2026年度 メッセージ要旨
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6月7日 「一人ではない」 フィリピ2章19節-3章1節
背後にある祈りについて考えさせられました。自分にとって大きな課題が与えられて、このことに向き合う力を与えてくださいと神に祈る。今日、やるべきことができるように、なんとか一日を乗り越えることができますようにと神に祈る。なんとか無事に一日を終えることができた時に、ありがとうございますと神に祈る。
そうやって、神と自分との間の会話を通して、無事であったことを感謝することが大事だと思ってきました。でも、この背後には、自分のことを祈ってくれている人たちがいるということ、大丈夫だろうかと心に覚えてくれている人たちがいるということ、あの人の一日が無事でありますようにと思いを寄せてくれている人たちがいるということ。私自身のことですが、そのような支えをもらっていることを忘れてしまっているのです。
パウロの身の回りの世話をするために、生活支援の献金を届けるために、教会の近況を報告するために、教会は信徒をパウロのもとに派遣しました。この時代に旅をすることがどれほど困難なことだったか。それでも教会は、一人の伝道者のために祈り、覚え、支えようとしたのです。
対してパウロは自己中心的になり、派遣された信徒の病気をやっかいなものと考えています。唖然としますが、自分の姿に重なる気がしました。
5月31日 「ヘロデ・アンティパスのもとで」 君島洋三郎 協力牧師 マタイによる福音書8章5-13節
領主ヘロデ・アンティパスのもとにある百人部隊の隊長の子どもが病気になって苦しんでいます。驚いたことに、隊長はイエスのところに来て子どもの病気の治療をお願いするというのです。アンティパスや百人隊長にとって、イエスは民衆を扇動する危険人物とみられ、付け狙われていました。イエスは「あの狐」(ルカ13・32)とののしりながら、逃げ回っています。ですから、イエスは「この子をいやせとでもいうのか」(田川建三訳)と突き放しました。
いやな男が来たものだ。そうは言っても、あなた方の軍医に治してもらえと追い返したとは考えられません。あの狐の軍隊長の子どもだと思っても、子どもの命がここで終わってよいのか、子どもの命は何ものにも代えがたいものだ、と放っておかなかった。子どもはなにがあっても生きなければならない。こうして、イエスは百人隊長の子どもの病気をいやしたのだと思います。
百人隊長は、自分は権威の下にある者だ。兵隊には絶対権力を持っていて、行けと言えばどこへでも行く。だから「イエスよ、あなたも権力を持っているのだから、権力を使って命令をくだしてください」と言い、イエスは権威を傘にきた隊長に感心して子どもをいやしたとありますが、権威を嫌うイエスの言葉とは考えられません。これはローマ帝国のなかでキリスト教が生き延びることとの関連のなかで生まれた言葉ではないでしょうか。
5月24日 「ここが私たちの家」 使徒言行録14章21-28節
アンティオキア教会は、指導者だったバルナバと補佐役としてパウロを伝道旅行に派遣しました。重鎮だった二人を長い間の旅に送り出し、留守を守れるほどに教会は成長し安定していたということでしょうか。少し前にある教会の指導者リストと加えてここの短い報告を読むだけでも、アンティオキア教会の開放性(解放性)と国際性がうかがえるようです。
第一回目の伝道旅行の目的は、この教会の宣教方針を伝えるためだったと思われます。各地に信者を獲得したことが報告されていますが、どんな場所だったのだろうと思います。
例えば今日の個所に書かれている場所はローマの植民都市であり、そこに暮らしていた人たちにローマの支配はどんな影響を及ぼしていたのでしょうか。日本がかつて行なったことを考えると、植民地とされた人たちの日常は厳しいものだったと思われます。バルナバとパウロはそこに「教会」を作っていったというのです。
ローマの影響は、弱い立場に置かれていた人たちをますます弱くしたのではないかと思われます。自分が自分として生きていいというものではなかった。そんな人たちが生きる場所に「教会」を作ったことは、アンティオキア教会の姿勢がはっきり見えます。現在の教会はどうでしょうか。
5月17日 「できることを」 フィリピ2章1-18節
神を信頼する。そのことで人間は救いの中におかれ、神の祝福があることに感謝して生きることができる。回心後のパウロが信仰の礎のようにしていた思いです。また一方では、今日の個所にもありますように、実践すること、実行すること、努力することを求めています。ここには、パウロの自己矛盾がはっきりと表れていると思います。
