肝臓、胆道(胆のう、胆管)、膵臓、脾臓など、消化管に対して、実質臓器といわれる臓器の疾患を扱う分野です。この領域のがんの発生頻度は少ないものの難治がんといわれるものが多く、手術も複雑で、残念ながら合併症の頻度も消化管のがん手術に比べて多いといわざるをえません。
当科では、この分野の進行がんに対する拡大手術から、腹腔鏡を用いた低侵襲手術まで積極的に取り組んでおります。当科では、2020年現在、日本肝胆膵外科学会が認定する高度技能専門医修練施設(A)に認定されており、以下のメンバーでより合併症の少なく根治性の高い手術を実践しております。
高度技能専門医(肝胆膵外科手術の専門医)4名
日本内視鏡外科学会技術認定取得者(肝臓)(腹腔鏡手術の専門医)3名
原発性肝がん
肝臓に発生する悪性腫瘍には、肝臓の細胞ががん化してできる「原発性」肝がんと、他の臓器からがん細胞が移ってきて肝臓で発育してできる「転移性」がんがあります。原発性肝がんは、肝細胞に由来する肝細胞がんと、胆管に由来する肝内胆管がん(胆管細胞がん)に分けられますが、肝細胞がんが原発性肝がんの90%以上を占めているため、一般に肝がんといえば肝細胞がんを意味します。
肝細胞がん
日本の肝細胞がんは、慢性のB型・C型肝炎ウィルスが原因となったものが多くを占めています。他に、アルコール性肝障害も原因となりますし、最近では、メタボリック症候群と関連の深い非アルコール性脂肪性肝炎から発生する肝細胞がんも注目されています。
肝癌診療ガイドラインでは、肝障害度と腫瘍のサイズや個数に応じて、肝切除・ラジオ波などの局所治療、肝動脈塞栓術、全身化学療法、肝移植、緩和ケアを選択することが提唱されています。個々の患者さんにおいて、患者さんの状態、腫瘍の場所や個数といった所見も踏まえ、治療方針を決定します。肝機能が良好で、肝臓にとどまった肝細胞癌では最も確実な治療法は、外科的切除であると考えています。それぞれの患者さんに最適な切除の仕方を選択しています。
肝内胆管がん
肝臓内に存在する肝内胆管から発生するがんです。
肝臓に発生するがんの約4%ほどのまれながんですが、上記の肝細胞がんに比べ、周りに広がりやすく再発しやすいがんです。腫瘤形成型 胆管浸潤型 胆管内発育型があり、それぞれの大きさや病態に応じた手術を行い、肝切除に加え、周りのリンパ節切除を含めた肉眼的に取り残しの無い手術が必要となります。
転移性肝がん
転移性肝腫瘍は、どこか別の部位の腫瘍(たとえば胃がんや大腸がんなど)から肝臓への転移です。肝転移は、がん細胞が主に血液の流れに乗って肝臓にたどり着き、そこで増殖することによって起こります。治療は全身性化学療法(抗がん剤の全身投与)が一般的ですが、原発腫瘍の性質によっては手術がよい治療法になる場合があります。転移性肝腫瘍の中で最も多いのが大腸がんの肝転移です。様々な原発腫瘍からの肝転移のうち、外科的切除をすることで生命予後の改善が見込めるのが大腸がんと神経内分泌腫瘍の肝転移で、当院では積極的に手術を行っております。現在のところ、大腸がんの肝転移を治す唯一の方法は手術と考えられています。大腸がんの肝転移は、積極的に切除することで予後の改善が望めます。また近年では化学療法を組み合わせることで治療成績はより向上しています。
原発性肝がん、転移性肝がんに対する肝切除
肝門へ広がっていない肝がんの場合には、肝臓外の胆管を温存した肝切除を行います。がんの周りの肝臓を削る肝部分切除から、肝臓の半分程度を切除する肝右葉切除や肝左葉切除まで、腫瘍の大きさや部位に応じて肝切除方法を選択します。
