研究内容

興味

私の興味としては,"生きた"構造体とは如何にして作り上げられたのかと言う点にあります.

生きた構造体というと,生命すなわち動物や植物などが頭に浮かびますが,ここでは他にも国家・社会などさまざまな概念を包含したものを想定しています.これらの系に共通している特徴として,個々の単位ではバラバラで任意に動いているのに,その集団という一つ上の階層を見てみると個々の単位の意図とは異なった秩序だった構造体が存在している点があります.私は,このような構造体形成の様子・仕組みそしてそれらの共通的な有様に興味があります.

このような現象を,特に物理学の対象として考える上で,一つのカギとなるのが統計力学と熱力学です.統計力学は,個々の単位の個性を単純化・理想化することで集団の特性を予測することに成功した分野と言えます.ここでみそとなったのは,集団を構成する単位が途方もなく多いという点に着目したことです.一方,熱力学はマクロな観測量をそのスタートポイントに置き,内部の詳細を敢えて無視をすることとで,有効な予測を立てることに成功した分野と言えます.

これらの分野の最も強くかつ有効であった仮定は,系が熱的な平衡状態にあるとの仮定でした.しかしながら,生きた構造体を構成する単位は多くがエネルギーの注入を受け,熱的な平衡状態にはありません.また,多くの場合において構成粒子系の移動もとなっています.このような対象系を,物理学では非平衡開放系と呼びます.

つまり,このような非平衡開放系においては熱平衡の概念は空間的・時間的に局所的にしか用いることはできません.その一方で,非平衡開放系においては,平衡系からは想像もつかない多彩な現象が生じえます.私はこの非平衡開放系の物理学を実験・理論の双方の手法を用いることで,究極的には生命現象の物理的側面を切り出すことを目標としています.

研究

非平衡ソフトマター系

生物は化学エネルギーを熱に変換することなく効率よく運動エネルギーに変換しています.生物のエネルギー変換は,いくつもの仕組みが存在しています.一つはタンパク質からなる分子モーターがATPを消費してレールとなるたんぱく質のフィラメント上を滑る運動を引き起こすという仕組みです.またもう一つ特徴的な仕組みとして,たんぱく質フィラメントの重合(つなぎ合わせること)と脱重合(バラバラにすること)を秩序立って行うことで運動を引き起こす仕組みも存在しています.これらのように生体の運動機構は様々ですが,ミクロな化学エネルギーをマクロな力学エネルギーへと変換している点では共通です.私はこれらの生体の運動機構を直接扱うのではなく,物理化学系で扱いやすい対象物を作成することを目指し,非線形非平衡条件下のソフトマター系での自発運動を研究しています.

以上のような生命現象との関連に加え,非平衡ソフトマター系は実は我々の日常でありふれた存在です.柔らかなもの,例えば歯磨きペーストや絵の具,化粧品もソフトマターであり,それらに力を加え変形・流動させれば非平衡なソフトマターと言えます.このような製品を使用・設計する上で,これまでは過去の経験の積み上げや官能テストなどの帰納的な手法が現在でも用いられています.ここで物理的な知見から非平衡ソフトマターを理解することは,製品設計の手間を省く上でも工学的に重要と言えます.

*界面張力の空間的変化による自発運動

2相の界面上にある分子が吸着すると界面張力は一般に低下します.中でも界面に強く吸着する傾向を持つ分子のことを両親媒性分子と呼びます.このように書くと難しい分子を想像するかもしれませんが私たちが日常用いる石鹸はこの両親媒性分子の代表例であり,この両親媒性分子は水(極性分子)・油または空気(無極性分子)のどちらとも仲良くなれる構造を持つことで,その両相の中間すなわち界面に吸着する特徴を持ちます.このため多くの両親媒性分子は界面活性剤とも呼ばれています.

このような両親媒性分子の濃度の空間的な不均一が存在する系を考えましょう.もしも不均一の生じている界面が流体的であれば,その不均一を緩和させる界面の接線方向に応力が生じバルク中に流れが生みだされます.この現象のことを溶質マランゴニ効果と呼びます.

一方,固体基板上で界面張力の不均一が生じる場合は固体の性質上,バルク中の流れを生み出すことができません.しかしながら基板上に第三の相を導入することで運動を生み出すことができます.具体的には,液滴を基板上に置くことで,液滴の前後で界面張力の差を利用し,運動が生じるのです.

溶質マランゴニ効果による液滴の運動

アルコール分子は界面活性を有するため,水ーアルコールの共存系ではマランゴニ効果のため界面の自発的な運動が見られます.このような系で,空間的に特徴的な波数の不安定化が生じ,液滴の運動様相がサイズにより制御できることがわかりました.