彼はそのことに気づいていたのではないかと私には思えますが、あえてここでフィリピの人たちに「実行すること」の大切さを伝えようとしたのでしょうか。
もしかすると、フィリピの教会の中に互いに覚え合う思いが希薄だったことや、互いを思いやる心が欠けていたという雰囲気があったのでしょうか。経済的には豊かだったかもしれないけれど、自分のことにのみ関心があり、互いが互いを思い合い、助け合い、祈り合うという関係性がなかったのかもしれない。パウロはそのことを見ていたのかもしれません。
彼は「実践してほしい」と書いています。この言葉は「創造する」「効果を生み出す」との意味にも派生すると言います。互いに思い合う心を創造し、平和を実現するための行動を起こし実践しつづける。彼はここに、キリスト者としての生き方、教会が歩むべき姿を見たのでしょうか。
5月10日 「正義と公正と公平=平和」 フィリピ1章12-30節
「自分はキリストのために死ぬ、そのほうがいい」とパウロは言いながら、もう一方では「あなた方のために生きるのだ」とも言っています。パウロの心も揺れ動いていたのでしょうか。また、フィリピの教会をはじめ、各地で出会った信徒たちのことを思い続けていたことからくる言葉なのでしょうか。
そんな中でも彼は、今日の個所で教会にあてて伝えなければいけないことの一つを書いたのでしょうか。経済的には豊かだったかもしれませんが、教会の中でそれぞれが主義主張を言い合い、他者を見つめる心が欠けていた、とパウロの目にはうつっていたのかもしれません。
そこで彼は言っています。「キリストの福音にふさわしい市民としての生活をしろ」と。市民は法に守られる権利があります。不当な弾圧にあわないこと、一人の人間として当たり前に自由に生きられること。それが保障されています。そして自らの側からは、他者の尊厳や人権を尊重すること、人の自由を奪わないこと、不当な弾圧に加担しないこと。それが、パウロが言う「市民としての生活」、そして「キリストの福音にふさわしい生き方」だと思われます。
法の外に置かれて自由を奪われ、人権も尊厳も脅かされている人たちが、今、私たちの社会、世界にも存在するのです。正義と公正と公平というものがバランスよく保たれてこそ、初めて平和につながるのですが、正義・公正・公平のバランスがあまりにも崩れている現実があるのです。それでは「平和」という状態が来るわけもない。
私たちはこのバランスを少しでもよくしていくような働きができるようにと促されています。「キリストの福音にふさわしい市民としての生活」。パウロの言葉は、今を生きる私たちへの問いかけでもあります。
5月3日 「何に目を注ぐか」 フィリピ1章1-11節
「喜びの手紙」と言われるフィリピ書をしばらくの間、ご一緒に読んでいきたいと思っています。
喜ぶ、というのですから、パウロは何かに喜んでいたのでしょう。この時の彼の心にあったものが慰められ、励まされたということからきているのでしょうか。その中身は、自分自身の毎日が覚えられていること、献金の思いを分かち合ってくれていること、そして教会が「キリストの福音にあずかっていること」だと彼は言っている気がします。
10節に「本当に重要なことを見分けられるように」との言葉があります。それが彼の言う「福音にあずかること」だとすれば、それは何も受け身だけではなくて、自分自身の目と心で何が最も大事なことなのかを検証し、実践していくこと、イエスが示した正義につながるものを造り出していくこと、それが「福音にあずかっている」者としての生き方なんだと、パウロは言っているのでしょうか。
「福音」というものの概念が、力を持つことや皇帝崇拝に結びつくという世の中で、彼が考えていた「福音」は方向性が違います。今も権力を持つことや異なる者の排除、多様性の否定がなされる中で、私たちも「本当に重要なことを見分けられる」ような心を持ち続けていたいと願います。
4月26日 「『強さ』から『弱さ』へ」 使徒言行録9章1-9節
いわゆるパウロの回心の個所です(「改心」、あるいは「改宗」ではありません)。ミイラ取りがミイラになる。パウロの中にいったい何が起きたのでしょうか。ユダヤ教徒として、ユダヤ人として、他のどんな人よりも熱心だったと自分自身で書いています。そのユダヤ教を母体としながらも新しい宗教を作り生き始めていたイエスの群れを、彼は迫害したのでした。「熱心だった」という彼は、その動きを許せなかったのでしょう。
