2025.11.10
『英語語源辞典』における接頭辞 an- (1) はラテン語接頭辞 ad- の d が後続する n に同化(assimilation)したものである。この接頭辞 an- をめぐって、<an-> と <ann-> のように <n> の数に関する異形、そして <adn-> のように <d> の復活に関する異形が見られる語がある。今回はその中で語源にラテン語接頭辞 an- (< ad-) を持つ語を取り上げる。
annex は動詞としては1370年頃に初出し、「(属性・特性などを)付属させる」、「(領土・小国などを)併合する」(?1400年頃初出)、「付け加える」(1509年初出)を意味する。接頭辞 an- とラテン語の nectere「…を結びつける」を組み合わせた annectere「…に結びつける」を語源に持ち、中世ラテン語の annexāre (反復相)から(古)フランス語の annexer を経由して、中英語に借用された。中英語期の語形は『英語語源辞典』では an(n)exe(n) とされており、<n> が1つの綴字と語源通りに <n> が2つの綴字で揺れが見られたことが分かる。さらに、OED によると16世紀には adnex の語形が見られ、ラテン語接頭辞 ad- に由来するものであると説明されている(“Annex, V.”)。ad- で始まる綴字は <an-> から <ann->、そして <adn-> と語源を2段階遡ったものと言えるだろう。
同様に、announce「告知する」(1483年初出)は、an- とラテン語の nuntiāre「知らせる、伝える」を組み合わせた annuntiāre「知らせる」から古フランス語の an(n)oncier を経由して中英語期に借用された。OED によると、借用された後期中英語から <adnounce>, <anounce>, <announce> の3種類の異形が見られた(“Announce, V.”)。また、annul「無効にする」(1385年頃初出)は an- とラテン語の nullum「何も…ない」を組み合わせた後期ラテン語の annullāre または古フランス語の a(d)nuller から借用された。『英語語源辞典』には主な中英語の語形として an(n)ulle(n) が挙げられており、<an-> と <ann-> の両方の語形が用いられていたことが読み取れる。さらに、OED によると中英語期から17世紀まで、借用元の古フランス語でも用いられていた <adn-> の綴字が見られた(“Annul, V.”)。
annihilate は形容詞として1389年に初出し、「絶滅した」、「†無効となった」(1425年以前初出、1553–87までで廃義)を意味する。an- とラテン語の nihil「何も…ない」を組み合わせた、後期ラテン語の annihilāre「無に帰す」の過去分詞 annihilātus から中英語期に annichilat などの語形で借用された。こちらは借用された当初より <ann-> の綴字が用いられているが、OED によると中英語期から17世紀には <adn-> の綴字が見られた(“†Annihilate, Adj.”)。
これらの語は語源である接頭辞 an- を反映して <n> が2重になった <ann-> の語源的綴字が標準となった。一方、an- の語源である ad- を反映させた点で、さらに一歩進んだ語源的綴字と言える <adn-> の綴字も中英語期から17世紀の間に見られたが、これらは標準的な綴字とはならなかった。
参考文献
寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
Oxford English Dictionary Online, www.oed.com. Accessed 10 November 2025.
キーワード:[etymological spelling] [ad-] [assimilation] [Latin] [French]