2025.7.7
advance は1200年以前から用いられている動詞で、語義は現れた順に「推進する」(1200年以前?初出)、「昇進させる」(1300年頃初出)、「前進する」(1338年初出)、「†大言壮語する」(1413年初出、1660年で廃義)、「上にあげる」(1451年頃?初出)、「前払いする」(1679–88年初出)である。動詞から品詞転換した名詞は1303年頃から現れ、「†大言壮語」(1303年頃初出、1447年で廃義)、「†昇進者」(1425年以前?初出、1496年で廃義)、「昇進」(1440年初出)、「進歩」(1668年初出)、「前進」(1674年以前初出)、「接近;(複数形で)求愛」(1678年初出)、「前払い」(1681年初出)の意味を持つ。
動詞 advance の中英語期の語形は avaunce(n) で、古フランス語の avancier、(古)フランス語の avancer から借用された。ここまでを見ると、挿入された <d> はラテン語の語源を参照した語源的綴字によるもののように感じられるかもしれないが、advance の語源であるラテン語には <d> は存在せず、接頭辞 ad- も含まれない。フランス語の avancier、avancer は俗ラテン語の *abantiāre から発達し、さらにラテン語で「前に(in front)」を意味する abante に遡る。abante は分離を表す接頭辞 ab- と「前に(before)」を意味する ante(「午前」を表す a.m. はラテン語の ante meridiem の略である)から成る。『英語語源辞典』には中英語の a- で始まる語形がラテン語の ad- を語源に持つものであると誤解され、16世紀に <d> が挿入されて一般化したと記述されている。ただし、OED によると中フランス語にも <d> が挿入された advancer、advancier の語形があったため、より詳細な調査が必要であるが、フランス語での綴字の変化から影響を受けて、あるいはフランス語での変化を横目に見ながら英語でも <d> が挿入された可能性も考えられる。
advantage は advance と同じくラテン語の abante を語源に持つにもかかわらず、語源にはない <d> が挿入された語である。まず名詞として1300年以前に現れ、「利点」(1300年以前?初出)、「†利息」(1303年頃初出、1665年で廃義)、「優位」(1338年以前初出)、「†有利な機会」(1390年頃初出、1667年で廃義)、「(テニスの)アドバンテージ」(1641年頃初出)の意味を表す。ラテン語の abante から発達したフランス語の avant に、集合・状態・動作などを表す名詞を造る接尾辞 -age を付けた(古)フランス語の avantage から借用され、中英語での語形は avauntage であった。また、動詞としては1459年から「益する」、1586年から「促進する」の意味で用いられている。こちらは名詞の avantage から派生した(古)フランス語の avantag(i)er から借用され、中英語での語形は avauntage(n) であった。『英語語源辞典』によれば <d> の挿入は advance と同じく16世紀から見られる。
advance や advantage に挿入された <d> は、ラテン語の語源に沿っていない綴字の変化ではあるが、ラテン語接頭辞 ad- に遡ると解釈して <d> を挿入した点で、ラテン語を意識した綴字の変化とも考えられ、正しいラテン語を参照した語源的綴字と変化の動機は共通するように思われる。拙論では語源的綴字の下位分類として、address や admonish における <d> のように ad- を語源に持ち、それを参照して変化した綴字を「語源参照綴字 (etymologically referential spellings) 」、advance や advantage における <d> のように ad- を語源に持たないにもかかわらず、語源参照綴字と同じように変化した綴字を「語源連想綴字 (etymologically associative spellings) 」と呼んでいる。
参考文献
「Advance, V. & N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Advantage, N. & V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Advance, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/advance_v?tab=etymology#9837759. Accessed 7 July 2025.
Terasawa, Shiho. “The Development of Etymological Spellings Related to the Latin Prefix Ad-: Analysis of Data from EEBO TCP.” Colloquia, vol. 45, 2024, pp. 69–84.
キーワード:[folk etymology] [etymological spelling] [analogy] [ad-] [Latin] [French]