2025.11.11
前回に引き続き、ラテン語接頭辞 an- に関連して <an-> と <ann-> の綴りで揺れが見られた語について、今回はラテン語接頭辞 an- を語源に持たない語を紹介する。
anneal は古英語から用いられている語で、『英語語源辞典』によると当初は「†火をつける、燃え上がらせる」を意味したが、この語義は1400年頃に廃義となった。その後「†焼く、焼き鍛える」の語義が1384年頃に現れたが、1668年までで廃義となり、現在は「(ガラスなどの)焼きをもどす」(1664年初出)、「(精神を)鍛える」(1695年)の意味で用いられる。中英語期の主な綴字は anelen で、古英語の onǣlan から発達した。onǣlan は ‘on’ を意味する接頭辞 on- と ǣlan「…に火をつける、燃やす」から成り、ǣlan は āl「火」、ゲルマン祖語の *ailam、印欧祖語の *aidh-「燃える」に遡る。したがって、anneal は語源にラテン語接頭辞 an- を含まず、古英語や中英語の主な綴字も <n> は1つであった。『英語語源辞典』によると -nn- の綴りはラテン語の影響で、17世紀初めから見られるという。
annoy は動詞としては1275年頃に初出し、「悩ます」、そして「危害を加える」(1280年頃初出)を意味する。名詞としては1200年以前に初出したとされ、「うるさがらせる[悩ます]こと」、また「悩みの原因」(?1300年以前に初出)を意味する。『英語語源辞典』によると初期の用例では現在よりも強い意味で使われることが多かったようだ。動詞としての annoy は古フランス語の anoier, enoier, enuier から中英語に借用された。古フランス語は後期ラテン語の inodiāre から借用したもので、古典ラテン語で in と odiō (odium「憎悪、敵意」の奪格) を組み合わせた in odiō に遡る。したがって、annoy はラテン語が語源であるものの接頭辞 an- に遡る訳ではない。中英語期から anoie(n) と annoie(n) で <n> の数に揺れがあり、『英語語源辞典』には現用の -nn- の形は announce「告知する」(ラテン語の annuntiāre (< an- + nuntiāre ) に由来) や ennoble「気高くする」((古)フランス語の ennoblir (en- (< ラテン語 in-) + noble) に由来) との類推であるとの注が付されている。
これらの2語は、主に announce などのラテン語接頭辞 an- を語源に持ち、<ann-> と綴られる語からの類推によって、ラテン語接頭辞 an- を語源に持たないにもかかわらず <ann-> の綴字が標準となったものである。なお、OED の語形欄を確認したところ、anneal と annoy については <adn-> で始まる語形はさすがに見られなかった。
関連する綴字の変化として、「34. <c>か<cc>か、それが問題だ!」もご参照いただきたい。
参考文献
「Anneal, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Annoy, V. & N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Anneal, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/anneal_v?tab=forms. Accessed 11 November 2025.
“Annoy, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/annoy_v?tab=forms. Accessed 11 November 2025.
キーワード:[folk etymology] [analogy] [etymological spelling] [ad-] [Germanic] [Indo-European] [Latin] [French]