そんな中、彼を襲った出来事は何かを考えてしまいますが、もしかすると彼の心の中にイエスの死にざまが強烈な印象と共に迫ってきたのではないかと想像します。人々に罵られ、さげすまれ、バカにされ、唾を吐かれ、剣で突かれて死んでいったイエスの姿。それはなんとも弱々しい姿だった。しかし、この弱々しさの中にこそ神の力が宿っているということにパウロは出会ってしまった、ということかもしれません。
今まで自分が追い求めていたものは神の正義だと確信しつつも、力で他者を押さえつけ、自らの「正義」に無理やりに従わせようとするものだった。それが、十字架上で弱々しく死んでいったイエスの姿に覆いつくされるような経験をした。その後の彼の生き方を180度転換させる力が、弱々しさの中にあり、弱さの中にこそ神の力があると気づいたのでしょうか。
4月19日 「分水嶺」 ガラテヤの信徒への手紙2章1-10節/使徒言行録15章
エルサレムで開かれた「使徒会議」の模様をパウロはとても簡潔に報告しています。一方でルカは使徒言行録において詳細に書きますが、ルカの文体をそのまま受け取るわけにはいきませんので、二つの報告を読み比べてみるのがいいと思います。
会議は穏やかな雰囲気で終わったように読めますが、実際はどうだったのでしょうか。私には喧嘩別れのように感じるのですが、読み込みすぎでしょうか。「交わりの握手」をしたと書かれていますが、「交わり」の意味がどんなものだったのか、想像するしかないのでしょうか。
エルサレム教会はやがて歴史の舞台から消えていきます。一方でアンティオキア教会を起点として宣教された教会は、世界に広がって行きます。ある枠から出ずに留まる教会と、枠を超えて広がって行く教会。だからこちらはダメでこちらはいい、と単純には捉えられないのですが、今を生きる私たちの教会の在り方に、この報告は問いかけを与えているのでしょう。
この会議のどこに生前のイエスがいるのかと思ってしまうのですが、少なくとも私たちは自らが正義で他は取るに足らないもの、という態度からは解放されたいと思います。世界に広がって行くとはいっても、キリスト教がそこで何をしたのか。パウロ書簡も誠実な態度で批判して読みたいものです。
4月12日 「天に由来する生き方」 マルコ5章18-20節/フィリピ1章27節a
教会総会を前にして、2つの聖書個所を読みました。パウロの言葉に示唆を与えられたことでした。新共同訳では削除されている言葉が、岩波版の聖書には誠実に訳されていました。「ただひたすら、キリストの福音にふさわしい市民としての生活を送りなさい」。この「市民としての」との言葉が大事だと思いました。
パウロの頭の中にはローマ市民権のことがあったと思うのですが、法のもとで保障される、保護されることは、その人が自由に生きることが許され、人権も尊厳も大事にされることです。不当な弾圧を受けることもない、そんな生活のことです。そして自らも他者の自由を奪うことをしない、尊厳も自由も疎外、束縛しない。不当な弾圧を行なうことに加担しない。それがここでパウロが言う「キリストの福音にふさわしい市民としての生活」ということなのでしょう。
法に守られるどころか法の外に置かれて区別・差別されていた人たちにイエスが何をしたか、マルコの個所には書かれています。新年度を歩み始めた私たちです。今もどれだけの人たちが「市民としての当然の生活」を送ることができずにいるか。この言葉とイエスの行動に学びたいものです。
4月5日 「わたしに何をしてほしいのですかー見えるようになりたいのです」 マルコ福音書10章46-52節
前の段落でイエスが弟子たちに言った言葉。「わたしに何をしてほしいのか」。そして続く今日の段落でイエスがバルティマイオスに言った言葉。「わたしに何をしてほしいのですか」。
続きの段落に同じ言葉を入れていることは、私にはマルコの皮肉としか思えません。弟子たちは権力がほしいと頼み、バルティマイオスは「見えるようになりたいのです」と答える。これはマルコから私たちへの問いかけになっていると思うのです。私たちは神に何を祈るのか、と。
盲人の盲は、目を失う、なくす、と表記されますが、心の目は失われてはいないのです。「盲人」というのなら、私のように心の目を失っている人間のことを言うのであって、視力はあるけれどそれで「見えている」ということにはならないのです。自分の関心のあるものだけとか、都合で優先するべきとか言って、今、一番に見ないといけないものを見ていない、見ようとしない心、大事なものを見る心を失っている自分こそが「盲人」だと思います。
真実を見る心を与えてほしい。平和につながる道を見る心を与えてほしい。私たちは心からそう祈る者でありたいと思うのです。イエスはそれが神に対する「信頼だ」、と言ってくれています。