特 集
病院長が中堅管理職に望むリーダの心構えとは?
東員病院院長 山内一信
リーダの心構えについては多くの書物があるように思われる。いわゆるリーダ論ということになるが、ここではリーダとして人にどうさせるかというよりも、リーダとして自分がどうあるべきかという点に主眼をおいた。
あたり前のことをあたり前に
現代社会を生きぬくには常識人としての行動、規律が大切である。中堅管理職のポジションにあるスタッフにとっても同じことが言える。日常の律儀な行動はその人に対して清潔感をいだかせ、それが信頼につながる。その当たり前のこととは、1)挨拶をしっかりする、2)身だしなみ、態度に清潔感をもつ、3)言葉ははっきり明確に、4)時間を厳守する、特に自分が長だからと言ってぎりぎりのタイミングや遅れて場に着くのではなく、会の5分前には着座している、5)歩く速さと姿勢に活気があふれている、などである。日常の何気ない動作の中で、当たり前のことができて始めて信頼を獲得し、組織を引っ張って行ける。その行動、振る舞いはその人の魅力になるはずである。
自院のビジョン・ミッション・バリューをしっかり把握
病院には必ずその病院独自のビジョン(展望・将来性)、ミッション(使命・理念)、バリュー(価値)がある。これらはトップマネジメントの深い考察の上から導き出されたものである。これらの意味・意義をよく理解しておくことが大切である。職員の行動はそのビジョン・ミッション・バリューのもとに成立っていなければならない。中堅管理職もそれらについて十分理解し、行動すれば、部下の心をつかみ、組織をリードしてゆける。
病院の大目標を目指して
ビジョン・ミッション・バリューのもとにポリシー(方針)、ゴール(目標)が設定される。さらにゴールを達成するためにストラテジィ(戦略)、戦術が立てられる。中間にある組織も機関の目標の一端を担うものである。発展する病院は、機関の大目標を達成するため、それぞれの組織も目標、戦略、戦術をもつことになる。これらの目標、戦略、戦術は中長期、短期、さらには年度ごとに立てられるものである。この目標は言ってみれば現状とあるべき姿とのギャップを示している。そのギャップを縮めるべくそれらを着実に実行し、目標達成に努力するべきであろう。もし目標が不明確であればしっかり確立し、それを実行に移すべきである。各組織の目標と病院の大目標とは、ベクトルの方向は同じでなければならない。
この目標を達成するにはいわゆるマネジメントサイクル(PDCAサイクル: Plan (計画)・Do (実行)・Check (点検・評価)・Act (改善・処置))の実行が有用である。
惰性に流されるな
人間、ともすれば一つの組織の中で行動すると、毎日が同じ行動パターンのくりかえしになる。言ってみれば、一つのシステムが出来あがるとそのシステムは歯車のような効率的な動きになる。確かに同じ業務を行う組織はシステム化されればそれだけ効率的になるが、社会は絶えず変化、進歩している。惰性に流されることなく、いつも今の状態でよいのか、チェックする姿勢を持つことが大切である。③のマネジメントサイクルを確実にまわすことも、外界の変化にも対応できる一方法になるはずである。
いつも同じパターンで同じことを行っていると、惰性に流されてしまう。その行き着く先はいわゆる、独りよがりの狭い考え方に陥ってしまうこと(たこつぼ理論)や、あるいは周り、外界が激しく変化していることに気がつかず(ゆでガエル現象という人もある)新しい変化についてゆけない、応用力のない人間になってしまうこともある。いつもアンテナをはって世界、日本の医療情勢のみならず、社会、経済、政治の動きに注目しておくことは重要である。
革新の気風から誇りと高揚感を
④に述べたように同じことをくりかえしていると仕事に対する意欲も萎えてしまう可能性がある。いつまでも働きたい職場はどんなところかというアンケート調査をみると革新の気風がただよっている職場であるという。とくに若手スタッフは仕事やその環境のマンネリ化を嫌うものが多い、リーダとして若手をひっぱってゆくには、常に若手(部下)の仕事ぶり、仕事への意欲を見ている必要がある。仕事に誇りを持たせ、職場に高揚感をもたらすのは革新の気風であろう。
学問を怠るな