また,液滴内部で界面活性剤が自発的に崩壊するような系などを考え,液滴の内部・外部での界面を通した界面活性剤の移動が存在する場合,その移動が十分に強いと液滴の対称性が自発的に破れ運動を示すことが分かります.つまり,液滴は他の流体内部を平泳ぎするような状態になります.このような液滴の運動様相は,低レイノルズ数を仮定しペクレ数に関して低次の項を拾い出すことで理解することが可能であることが分かりました.

界面張力の差による運動

陽イオン性の界面活性剤を含む水相中にガラス基板を沈め,そのガラス基板上にヨウ素を含む油滴を落とすとその油滴が自発的に動き回ります.この液滴の運動はエネルギー注入を受けつつノイズのかかった系として,能動的ブラウン運動を示す粒子としてとらえることが可能です.このため,様々な形状の基板を導入することで運動様相を制御することが可能となります.これらの学問的面白さに加え,多彩な自発運動の様子は見ているだけで興味深いです.油滴は宙返りもするし階段だって登ってしまいます.

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*界面近傍での会合体生成が生み出す運動

先述のように,両親媒性分子は極性分子と無極性分子の双方と親和性の良い部分(極性部・無極性部)を持つ分子です.このような両親媒性分子が多数,極性あるいは無極性溶媒に含まれる場合を考えてみましょう. ここでは極性溶媒中に両親媒性分子が多数含まれる場合を考えます.両親媒性分子の無極性部は極性溶媒と馴染みが悪いため,いくつかの両親媒性分子が寄り集まり,無極性部を寄せ合うことで無極性部を隠します.このような構造体を会合体と呼びます.会合体はμmスケールで構造をもつことから,弾性等を有します.

弾性を有する会合体が,界面近傍で特異的に生じる系を作成すると界面が自発的に変形します.これは会合体生成・破壊と変形による応力が直接結合することで生じる現象です.

この運動は,弾性を持つ会合体を生成・破壊しながら生じています.これは,生体の運動機構であるアクチンゲルの生成・崩壊と類似しており,生体の運動様相と関連があると考えています.

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*粘弾性体の動的濡れ挙動

液体が固体を濡らす,日常ではありふれた光景ですが,その物理学的な理解は最近になって活発に研究されています.なぜ現在までこのようなありふれた現象が手つかずであったのかは不思議に思えるかもしれません.これは液体の運動を考える上で,接触線つまり液滴を固体の上においたときの縁の部分の扱いが難しく重要であることに起因しています.たとえば液滴が固体の上を滑るとき,その摩擦力は主にこの接触線から生じています.それでも現在では,理想的な単純粘性の液体に関しては多くの知見が得られています.しかしながら液体と固体の中間である物質,粘弾性体に関してはまだまだ多くのことが分かっていません.しかしながら,インク・化粧品など応用上重要な対象は多くの場合粘弾性体です.私はこのような粘弾性体の動的な濡れ挙動を出来るだけ単純な系で再現し,その物理学的な理解を目指しています.

自発駆動粒子の集団系

自発的に運動する集団を考えることは,平衡統計力学の拡張という意味から興味深い問題となります.アリの行列,鳥の群れ,魚の群れなどそれぞれの運動体が見れるスケールよりも大きなスケールの集団運動が生じることは,私達も経験しています.また,日常においては高速道路にある程度以上の自動車密度が存在すると,特に事故等が起きていなくても,自然発生的に渋滞が生じます.これもある種の集団運動と考えることができます.これらのような集団運動で特筆すべき点としては,膨大な量の動きまわる粒子が,局所的な相互作用のルールに基づいて系全体に渡る秩序を生み出す点です.このような集団運動は,個々の粒子にエネルギーが注入され,集団化を通してマクロな秩序を生み出しているのです.

私は現在,非常に単純な自発駆動粒子集団系のパターン形成に関して研究を行っています.

このような研究の事例として,分子モータにより駆動される微小管の集団運動に関して研究も行いました.この系では幅nmスケール,長さμmスケールの微小管が集合することで,400 μmに至る巨大渦,さらにはそれがmmスケールに渡って整列化することが見出されていました.この問題に関して,Vicsekモデルを拡張した単純なモデルを作成し,滑らかにうねる運動をする孤立微小管の振る舞いと,衝突による局所的な相互作用のみから再現出来ることを明らかにしました.

発表は研究室のサイトをご確認ください