは幼虫時の個体密度がある範囲を超えると長翅型成虫の群生相が発生するとのことです。
この辺りでは、イナゴやササキリなどに翅の長い個体が見られます。ただし、これららは殆どがトノサマバッタと違って種が違う虫ですが体型が良く似ているため、私は以前は同じ種の様に思っていました。
ハネナガイナゴとコバネイナゴ。コバネイナゴには稀にハネナガイナゴに近い長翅型もいます
翅の長いウスイロササキリと短形のササキリ。長翅型の虫は一般に飛ぶ能力が高い
マツムシとアオマツムシ
秋の虫では、チンチロリンの鳴き声で広く知られるマツムシは、自宅の周りでは殆ど鳴き声がきけず寂しい限りです。私が子供時代を過ごした津の安濃川河畔では、晩夏から秋の宵に涼を求めてよく安濃川堤を歩いたものですが、土手の茂みからはコオロギや鈴虫の鳴き声を圧して無数のマツムシの鳴き声が聞けました。
1~2匹の鳴き声だと、それなりに風情を感じるマツムシも、何十匹もが競い合ってかしましく鳴き立てると、その甲高い鳴き声は煩わしく感じたものです。彼らが鳴いているススキやエノコログサの茂みに分け入ると、茎に止まっている成虫を割と簡単に見つけることが出来ました。
マツムシはイネ科植物の根方に潜んでいることが多い。鳴いている当たりを踏み分けると割と簡単に見つかる
ただ、体が大変華奢な作りで、子供の頃は手で捕まえると足がもげたり、体がつぶれてしまったりして上手く捕まえることが難しい虫でした。小学校も高学年になり手加減が出来るようになって成虫を無傷のままに手で伏せることが出来るようになった時は、我ながら成長したなと感動にふけったものです。
コオロギの仲間では、私の子供の頃にはほとんど鳴き声も聞かずその姿を見ることもなかったのに、現在では至る所に住み着いて秋には家の庭でもうるさいほどの鳴き声を響かせる虫がいます。
アオマツムシと呼ぶ緑色の松虫で、明治の頃に熱帯から国内に持ち込まれた外来昆虫です。戦前辺りまでは大都市(近くに大きな港がある)の街路樹に多く見られたようですが、今ではどこでもその鳴き声が聴かれます。
日本産松虫はもっぱら芒やイネ科植物のしげる草叢を好んで住みますが、アオマツムシは木の葉に住む樹上性の昆虫です。松虫のように風情のある鳴き声ではなく、甲高い音でジージーと連続して鳴き続け、およそ趣がありません。
私が初めて家の庭でこの虫の鳴き声を認めたのは20年ほど前ではなかったかと思うのですが、それ以降は至る所に住んでいると気づきました。
全般に昆虫の数は減少する一方ですが、稀にこのような例外も存在しますから生き物の世界はなかなか分からないものです。
ナナフシ
バッタの仲間の変わり種には、細長くて翅のないナナフシの仲間が居ます。この辺りではナナフシとトゲナナフシを目にします。翅を持ったトビナナフシと言うのもいるそうですが私は殆どお目にかかったことが有りません。
秋も終わりに近づき霜が降りはじめるころ、明小に向かう牛谷の坂の入り口の路上で、稀にトゲナナフシを見かけることがあります。体に短い棘を持ちナナフシに比べるとずんぐりして短い体でゆっくり歩きます。
ナナフシの仲間は結構寒い時期まで生きますが、特にトゲナナフシは12月に入っても見つかります。初冬の低温と強風で、つかまっていた木の梢から振り落とされ、低温のために陽が昇るまでは体温が低くて路上であまり動けない様子です。
何故か秋の虫達が姿を消してしまった頃によく姿を見せるトゲナナフシ
トゲナナフシに比べると、普通のナナフシは遥かにスマートです。夏以降には足の長さを入れると20㎝近い固体もいますが擬態が巧みなためなかなか見つけられません。なぜか雄がおらず雌だけで繁殖すると言われる不思議な虫です。
赤トンボ
赤トンボと云うと、秋のトンボの代表の様にみられますが、赤い色をしたトンボは結構多くて皆よくにており、なかなか見分けがつきません。
