民間企業に就職し、海に出れずふてくされ、昼休みの現実逃避に研究所構内の虫捕りを始めました。
敷地内によくいる小さくてかわいいこのバッタはなんという種類だろう?というレベルから始まった研究です。
同じ種なのにさまざまな模様があるヒシバッタの「斑紋多型」ですが、これまでの研究で背板の黒紋は分断色として捕食者から身を守る効果がある一方で、
黒紋が日光を吸収しオーバーヒートしてしまうことで採餌や交尾相手を探す時間が短くなってしまうというトレードオフがあることが知られています。
そのため、日射の強い南では黒紋のない個体が有利な一方、日射の弱い北では黒紋のメリットがより強くなることで、黒紋のない個体の頻度が低くなるという
緯度クラインがあることが明らかにされました(鶴井・西田, 2010)。
そこで本当かな、と職場のあるつくば市と、妻の実家の鹿児島県阿久根市でヒシバッタを採集し、その黒紋個体の頻度をカウントしてみたところ、
見事に鶴井・西田 (2010)で示された緯度クラインに乗る結果となりました。
しかし、この緯度クラインに乗らない環境が考えられます。それが空港です。
空港ではバードストライク対策のため、レーザー光や空砲をパンパン鳴らしたり、さまざまな試みで鳥を追っ払っています。
これはいいかえると、空港内はそこに生息する昆虫にとって捕食圧の低い環境であるということができます。
つまり、空港内では敵から身を守るための黒紋のメリットが必要のない環境であると考えることができるのです。
人類が広大な空港を利用して世界中を行き交うようになったのはせいぜいここ100年程度のものです。
もし、空港内で黒紋を持つ個体の頻度が同緯度の地域で採集されるヒシバッタよりも低ければ、この数十年の間にそこだけ特異的にヒシバッタの模様が進化したと言えます。
高校生物の教科書でも取り上げられる有名な「シャクガの工業暗化」のように我々人間のタイムスケールでも観察可能な進化の事例が空港という身近な環境で進行中であるかもしれないというアイデアです。
空港構内は非常にセキュリティが厳しく、昆虫採集の許可を得ることが難しいため、実証するのは困難ですが、アイデアの共有を目指すEcological Research誌の「Idea Paper」特集号で受け入れられ、論文として発表することができました。
初めてのカメでもフジツボでもない昆虫論文を、初めての論文(Hayashi & Tsuji, 2008)が掲載されたEcological Research誌で出版できたのはなかなか感慨深いものです。
これまで「俺にはフジツボしかないんだ!」という悲壮感の漂う研究キャリアを積み重ねてきましたが、意外とフジツボ以外にもイケるじゃん、他にもおもしろい研究対象はあるじゃないか、
と少しだけ視野が広がったなぁと思える内容で、この成果を出せたことをとてもうれしく思っています。
Ryota Hayashi & Kaori Tsurui-Sato
Idea paper: Airport ecology, an environment without predation pressure drives evolution.
Ecological Research, 35(4), 579-582.
Cited by 1 paper (at 2020/7/29)
Miki T, Nakamura M, Matsui K, Mizoguchi H, Tamaki E (2020) Promoting the sharing of ideas via “Idea Papers”. Ecological Research, 35(4), 575–578.