物事の解釈や説明のみならず、仕事の進め方一つをとってみても、どれも確実に行おうとするとそれなりの裏付けが必要である。特に病院で中堅管理職として働くスタッフにおいては、医療およびマネジメントの基本は知っておく必要がある。医療の基本といってもその範囲は簡単には決めることはできないが、医療は製造業などと異なり、物を扱うのではなく、患者を扱っていることは忘れてはならない。人間としての尊厳性を大切にすることは医療の基本である。医療分野で強いて学ぶとすれば医学概論であろうし、医学以外の学問領域では病院管理学、医療経営学、医療経済学、医療情報学などがその柱になるであろう。
病院管理学では、医療管理と運営管理を車の両輪として医療機関の価値を上げつつその運営を成り立たせてゆく仕組みを勉強する。医療経営学では、自院のミッション、目標を定め、それを実現するための戦略と組織のあり方、さらには経営を成り立たせる仕組みを学ぶ。医療経済学では、限りある医療資源をどのように配分したらみんなが幸せになれるのか、行動できるかの方法論、仕組みを学ぶ。これらの学問の基本をしっかり知っておけば、いろいろな場面に遭遇してもたじろぐことは無い。また学問に裏付けられた考え方は多くの経験を積むことにより、さらにより強固なものとなる。
会議や議論の場で中堅管理職としての意見や考えを述べるとき、あるいはリーダとしてオピニオンが必要となる時が多い。そんなときに学問的裏付けをもっていることは、人を説得したり、自身の考え方について確信を得たりする重要な要素になる。
最近エビデンスベイスドディスカッション(Evidence-based discussion)ということが言われる。人や組織を共通の目標に向かわせるには、根拠に基づいた意見を述べれば説得力がある。説得力のある意見はエビデンスをもっていることが必須である。科学雑誌、新聞などメディアなど情報源にネットワークをはり、アクセスできる状況を確保しておく。
勿論、研修会や学会、研究会への参加・発表も必要である。人物のスケールを大きくする機会となる。
意思決定、決断の根本
管理職となるとその組織にとって重要な意思決定の機会にしばしば遭遇する。大げさに言えば日日の行動そのものが意思決定の結果によってもたらされたものでもある。意思決定、決断の考え方の基本は前述したような学問と経験から生まれるが、何を優先するかという議論になれば、第一は安心・安全の視点が挙げられる。勿論、患者の安心・安全が第一であるが、その裏腹の関係にある病院そのものの安全性も大事である。安全には、患者の生命のみならず医療機関の運営・管理面の視点も含まれる。
健康を保つ
中間管理職は肉体的にも精神的にも充実していて働き盛りのイメージがある。事実、無理をしてでも日時内に仕事を完成させなければならないことがあるし、それを可能にするのが中間管理職の魅力でもある。ただ、過負荷の状態が長く続いたり、気分的、肉体的に余裕が無くなると体に変調をきたし、知らぬ間に生活習慣病を誘発したり、気分変調をきたしてうつ状態になる事もまれではない。運動、リクレーションなどで身心を健全に保つとともに、検診などをきちんと受け、いつも体調をベストの状態にしておかなければならない。文化的活動への参加も精神的な安定と充実をもたらしてくれる。
よき友を
人間順調に行っているようでも状況によっては弱気になることや、気分の変調により仕事が進まなくなることもある。自己回復力の強い人間は問題ないが、なかなか不調から抜け出せない状況に陥ることもある。こんなとき、支えの存在がきわめて重要である。支えには友人がベストであろうが、上司でも構わないし、恩師でもよい。この世の中、一人で生きているわけではない。支えをもつことは大事なことである。
支えは身体的問題解決だけのためだけではなく、仕事面でも当然必要である。仕事の方向がずれていても自分では気がつかず、さらに部下もなにも言わず、上司からの忠告もないこともあり得る。困惑の状況から救ってくれるのはやはり支えとなる人物であろう。
おわりに
よきリーダになるためにどんな素質が必要かとか、どんな人が向いているかとの議論がある。確かにその人の性格とか育ってきた環境などいろいろな因子がリーダに向き不向きという議論を成り立たせているかもしれない。
しかし本当に自分で大丈夫であろうかという不安とか心配なんかはとっぱらってしまい、本書に示されているようないくつかの提言を着実に一つ一つ守り実行してゆけば、どの人にもそのチャンスは充分にあると思う。リーダへの王道はない。ただ必要なのは、地道にひたむきに、よい組織をつくりあげ、よりよい医療を行いたいという強い意志をもつ魅力ある人間であるように思う。