当院は、これらの肝門へ広がっていない肝臓がんに対する胆管を温存した肝切除では、腹腔鏡での肝切除を積極的に取り組んでおり、再肝切除であっても、できるだけ腹腔鏡下肝切除を行うように取り組んでいます。
一方で、肝門へ広がっている肝臓がんの場合には、肝臓の半分を切除する肝葉切除と胆管切除を行います。胆管切除を行う場合には、安全性を確保するために開腹で行っています。
胆管切除を行う場合には、残った肝臓側の胆管と小腸を吻合する胆道再建を行います。
進行した肝臓がんや転移性肝がんでは、手術に加え、悪性度に応じて抗がん剤治療を組み合わせる場合があります。
胆管切除を行わない肝切除では、手術時間は3-8時間程度(腫瘍の大きさ、部位によって異なります)です。入院期間は腹腔鏡下肝切除では5-7日程度で、開腹肝切除では7-14日程度です。
肝右葉切除など、肝切除量が大きい場合には、術後肝臓の機能回復に時間を要することがあります
胆管切除を伴う場合には、以下に記載しています肝門部領域胆管がん手術に準ずる手術となり、術後1か月以上の入院期間を要することがあります。
腹腔鏡下肝切除
肝門へ進展のない転移性肝腫瘍、肝細胞がん、肝内胆管がん、その他肝良性腫瘍が主な適応となります。5mmから12mmのポート創(穴)を5~6か所程度設置し、カメラスコープ、腹腔鏡用鉗子を挿入して肝切除を行います。開腹と比べると創の総延長は3分の1以下で済み、疼痛が少なく、術後の回復も早いことから、我々も積極的に行っています。
症例提示
直腸がん同時性肝転移と診断。直腸がん手術後、化学療法の後に腹腔鏡下肝切除(腹腔鏡下肝左葉切除)施行。
胆道がん
胆道は肝臓でつくられた胆汁を十二指腸へ送る管で、大きく胆管、胆のう、十二指腸乳頭部の3つの領域に分かれます。さらに胆管は肝臓の中の肝内胆管、肝門部という肝臓の入り口に存在する肝門部領域胆管、出口に近い遠位胆管、十二指腸の出口の十二指腸乳頭部に分けられます。
これらの胆道で発生したがんが胆道がんで、発生部位によって、肝内胆管がん、肝門部領域胆管がん、遠位胆管がん、十二指腸乳頭部がん、胆のうがんに分類されます。
肝門部領域胆管がん
肝門部という肝臓の入り口に存在する肝門部領域胆管に発生するがんを肝門部領域胆管がんと言います。
手術前の準備
肝門部領域胆管がんが発生すると、胆管内を腸の方向に流れる胆汁がせき止められて、黄疸が起こります。術前に強い黄疸のある症例は手術前に黄疸を減らす処置が必要です。これを減黄処置といいます。胆汁という脂肪の消化に関係する液が貯まった状態ですので内視鏡で管を挿入する方法やからだの外から直接胆管を刺して管を入れる方法があります。
また、肝門部領域胆管がん手術では大きな肝切除が必要なことが多く、残る肝臓が少ない場合は、手術後の肝機能を保つ目的に、あらかじめ残る肝臓を肥大させる処置(門脈塞栓術)も行います。門脈塞栓術は3泊4日程度の入院で、局所麻酔で肝臓に針を刺して行います。
当院では、術前に撮影したCTを3D構築して、細かい血管などの解剖の把握と綿密な肝切除のシミュレーションを行ってから手術を行っています。
手術
手術は肝臓、リンパ節、胆管を切除します。肝門部領域胆管の中で、がんが右側寄りの場合には肝右葉(肝臓の右半分)切除、尾状葉(背側の肝臓のことを尾状葉と言います)切除を行い、左側寄りの場合には肝左葉(肝臓の左半分)切除、尾状葉切除を行います。
最後に肝臓側の残った胆管と小腸を吻合(胆道再建)します。