最も赤い色をしたショウジョウトンボなどは7~8月に多く見られますし、ナツアカネやアキアカネも水田で羽化するのは初夏の頃で、羽化した直ぐは黄色っぽい色をしており赤くありません。
赤トンボより赤いショウジョウトンボ(♂)は真夏のトンボだ。雌は黄色っぽい体色で成熟しても雄ほどに赤くはならない
ショウジョウトンボも羽化時は黄色く成熟すると雄はその名のように鮮やかな赤色に染まります。アカネの仲間よりは少し大きく、羽の付け根に褐色帯があるので見分けがつきます。
アキアカネは平地で羽化するとすぐに鈴鹿山脈などの高地へ避暑に行ってしまうので、夏場の平地ではナツアカネが見られます。
成熟するに連れて体色も赤くなりますが、ナツアカネのほうが体全体に赤みを帯び、アキアカネは成熟しても胸部までは赤くならないようです。
初夏から秋にかけて 場所によってはナツアカネやアキアカネよりも多いくらいに姿を見せるのが翼端に褐色の帯を持つノシメトンボです。
アキアカネなどアカネの中では大きい方であまり飛び回ることをせず草の軸や枯れ枝などに止まってじっとしている事が多いので直ぐ分かります。
翼端に茶色い帯を持つノシメトンボ。アキアカネとともに普通に見られる
ミヤマアカネは羽の先端から少し離れて茶色の帯がある。
彼らに似て翼に褐色帯を持つトンボにミヤマアカネが居ます。此方は褐色帯が翼端より胸側に寄っており林川原の辺りでは殆ど見られません。
鈴鹿川周囲に多くいるようで、旧山下道や木下道を亀山市(関町)側に向かって歩いているとよく見かけますから鈴鹿川から飛来してくるのかもしれません。
秋の蝶
真夏の炎天下では野外の散歩も億劫となり、見かける機会も減っていた蝶の姿も、9月に入って陽気が穏やかになると目にすることも多くなります。
アゲハが好む彼岸花にはクロアゲハ・カラスアゲハ・モンキアゲハ・ナガサキアゲハ等が集まる
吸蜜する秋のアゲハ。この時期は夏から秋に生まれた夏型の個体が姿を見せる。
多くはモンシロチョウやキチョウ・ジャノメチョウ・セセリチョウ・アゲハなど春から夏に見慣れた蝶で、彼らは春から秋にかけて何度も発生を繰り返しますから、秋見られるのは夏から秋にかけて羽化した新しい個体です。
秋に見られる蝶の多くは、春から秋にかけて3回4回と発生を繰り返すものが多い
真新しい成虫の出現を見ていると、この辺りでは、モンシロチョウやキチョウは年4回以上、アゲハも年3回は発生しているようです。
多回発生する蝶の多くは、冬を卵や蛹で越冬して翌年の春に羽化しますが、キチョウは成虫でも越冬するようで、時に冬にも成虫を見ることがあります。
中にはアサギマダラの様に春と秋年2回の発生で、秋に発生する個体のほうが圧倒的に多く見られる種類もあります。
草花の周りをゆったりと飛ぶアサギマダラの成虫はなぜか秋に見られることが多い。
これに対して、ヒオドシチョウやメスグロヒョウモンは年一回の発生で、初夏に羽化した個体が夏を経て秋にも現れます。ただしヒオドシチョウはそのまま成虫で冬を越し翌年の春に産卵して子孫を残しますが、メスグロヒョウモンは成虫では冬を越せず、秋に産み付けられた卵で冬を過ごして、春に卵から孵化して初夏に蝶となるそうです。
晩春に羽化したヒオドシチョウは秋を経て成虫で冬越しし翌春に繁殖する
ヒヨドリバナに群れるメスグロヒョウモンの雌雄。初夏に羽化し夏の休眠を経て9月に再び姿を現して産卵する
夏を越した個体は翅の痛みが激しい。秋には黒地の雌の方が多く見つかる
メスグロヒョウモンやウラギンヒョウモン・ミドリヒョウモンなどヒョウモンチョウは年一回の発生が知られていますけれど、新参者のツマグロヒョウモンだけは年に何回も発生を繰り返す様子で、10月に入っても羽化したての新鮮な蝶に出会います。
