2025.5.19
「(…より)上方に」を意味する副詞・前置詞のaboveは、『英語語源辞典』では後期古英語から中英語期に初出した語であるとされている。中英語期のabove(n)は後期古英語のabufan(古英語では母音に挟まれた<f>は有声化して[v]と発音される)から発達したもので、'on'の意味を表す接頭辞a-と古英語のbufanが組み合わさってできており、bufanはbyの古英語期の弱形であるbeと「上の方に」を意味するufanで構成されている。aboveは古英語の初めから存在していたのかと思っていたが、古英語のbufanやufanにaboveが取って代わったと『英語語源辞典』に記されている。
それでは後期古英語のabufanから現代英語のaboveまでの綴字と音の変化を見てみよう。まず、古英語の形では語尾に-nが付いているが、人称代名詞minがmyになったように、-nは脱落することとなった。次に第2音節の母音の発音の変化について。Minkovaによると、古英語で<u>の綴字で表されている母音は長母音で、[uː]と発音されていたが、前置詞で強勢があまり置かれないために短化(shortening)し、中英語期までに[ʊ]となった (p. 219) 。そしてaboveに含まれる[ʊ]は初期近代英語期に中舌化(centralisation)し、[ʌ]となった (p. 245–46) 。同じく中舌化を経た語としては、hunt、love、us、muchなどが挙げられる。
一方、aboveの綴字は<u>から<o>に変化している。発音が[ʊ]から[ʌ]に、綴りが<u>から<o>に変化した語について、Upward and Davidsonは「minim」を避けるために<u>が<o>に交替した可能性を挙げており、come(古英語ではcuman)、love(lufu)、some(sum)、son(sunu)などを例に挙げている(p. 59)。minimとは中世のゴシック書体で用いられた縦棒のことで、<n>、<u>、<v>は縦棒2本で<ıı>、<m>と<w>は縦棒3本で<ııı>のように書かれていた。したがって、これらの文字が連続するとどこで文字が区切られるのか分かりにくくなるため、<u>が<o>に交替されたという説明になる。
確かにaboveをはじめ、上記のcome、love、some、sonは<o>の後に<v>や<m>、<n>などminimを用いる文字が続いているが、同じく発音が[ʊ]から[ʌ]に変化した語の中には、huntのように<u>と<n>が連続しているにもかかわらず<o>には置換されなかった語も見られる。minimを避けるためというのが教科書的な説明ではあるが、それだけでは説明しきれない事例もあり、他の要因についても検討する必要がある(が、今回はここまで)。
参考文献
「Above, Adv. & Prep.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh University Press, 2014.
Upward, Christopher, and George Davidson. The History of English Spelling. Wiley-Blackwell, 2011.
キーワード:[spelling-pronunciation gap] [shortening (pronunciation)] [centralisation] [minim] [loss of final n]