物質安定性の高いプロトン-酸化物イオン混合イオン導電体 の開発
物質安定性の高いプロトン-酸化物イオン混合イオン導電体 の開発
CaTiO3のTiの一部にSc置換したCaTi1-xScxO3-α(x=0.05, 0.1)は高いイオン導電率を有することが見出され、酸素濃淡電池で起電力が生じたことから、その導電種は酸素イオンと考えられてきました。また、JAXAのイノベーションプロジェクトでは、x = 0.07のものが、比較的低温まで高いイオン導電率を有することが分かりました。これらの CaTi1-xScxO3-αの不思議なところは、単位格子が直方晶(格子の縦・横・高さの長さが全て異なる最も歪んだ結晶構造)であり、導入した酸素空孔が少なくても高いイオン導電率を示すことにありました。そこで、精緻な組成分析をするとともに、産総研が高温・雰囲気制御下での結晶構造解析を実施したところ、従来の固相反応法では、Caが5 %程度欠損しており、それに伴う ①イオン導電に寄与する酸素空孔の増大、②酸素イオンの異方性のある3次元的なジグザグ導電性への影響 が高いイオン導電率に寄与することが分かりました。そこで、1.5%程度のCa欠損に抑えた組成のCa0.985Ti0.93Sc0.07O3-αの導電特性を調べたところ、乾燥雰囲気と比較し、加湿雰囲気では導電率向上が見られました。重水(D2O)加湿による導電率低下も確認されたことから、加湿による導電率向上は、水和によって生じた固体内のプロトン導電に由来することが確認されました。また、酸化物イオン導電率も比較的高いことから、Ca0.985Ti0.93Sc0.07O3-αは、プロトンと酸化物イオンが同時に伝導する混合イオン導電体であることが分かりました。
CayTi0.93Sc0.07O3-α (y = 0.947, 0.985)のイオン導電率の温度依存性(左図)とプロトンー酸素イオン混合イオン導電体の導電の概念図(右図)。Ca0.947Ti0.93Sc0.07O3-αは、加湿の有無による導電率の変化はほぼありませんが、今回発見したCa0.985Ti0.93Sc0.07O3-αでは、加湿に伴う導電率の向上が見られ、プロトン導電性が確認できます。
CayTi0.93Sc0.07O3-α (y = 0.947, 0.985)を電解質とした燃料電池の発電の様子。従来組成であるCa0.947Ti0.93Sc0.07O3-αは、酸化物イオン導電体でしたが、今回発見したCa0.985Ti0.93Sc0.07O3-αでは、プロトンと酸化物イオンの混合イオン導電性を有しています。
さらに、CO2耐性を確認するため、33% CO2 / N2雰囲気での高温X線回折測定を行いましたが、結晶相の変化はなく、母材であるCaTiO3とCO2との反応性の熱力学計算結果を比較すると、従来のプロトン導電体の母材であるセリウム酸バリウム(BaCeO3)やジルコン酸バリウム(BaZrO3)と比較しても、作動温度領域(300- 800 oC)で安定であることが分かりました。また、結晶格子の加湿雰囲気依存性を検討したところ、報告されている主要なプロトン導電体は、水和に伴い化学膨張し、それが実用化への大きな課題でしたが、Ca0.985Ti0.93Sc0.07O3-αでは、それが殆ど観測されませんでした。
プロトン導電性を示す材料の母材のCO2に対する反応における熱力学計算(左図)。実用化が検討されているBaZrO3でも600 ℃以下では、不安定ですが、CaTiO3はほぼ全温度領域でCO2耐性を有しています。Ca0.985Ti0.93Sc0.07O3-αの水和に伴う化学膨張の温度依存性(右図)。H2Oの溶解により、従来のプロトン導電体は、化学膨張が観測されますが、(例:BaCe0.7Zr0.1Y0.1Yb0.1O3-α) Ca0.985Ti0.93Sc0.07O3-αでは、水和によるプロトン導電性が発現するにも関わらず、水和後も殆ど膨張していません。
欧州連合(EU)の研究開発プロジェクトeCOCO2では、H2OとCO2を原料として、再生利用可能エネルギー由来の電力による直接燃料合成のため、プロトンと酸化物イオンの両方が導電する混合イオン導電体の使用が検討されていますが、この使用状況でのCO2に耐えられ、水和膨張しない混合イオン導電体はありませんでした。このような燃料合成が実現できれば、一段で熱の無駄なく燃料合成が可能になります。
H2OとCO2と電力から一段で燃料合成するシステム