ツマグロヒョウモンは秋に羽化したと見られる成蝶が11月に見られることもある
蝶の擬態種
蝶の中には、雌が他種の毒を持った蝶の色彩やその行動パターンを真似して蝶を捕食する小鳥や小動物から身を守る種類がいます。
面白いのは他種の物真似をするのは常に雌だけで、雄はその種が属するグループの持つ共通の特徴・ヒョウモンチョウであればその豹紋を保ったものが殆どだと言うことです。
この原因は、繁殖行動の際、雌が同種の雄を識別する標識としてその色彩が利用されるため、雄まで色彩を変えてしまうと、雌の繁殖行動に支障をきたすからだと考えられています。
逆に雌雄が異色の蝶は、雌が何らかのモデル種を真似てその色彩を変えたと考えられますから、現在国内ではモデル種が見当たらないメスグロヒョウモンも、過去にはよく似た色彩の毒蝶がおりそれに似せて擬態(ベーツ型擬態)したものだと思われます。
ツマグロヒョウモンもメスグロヒョウモン同様に雌雄異色で、雌は毒蝶のマダラチョウ科カバマダラに擬態していると言われていますが、モデル種のいない環境にまでどんどん勢力を広げられる擬態種に、擬態する意味があるのか不思議な気がします。
擬態種ヒョウモンチョウ科のツマグロヒョウモン♀とそのモデル種のカバマダラ「原色日本蝶類図鑑」より
W.ヴィックラーの「擬態」によりますと、蝶の擬態種は単にそのモデル種の色彩だけではなしに活動形態まで模倣するとありますから、それ程にモデル種の生活に密着した擬態種が、モデルのいない世界で平然と生活圏を拡大して行けるのでは、最早モデルを持つ必要性が失われていると思えます。
この本には、毒を持つジャコウアゲハ属の複数の種に擬態するナガサキアゲハのことも書かれていて、擬態する雌とモデル種との比較した図版が載っているので此処に転記させてもらいました。
上段がナガサキアゲハ雌の擬態型(モルフ) 下段がモデル種となった異なったジャコウアゲハ属の種「擬態」より
尾状突起のあるジャコウアゲハ属に真似たモルフでは尾状突起を持ち、尾状突起の無いジャコウアゲハ属に真似たモルフでは尾状突起欠く誠に鮮やかな物真似ぶりです。
日本のジャコウアゲハの春型は左の種に似ていますが尾状突起が有りませんから、両者の中間型でしょうか。あるいは台湾や東南アジアにはこのモルフのモデルとなった毒を持つジャコウアゲハ属の別種も存在したのかもしれません。
ツマグロヒョウモン同様ナガサキアゲハの場合も、モデル種のいない地域へ分布を拡大していますから、彼らはそのモデル種や彼らを捕食していた鳥類よりも環境に対する適応力に優れていると言えます。或いは、この優れた環境適応能力こそが多数のモルフ(複数の雌の擬態型)を生み出す力なのかもしれれません。
擬態種には、蛾の仲間がジャコウアゲハを模倣しているものが見られます。アゲハモドキはジャコウアゲハの雌の色彩配置に極めてよく似た姿をしており、ベーツ擬態の好例と見られていましたが、その大きさはモデルのジャコウアゲハに比べてかなり小さく、モデルのいない地域にもモルフォが存在するなど擬態の持つ奥深さを持った種です。
2021年8月2日に自宅の庭に来たアゲハモドキ。夏型のアゲハに比べても一回りほど小さい
アゲハモドキのモデル種、ジャコウアゲハのメス。春型の個体のためモルフォよりは遥かに大きい
熟した柿の果汁に集まったアカタテハとルリタテハ
ムラサキシジミの雄(左)と雌(右) 雌は翅表の黒帯が雄よりも広い
翅表の橙赤色が鮮やかなウラギンシジミの雄と翅帯の白い雌
ウラギンシジミはその体つきや細かい毛に覆われた体表から、いかにも越冬しそうな蝶だと分かります。しかしそこまでの耐寒能力はないけれど、秋から初冬にかけて良く姿を見かけるチョウにウラナミシジミがあります。