平均手術時間は10時間を超える大きな手術です。特に肝右葉切除、尾状葉切除では肝切除量が大きいため、術後肝臓の機能回復に時間を要することがあります。また細い胆管と小腸を吻合するため、胆管と小腸の吻合部から胆汁が漏れる胆汁漏という合併症の頻度が高い手術です。術後1か月以上の入院期間を要することがあります。
胆のうがん
胆のうに発生したがんが胆のうがんです。胆のうがんは、しばしば術前に良性の胆のう病変との鑑別が困難な場合があります。
胆のう隆起性病変で良性悪性の鑑別が難しい場合
診断と治療を兼ねて、腹腔鏡下胆のう摘出術、あるいは開腹胆のう摘出術で胆のうを摘出し、組織診断の結果でがん(悪性)とわかれば、進行度に応じて後日改めて追加の胆のうがん手術を推奨する場合があります。
胆嚢がんが強く疑われる場合
早期の胆のうがんは胆のうを取るだけで治癒しやすいがんですが、進行した胆のうがんは容易に周囲臓器へ浸潤し、難治性であることが多いがんです。
進行がんではあるものの、胆管や肝門への進展がない場合には、胆のう周囲の肝臓を一部削って胆のうを切除する胆のう床切除を行います。
進行がんで、胆管や肝門へ広がっている場合には、肝臓の右半分を一緒に切除する肝右葉切除、胆管切除を行います。
胆管切除を行った場合には、胆道再建を行います。
さらに治癒を目指して、抗がん剤治療を組み合わせる場合があります。
胆のう床切除術を行う場合には、手術時間は4-6時間程度(腫瘍の大きさや進展程度によって異なります)で、入院期間は7-10日程度です。
肝右葉切除など、肝切除量が大きい場合には、術後肝臓の機能回復に時間を要することがあります
胆管切除を伴う場合には、肝門部領域胆管がん手術に準ずる手術となり、術後1か月以上の入院期間を要することがあります。
遠位胆管がん、十二指腸乳頭部がん
出口に近い胆管を遠位胆管と呼び、胆管の十二指腸への出口を十二指腸乳頭部と呼びます。遠位胆管や乳頭部に発生するがんが遠位胆管がん、乳頭部がんです。
黄疸のある症例は肝門部領域胆管がんと同様に内視鏡的に胆管にチューブを挿入して黄疸を治療する必要があります。
手術は通常は膵臓や十二指腸、胆のう・胆管を切除し、周囲の転移する可能性のあるリンパ節を一緒に切除する膵頭十二指腸切除術を行います。その後、膵臓・胆管・胃と小腸をつなぎ合わせます。
手術時間は6~8時間程度です。当院では残った膵臓と胃を吻合しています。膵頭十二指腸切除の合併症として、一定の頻度で膵臓と胃や腸との吻合部から膵液の漏れ(膵液漏)を発症します。膵液漏を発症した場合には、膵液漏が止まるまで入院が必要となります。平均入院期間は1か月程度です。
膵臓がん
膵臓の中にある膵管に発生するものが多いですが、発生する場所によって手術法が大きく異なります。
膵臓は膵臓の背側を縦走する門脈という血管との位置関係で、膵頭部と膵体尾部に分かれます。
膵臓がんでは、以前は手術治療だけで手術後再発率が高かったため、近年再発率を下げる目的に手術前、手術後に抗がん剤治療を組み合わせる補助化学療法が推奨されています。当院でも手術前に2か月程度、手術後に6か月程度の抗がん剤治療を組み合わせて、再発率低減に努めています。
また近年では、進行膵臓がんのため当初切除不能と判断し抗がん剤治療を行っている方でも、抗がん剤治療で長期間がんの進行が抑えられている場合には、手術治療に移行し根治を目指す場合があります。
膵頭部がん
膵頭部の背側に胆管が走行するため、膵頭部がんでは胆管を巻き込み黄疸を発症する場合があります。黄疸がある場合は、胆管がんと同様に、手術前に内視鏡的に胆管にチューブを挿入して黄疸を治療する必要があります。
