食道外科グループの特徴
年間50-60例の食道がん手術(食道胃接合部がんを含む)を、食道外科を専門とするスタッフ3名を中心に行なっています。最近では、京都府および近隣他府県の関連病院に出張し食道がん手術を指導する会が増え、合わせると年間80例以上の手術をコンスタントに行なっています。手術法としては、縦隔鏡を用いた非開胸手術(縦隔鏡手術)を得意としており、現在では、食道がん手術の約8割を、この方法で行なっています。
食道がんに対する治療戦略
食道がん患者様の平均年齢は年々増加し、日本食道学会の集計によれば、平均年齢は69-70歳、25年前に比べて10歳ほど高齢化が進んでいます。食道がん手術は、消化器がん手術の中で唯一、胸部操作を中心とする手術で、切除と食道再建のためには、頸部と腹部の手術を同時に行う必要があります。高齢化による基礎疾患の割合が高くなれば、当然、体への負担は大きくなるため、より負担の少ない、体にやさしい手術(低侵襲手術)が求められます。当科では、低侵襲手術として早くから縦隔鏡手術を行なってきました。
一方、治療方針を決定する上で、院内キャンサーボード(関連診療科による合同症例検討会)は不可欠です。消化器外科、消化器内科および放射線治療科を中心に、患者様のリスクとがん進行度に応じた最適な治療法の選択と組み合わせ(集学的治療)について議論し決定しています。現在、切除可能な進行食道がんに対する標準治療は、国内における臨床試験結果に基づき、抗がん剤治療後の手術(術前化学療法)です。最近では、治療成績のさらなる向上を目的として、より強力な抗がん剤の投与を含め、術前治療の強化が行われています。こうした背景を踏まえ、当院では、外科紹介の患者様でも、内科で化学療法を行い、キャンサーボードで治療効果と経過を確認した上で、手術適応を決定しています。
縦隔鏡手術の特徴
胸郭の中央は縦隔と呼ばれ、食道は、心臓、気管、大動脈とともに縦隔を構成する主要な臓器です。内視鏡を頸部から縦隔内に挿入し、内視鏡画面を見ながら行う手術を縦隔鏡手術といいます。腹部からの操作では腹腔鏡を用います。食道がん手術では、食道とともに周囲リンパ節の切除(リンパ節郭清)が不可欠です。そのためには、頸部と腹部から炭酸ガスを送気し(気縦隔)、食道周囲に広い空間を確保しながら良好な視野のもとで手術操作を行います。頸部と腹部から食道をくり抜くように縦隔内トンネルを貫通させた後、頸部創で食道を切り離し、腹部創から食道と胃をリンパ節とともに体外に取り出します。この方法を用いれば、開胸創由来の痛みもなく、肺も触らず傷つけることもありません。また、開胸手術では、食道にアプローチするために右肺を人工的に虚脱させ、左肺のみの人工呼吸管理(片肺換気麻酔)を行いますが、両肺換気で行う腹部手術に比べ、肺機能への負担が大きいことが問題でした。両肺換気で行う非開胸手術により、開胸手術に比べ圧倒的に術後肺炎が少ないという成績が得られています。
一方、従来から縦隔鏡手術は行われていましたが、技術的な制約から、食道がんに広く適用されるには至りませんでした。当科では、いち早くその利点に着目し縦隔鏡手術を導入しました。気縦隔を含め最新の内視鏡外科技術を取り入れ、チームとしての手技の習熟に合わせて段階的に操作範囲を拡大することで、現在では、開胸手術と同等のリンパ節郭清を安定して行うことが可能となっています。手術適応についても、当初の比較的早期の食道がんから、現在では、より進行した食道がんも縦隔鏡手術の対象としています。高齢、胸膜癒着や肺機能不良などの理由で、開胸手術が適さない患者様に適用できる利点があります。気管や大動脈などの周囲臓器へがんの浸潤が疑われる患者様に対しては開胸手術を選択します。最近では、近年増加傾向にある食道胃接合部がんに対して縦隔鏡手術を行う機会が増えています。
術後合併症対策
食道がんは、進行すると、胸部 (縦隔)を中心に、頸部と腹部にもリンパ節転移を生じます。中でも、食道と気管が重なる部分(上縦隔)に好発する特徴があります。気管の左右には反回神経が走行しており、その周囲にリンパ節転移が生じるため、手術の際は、反回神経を確認しながらリンパ節を確実に郭清する必要があります。しかし、手術操作に伴う接触や熱などの刺激により、反回神経は容易に麻痺を生じてしまいます。反回神経麻痺 (声帯麻痺)は、肺炎とともに、食道がん手術後の代表的な合併症です。嗄声(かすれ声)、誤嚥の原因となり、誤嚥は肺炎の原因となります。肺炎を発症すれば、術後のQOL(生活の質)の低下のみならず、長期的には生命予後を悪化させる可能性が報告されています。そこで、当科では、術中持続神経モニタリング技術を導入し、反回神経麻痺の低減、さらには予防に努めています。心電図モニターと同じように、手術中、声帯筋電図の異常を即時に認識することが可能となり、麻痺リスク操作を速やかに中止、中断することで、導入前後で、麻痺の頻度を劇的に改善することに成功しています(図6)。縦隔鏡手術、術中神経モニタリング、さらに手術前後の多職種連携による合併症対策により、短期成績の改善のみならず、生存率の向上も得られています。
術前外来・入院診療の概要
術後合併症を予防するためには、消化器内科・放射線科・耳鼻科・麻酔科といった関連診療科との術前・術後の連携、運動器・呼吸器・嚥下などの各種リハビリ、栄養管理、など多職種連携によるサポートが不可欠で、術前の外来受診時から介入・サポートを行います。
食道がん手術の術前・術後スケジュールの概要は、下記の通りです。
・外来:関連診療科(歯科・耳鼻科・麻酔科など)の診察、必要な検査の追加
・術前化学療法が必要な場合、消化器内科に入院し化学療法を施行
・手術3日前に入院、入院後に家族とともに手術説明
・手術日:手術時間 5-6時間、出血量 200ml以内 (縦隔鏡手術の場合)
→人工呼吸器を離脱してICU入室、家族の面会
・術翌日:病棟の観察室へ帰室
・術後2日目以降:離床、呼吸器・嚥下リハビリ
・術後7日目:耳鼻科による喉頭診察、飲水訓練の開始
・術後10日目:嚥下造影、経口摂取の開始
・術後14-21日程度で退院(退院前に栄養指導)
患者様へのメッセージ
「世界トップレベルの医療を地域へ」という当院の理念のもと、患者様にやさしく、より苦痛の少ない最先端の低侵襲手術を追求し、日々の研鑽に努めています。スタッフ間の連携を密にとり、安全で安心できる円滑なチーム医療を提供します。患者様一人ひとりと向き合いながら、"患者様の立場に立った医療"を心がけています。どうぞお気軽にご相談、お問い合わせください。
お問い合わせ:消化器センター受付(電話075-251-5023/5024)
消化器外科医局 (電話075-251-5526/5527)
担当:藤原 斉