2025.5.9
『英語語源辞典』に一つの見出しとしてたっている†abhominableは1390年頃に初出し、1659年以後に廃語となったものである(†は廃用となっていることを表す)が、abominableと同義とされ、古フランス語でabominableが変形したabhominableから借用されたものであると説明されている。
abominableは「忌まわしい、言語道断な」の意味を表す形容詞で、古フランス語あるいはラテン語のabōminābilisから1303年頃に借用された。abōminābilisは「悪い予兆として非難する」を意味するabōminārīから派生したもので、分離を表す接頭辞ab-とomenとして英語にも入っているōmenから成る。
話を†abhominableに戻すが、『英語語源辞典』によると古フランス語で<h>の文字が挿入された形は、通俗語源でラテン語のab hominē「非人間的」が連想されたことによるという。通俗語源は民間語源(folk etymology)とも呼ばれ、語源学的に正しくはないけれども、同じあるいは類似した音形をもつ2つの形態素の間に意味的結びつきが生じることによって起こる、いわば後付けの語源である(ちなみに堀田隆一氏はこの通俗語源・民間語源を「解釈語源」と呼ぶことを提起している(hellog #5180))。
また、『英語語源辞典』によるとシェイクスピアのFirst Folio版では常に<h>を含む形が用いられており、OEDでも<h>を含む形が英語では17世紀まで一般的だったとされている(OEDではabhominableはabominableの異形として、abominableの項の中で扱われている)。OEDが挙げている<h>を含む形の用例の中から興味深いものとして、シェイクスピアの喜劇Love's Labour's Lost(1598年)から、登場人物の一人で衒学者のHolofernesがdoubtの<b>などの語源的綴字をすべて発音すべきだと主張するくだりの一節を挙げておこう:
Neighbour vocatur nebour; neigh abreuiated ne: this is abhominable, which he would call abbominable. (W. Shakespeare, Love's Labour's Lost v. i. 24)
Holofernesさん、語源的に正しいのは<h>が無い方ですよ~とつっこみたくなるが、果たしてこのツッコミを入れられる観客が16世紀当時どのくらいいたのか、シェイクスピアがabominableの語源を知っていた上でHolofernesにこのセリフを言わせたのであれば中々皮肉が効いているようにも思うが、実際のところどうだったのか、気になるところではある。そもそも『英語語源辞典』やOEDを見ることができる現代人(で語源に関心のある者)にとっては<h>のない綴字が「正しい」語源に沿った綴字であるが、16世紀当時の人々、一般大衆にとっての「正しい」語源、綴字が現代人と同じであったとは限らない。少なくとも、観客が<h>を入れたabhominableになじみがあってこそ成り立つセリフではあるだろう。
ただし、一説にはHolofernesのモデルとも言われる16世紀の綴字論者の一人、Richard MulcasterはThe First Part of the Elementarie (1582)の中の語彙リスト"generall table"において、次のように記している。
Abominable. Of omen without h. (R. Mulcaster, 1st Part of Elementarie xxv. 170)
Holofernesとは異なり、abominableの語源の一部にomenが含まれていること、したがって<h>を入れる必要がないことをMulcasterは理解していたようである。OEDによれば、Mulcasterが提唱したように、17世紀になると<h>を持つ綴字は正音学者によって批判され、abhominableは廃用となった。
語源学的には正しくないけれども、ラテン語かぶれであることは間違いないabhominableの<h>は、ちょっと忌々しいが味わい深い綴字だ。
参考文献
「†Abhominable, Adj.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
「Abominable, Adj.」寺澤芳雄(編集主幹)『英語語源辞典』研究社、1997年。
“Abominable, Adj., N., & Adv.” Oxford English Dictionary Online, www.oed.com/dictionary/abominable_adj?tab=etymology&tl=true#7623505. Accessed 8 May 2025.
hellog~英語史ブログ「#5180. 「学者語源」と「民間語源」あらため「探究語源」と「解釈語源」 --- プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) の最新回より」user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2023-07-03-1.html.
キーワード:[folk etymology] [etymological spelling] [French] [Latin]