2025.6.23
address はまず動詞として14世紀に(古)フランス語の adresser から借用された。『英語語源辞典』では adresser は俗ラテン語の *addrictiāre から発達したもので、接頭辞 ad- とラテン語の dīrēctus(「真っ直ぐな」の意味で、direct の語源にもなっている)が組み合わさってできたものと説明されている。かなり似通ってはいるが、OED や『英語語源ハンドブック』によると、フランス語の adresser は ad- と dresser が組み合わさってできたもので、 dresser は俗ラテン語の *directiare、さらにラテン語の dirigere「真っ直ぐにする」の過去分詞 dīrēctus に遡ると説明されている。
いずれの説明にせよ、原義は「まっすぐにする」、「…に向ける」であるため、address の第1義は「(進路を)定める」となっており、第2義「整える」(14世紀に出現、17世紀に廃義)、第3義「身支度をさせる」(14世紀に出現、17世紀に廃義)、第4義「取りかかる」(14世紀に出現)、第5義「手紙を書く」(15世紀に出現)、第6義「(…に)向けて言う、話しかける」(15世紀に出現)、第7義「演説をする」(19世紀に出現) の意味が生まれていった。
名詞としては16世紀から使用が見られ、『英語語源辞典』や『英語語源ハンドブック』によると、動詞からの品詞転換(conversion)とフランス語 adresse からの別途の借用に由来する。名詞についても「(特定の人や方向に)向けること、向けられたもの」という意味が根底にあり、第1義は「丁寧に話しかけること」(16世紀に出現)、第2義は「衣服」(16世紀に出現、17世紀に廃義)、第3義は「手際の良さ」(16世紀に出現)、第4義は「宛名」(18世紀に出現)、第5義は「演説」(18世紀に出現)、第6義は「住所」(19世紀に出現) となっている。
また、冒頭で示した通り address は ad- と dress から成っており、dress は単独でもフランス語から借用されている。『英語語源ハンドブック』によると dress の原義も address と同様に「(言葉や注意などを特定の人や方向に)向ける(こと)」だった。その後意味が狭まり(特殊化)、現在では衣装(「身なり、ドレス、着飾る」)や調理(「下ごしらえ(をする)、和える」)に関する意味で用いられている。
さて、address の語形については、アングロ・フレンチや中フランス語、そして中英語で <d> が1つの綴字と<d>が2つの綴字とで揺れが見られていた。しかし、最終的に英語では address が標準となり、フランス語では adresser が標準となったため、英仏で綴字がちぐはぐになっている。<d> が2つの綴字はラテン語の ad- + dīrēctus の語源を反映した語源的綴字であり、拙論による調査では16世紀前半から、揺れを見せながらも <d> が2つの綴字が優勢になりつつあり、16世紀後半には <d> が2つの綴字が <d> が1つの綴字を置き換えている(pp. 76–78)。address における語源的綴字はラテン語接頭辞 ac- に関する語源的綴字(account など <acc-> で始まる綴字、「34. <c>か<cc>か、それが問題だ!」を参照)と同様に、綴字が変化してもしなくても発音は変わらないと考えられ、doubt のように黙字が発生した語源的綴字よりも存在感は薄いかもしれないが、純粋に綴字(もっと言ってしまえば見栄え)の問題として、語源であるラテン語に綴字を寄せる意図・意志を持って変化したものとも言えるのではないだろうか。
参考文献
「Address, V. & N.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Address, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/address_v?tab=etymology#16073222. Accessed 23 June 2025.
“Dress, V.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/dress_v?tab=etymology#5980831. Accessed 23 June 2025.
唐澤 一友・小塚 良孝・堀田 隆一『英語語源ハンドブック』研究社、2025年。
Terasawa, Shiho. “The Development of Etymological Spellings Related to the Latin Prefix Ad-: Analysis of Data from EEBO TCP.” Colloquia, vol. 45, 2024, pp. 69–84.
キーワード:[etymological spelling] [ad-] [Latin] [French] [conversion]