手術は膵頭部、十二指腸、胆のう・胆管を切除し、周囲の転移する可能性のあるリンパ節を一緒に切除する膵頭十二指腸切除を行います。その後、膵臓と胃や小腸、胆管と小腸をつなぎ合わせます。膵臓の背面を走行する門脈ががんに巻き込まれている場合は門脈を合併切除する手術も積極的に行なっています。手術時間は6-10時間程度です。
当院では残った膵臓と胃を吻合しています。膵頭十二指腸切除の合併症として、一定の頻度で膵臓と胃や腸との吻合部から膵液の漏れ(膵液漏)を発症します。膵液漏を発症した場合には、膵液漏が止まるまで入院が必要となります。平均入院期間は1か月程度です。
膵体尾部がん
通常はリンパ節を一緒に切除する膵体尾部切除を行ないます。免疫の一部の役割を果たしている脾臓を一緒に切除することになります。手術時間は3-5時間程度です。
腹腔鏡下膵体尾部切除
周囲臓器への浸潤のない膵体尾部がん、膵内分泌腫瘍、膵のう胞性腫瘍、その他膵良性腫瘍では通常低侵襲の腹腔鏡下膵体尾部切除を第一選択で行っています。5mmから12mmのポート創(穴)を5~6か所程度設置し、カメラスコープ、腹腔鏡用鉗子を挿入して膵体尾部切除を行います。開腹と比べると創の総延長は3分の1以下で済み、疼痛が少なく、術後の回復も早いことから、我々も積極的に行っています。
膵体尾部切除の合併症としては、膵臓の切れ端から一定の頻度で膵液の漏れ(膵液漏)を発症します。膵液漏を発症した場合には、膵液漏が止まるまで入院が必要となります。
平均入院期間は1か月程度ですが、膵液漏がなければ、腹腔鏡手術では術後7-10日程度、開腹手術では術後14日程度での退院を目指します。
胆石症
1.胆石症とは
胆石症とは胆汁の通り道である胆道に結石が形成される疾患の総称です。結石ができる場所により胆のう結石症、総胆管結石症、肝内結石症に大別されます。このうち胆のう結石症70-80%、総胆管結石症10-20%、肝内結石1-4%と、胆のう結石症が最も頻度が高いです。胆のう結石があっても無症状の場合、原則的に治療は行わず経過観察を行います。腹痛(胆石発作)や発熱(急性胆嚢炎)など有症状の場合は手術(胆のう摘出術)をおすすめします。
2.胆のう結石症に対する手術
手術は腹腔鏡下胆嚢摘出術が標準ですが、以前にお腹の手術を受けたことのある方や、胆のうに強い炎症を起こしたことがある方は従来の開腹で手術をする場合があります。腹腔鏡下胆のう摘出術は腹部に4ヵ所、1cm程度の切開を加え、内視鏡を挿入して行います。当科では腹腔鏡下胆嚢摘出術はクリニカルパスを導入しており、順調に経過すれば術後3日程度で退院となります。
3.偶発胆のうがんについて
頻度は1-5%程度と高くありませんが、胆のう結石症や急性胆のう炎に対して胆のう摘出術を行った後に、病理検査により偶発的に胆のうがんが見つかる場合があります。胆のうがんが偶発的に見つかった場合、その進行度に応じて経過観察を行うか、追加治療を行うか検討を行います。
4.最後に
胆のう結石症、急性胆のう炎に対する治療に対して、2018年に「TG18新基準掲載-急性胆管炎・胆嚢炎診療ガイドライン2018[第3版]」が発刊されました。今回の改訂では手術合併症を減らすための対策の項目が記載され、当科でも「安全に」手術を行うことを第一優先としています。強い炎症を起こしている場合や、総胆管結石を伴っている場合は、消化器内科と密に連携を取って、ガイドラインに準じた上で個々の患者さんに最適な治療を提供できるよう、治療方針や手術のタイミングの検討を行っています。