2025.5.23
「沢山の、豊富な」を意味する形容詞abundantは、「16. abound」で取り上げたaboundの語源であるラテン語のabundāreの現在分詞abundantemを語源に持つ。ラテン語から古フランス語に借用されると(h)abondant、(h)abundantなどの語形(現代のフランス語ではabondant)になり、中英語期にフランス語から借用されると、abundaunt、abound-、hab(o)und-などの語形で書き表された。
フランス語と英語に見られる<h>で始まる語形は、「16. abound」で触れた通り、ラテン語のhabēreと結びつけて考えられたことによるが、上記の通りhabēreとの語源的関係はない。
ラテン語からフランス語を経由して中英語期に借用されたaboundとabundantは、第2音節の母音についてそれぞれ<ou>や<u>などの揺れが生じていたが、現代英語ではaboundは<ou>、abundantは<u>が標準の綴字となっている。また、発音もaboundは二重母音/aʊ/、abundantは短母音/ʌ/となっており、同じ語源であっても綴字と発音は異なっている。この発音の違いについて、Minkovaは古フランス語では1400年頃以降に母音の長さを区別する機能がなかったものの、フランス語から借用された語は、右端の強勢のある母音は長母音(e.g. profound)、語中の母音は短母音(e.g. profundity)として解釈されたことに言及している(p. 218)。したがって、aboundの母音は長母音として扱われ、大母音推移を経て/uː/が/aʊ/の発音に、綴字もフランス語で/uː/に対応した<ou>が用いられたと考えられる(「17. about」も参照)。一方のabundantは形容詞語尾-antがついていることにより、第2音節が語中に位置するため短母音として扱われ、英語での中舌化を経て/ʌ/の発音になったと考えられる(「18. above」も参照)。
もう一点気になるのは、abundantにおいて/ʌ/を表す綴字が<u>になっていることである。「18. above」の記事で、後続する<n>、<u>、<v>、<m>、<w>などのminimとの混同を避けるために、<u>が<o>に置き換えられたことについて触れたが、abundantは<u>の後に<n>が来るにもかかわらず、<u>のままになっている。ラテン語の語源abundantemが<o>への置き換えを押しとどめたのだろうか。更に調査を進めていきたい。
参考文献
「Abundant, Adj.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Abound, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh University Press, 2014.
キーワード:[folk etymology] [etymological spelling] [initial <h>] [French] [Latin] [centralisation] [minim] [shortening (pronunciation)]