秋に多いウラナミシジミ。尾状突起や尾紋が触覚や複眼の擬態だと言われているけれど・・・
12月半ばに交尾するウラナミシジミの雌雄。
彼らは元々南方系の蝶で、霜の降りる地域では成虫・卵・幼虫・蛹ともに冬越しできず、繁殖の可能な暖地から北方に春から夏にかけて分布を拡大し冬場には死んでしまうと言われています。
これは、ナガサキアゲハやツマグロヒョウモンについて私の子供の頃に言われていたのと同じことで、或いは現在では国内のかなりの範囲で越冬して翌年に子孫を受渡している個体がいるのかもしれません。
捕食者
昆虫の仲間には、もっぱら仲間の昆虫を餌にして生きている狩人専門の虫がいます。カマキリがそうで、先に上げたキリギリスやクサキリなども一部肉食性ですが、彼らに比べると到底太刀打ち出来ません。
カマキリも、大型のものから小型のものまで色々で、この辺りでは大きさ順にカマキリ、ハラビロカマキリ、コカマキリ、ヒメカマキリと四種類ほどが見つかるようです。
ジョウビタキは人の庭先を巧みに生活圏に組み入れた野鳥で、良く庭に来て木の実や虫を食べて生活している。
彼らも雄のほうが圧倒的に美しい。茶色いメスは羽紋の白もいまひとつ目立たない。
古くから人里近くで生活する習性を身につけたらしく、人なつっこい上にオスは体色も美しく、背中の白斑がよく目立つのでモンツキドリの愛称があります。
確かに近くに人がいればヒヨドリやモズのような敵対者は近寄ってこないので、危害がないと分かっている人間の近くに居る方が、ヒヨドリ等に追い回されることもなく楽に餌を探せます。
最も、個体によっては人がいると近寄らないのも居り、最近家の周りで姿を見かける雌は、私が庭にいるときは、電線に止まって庭へ降りることがありません。
これは、野鳥の種としての性質だけでなく、その個体差や経験の違いによって個体間の性格に大きな差が生じるからでしょう。
ジョウビタキやノビタキ等ヒタキ科の仲間は雄と雌で異なる体色を持つ種が多くいますが、次のルリビタキもオスとメスでは全く違う色彩をしています。
11月に入ると林縁の山道や草叢にルリビタキが姿を現す
ジョウビタキに少し遅れてやって来て、森や林の周囲など、割合に木立の多い環境を好むようですが、雌雄異色の多くの小鳥がそうであるように、彼らも青と橙と白で色分けされた綺麗なオスに対して雌は全体に褐色が勝った地味な色合いであまり目立ちません。
牛谷の坂道の周囲の休耕田の草叢にも、冬場になると時折姿を見せますが、地味な雌は気づくことも稀なようです。ただし雄が見つかる場所の近くには大抵雌も渡ってきているので、気をつけて観察していると雌雄を見ることが出来ることもあります。
晩秋に姿を見せる渡り鳥の代表は、ツグミかも知れません。雀と鳩の中間程の大きさで、人家周辺の田畑や林を生活圏にする大変おとなしい鳥で時折庭に来て採餌しますが、ジョウビタキより遥かに臆病で、人の気配を感じると直ぐに逃げてしまいます。
おとなしくて良く目立つツグミ。毎年家の庭に姿を見せる。
ジョウビタキによく似た色合いで、秋によく目立つ鳥にモズが居ます。ジョウビタキに比べると一回りも大きく、猛禽類にも近い獰猛さを持った鳥で、ヒタキの仲間など下手をすると殺されかねない程ですが、体色や羽の紋様など似通ったところがあります。
見晴らしの効く梢や電線はモズの見張り台になる。
秋に入ると縄張りを確保するために、モズの高鳴きとよばれる甲高い独特の鳴き声を発してその存在をアピールします。彼らは数百m程の距離を置いて縄張りを持つようで、縄張りの中でもなるべく周囲を見通せる木立の梢や電線に陣取って辺り監視しています。
時には灰色つぽい雄と茶色い雌が隣合う縄張りで、いがみ合っていたりしますから食料の乏しい季節は野鳥にとってもなかなか厳しいようです。