2025.5.17
前置詞・副詞のaboutは古英語から存在するが、元の語形はonbūtanで、on-がa-に弱化したabūtanは1000年頃から用いられた。onbūtanはonとbūtanで構成されるが、būtanはbutの古英語期の語形で、byの古英語期の弱形であるbeとoutの古英語期の形であるūtから派生したūtanから成る。したがって、onbūtanの原義は「~の外側に」で、『英語語源辞典』によると、古英語では本来ymbe、ymbūtanが「まわりに」を意味したが、1200年代にymbe、ymbūtanが消失したことでaboutが「まわりに」の意味を担うようになったという。
古英語のabūtanから分かる通り、第2音節の母音は元は[uː]と発音されていたが、現代英語では[aʊ]と発音されている。これは後期中英語から初期近代英語にあたる1400年から1700年頃にかけて、強勢のある長母音に起こった「大母音推移(Great Vowel Shift)」*と呼ばれる音変化の一部で、mouth、house、outなどに見られるように、高母音[uː]が二重母音[əʊ]に変化したもので、[əʊ]は最終的に[aʊ]となった(Minkova, pp. 256–58)。
ところで、上記の通り古英語での[uː]から現代英語での[aʊ]に発音が変化した訳であるが、現代英語aboutの該当する綴字は<ou>であり、古英語式の<u>でも、現代英語の発音に近い<au>でもない。これは一体なぜなのだろうか。
<ou>の綴字は古フランス語の初期に二重母音/oʊ/を表したことに由来し、12世紀末までにフランス語で/oʊ/が/uː/となり、<ou> = /uː/の対応関係となった。さて、古英語期にはabūtanの通り、/uː/の発音は<u>と綴られていたが、当時(近代英語まで続くが)<u>と<v>の文字は区別して用いられていなかった。Upward and Davidsonによると、二重字<ou>は中英語期にフランスの写字生によって、長母音/uː/を区別して表すために導入されたとのことで(p. 188)、英語本来語で長母音/uː/を持つ語にも<ou>の綴字が適用された。
<u> = /uː/の対応関係だった古英語から、中英語期にフランス式の綴りの影響で<ou> = /uː/となり、大母音推移を経て現代英語の<ou> = /aʊ/の対応関係になったことになる。英語史の中で綴字も発音も変化した結果、現代英語における綴字と発音の不一致が生じた一例である。
*大母音推移による音変化全体については、Keio History of the English Language Forum (khelf) 『英語史新聞』第10号 掲載記事 「ちょっと深掘り!大母音推移〜研究の流れと5つの「謎」〜」などをご参照ください。
参考文献
「About, Prep. & Adv.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
Minkova, Donka. A Historical Phonology of English. Edinburgh University Press, 2014.
Upward, Christopher, and George Davidson. The History of English Spelling. Wiley-Blackwell, 2011.
キーワード:[Great Vowel Shift] [spelling-pronunciation gap] [French] [loss of final n]