2025.5.16
「…に富む」を意味する動詞aboundは中英語期の1325年頃からab(o)unde(n)として用いられ、(古)フランス語のabonderから借用された。フランス語のabonderはラテン語のabundāreから借用されたもの(ラテン語からフランス語へ語が入るときには、一昨日の記事abolishのように、ラテン語から音法則的発達をしたもの、言わば地続きの場合と、今回のように(ある種の外国語として)借用された場合がある)で、分離を表す接頭辞ab-とundāreから成る。undāreは「波」を表すundaから派生したものなので、aboundの「…に富む」の意味は、波が高まることに端を発していることになる。
さて、aboundの綴字上の問題としては2点挙げられる。一つ目は第2音節の母音を表す<ou>の綴字である。語源であるラテン語ではundaが元となっていることからも分かる通り、<u>の綴りで表されている。しかし、フランス語は『英語語源辞典』では<o>として記載されており、OEDでは<abunder>、<abounder>、<abonder>と、ヴァリエーションがあったことが記されている。英語でも中英語期から1500年代まで、<o>、<ow>、<ou>、<u>の4種類の綴りが用いられていたが、OEDによれば1500年代以降に<ou>の綴りに落ち着いたようである。
2つ目は語頭の<h>の有無である。語源記述から分かる通り、ラテン語のabundāreには語頭の<h>は付いていないが、『英語語源辞典』によると、古フランス語後期や14〜16世紀の英語ではラテン語のhabēreと結びつけて<h>を付けた形も用いられていた。このhabēreは「13. ableと-able」で述べたableとhabitの語源である。habitと(h)ableはラテン語の語源に含まれる<h>を反映させた語源的綴字であるのに対し、(h)aboundはラテン語の語源には<h>がないにもかかわらず、民間語源(folk etymology)的に<h>を挿入したことになる。しかし、民間語源については「11. †abhominableとabominable」でも取り上げたが、ab(h)ominableにせよ(h)aboundにせよ、結果的に間違っていたとはいえ何らかのラテン語が語源であると見なし、そのラテン語の綴りに英語の綴りを近づけたという点ではhabitや(h)ableと共通している。これらの綴字から、14世紀から16世紀頃にフランス語や英語が様々な形でラテン語の形態に寄せようとしていたことが垣間見えるのである。
参考文献
「Abound, V.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Abound, V (1).” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/abound_v1?tab=etymology#6922392. Accessed 15 May 2025.
キーワード:[folk etymology] [etymological spelling] [initial <h>] [French] [Latin]