或る夜の竹罪伝 ~The Second~(Page 1)
華は散り、種が残る。これは自然の理である。
人も同じく死を迎え、新たな世代へと受け継がれる。
しかし、人と植物の違いは考え、行動できることである。
先にも述べたように竹は真実を目撃しようとも
その真実を他者へ伝えることができない。
我々は竹ではない。だから、行動を起こした。
そのことによって私が死にゆこうとも
次の世代が必ずこの願いを成就することを願う。
事実は変えられても真実を変えることはできない。
わが子孫、わが同志たちよ。
どうか、この事を深く心に留めておいてほしい。
香取川家蔵書
魅能神社抄本 祭祀詳細より
これまでのあらすじ
平凡な会社員香取川司(かとがわつかさ)は会社帰りの夜、バスが来ないことに困っていた。いつもなら余裕で間に合うバスが何故か来ない。家まではとても遠く、夜道は暗黒。途方に暮れていた司を助けたのは司と同じ境遇とみられる者が乗り合う車だった。司は遠慮しがちに乗ると、ワイワイと会話を弾ませながら帰路につく。奇妙な光景ではあったが、無事に司はその日中に家へと帰りつくことができた。
次の日、休日だった司はゆっくりと家でくつろぐはずだった。しかし、新聞で昨日乗ったとみられる車が事故で炎上、死者を出したとの記事を見つける。司は心配になり、車中で知り合った宮部瑞菜(みやべみずな)と連絡を取る。幸いにも瑞菜は無事で、二人は状況を把握し、死者へ花を供えるために竹林地区の魅能神社で待ち合わせることにした。到着後、魅能神社の関係者、外宮樹生(そとみやきしょう)を道案内役に二人は事件現場へと向かった。
事件現場では実況見分が行われていた。そして事件の重要参考人として司と瑞菜は事情を聞かれることになる。
(L-Factory 50号収録 或る夜の竹罪伝より)
第一幕 或る日は聴取中
「もういいかい、君たち? それなら車の中に入ってくれ。中に資料とがあるもんでな。」
晴山警部はパトカーの後部座席の扉を開け、俺たちを誘導した。
「あの、樹生さん。外は暑いですから日射病には気を付けてくださいね。」
瑞菜ちゃんは外で待たされる羽目になった外宮さんを気遣っている。外宮さんは花を供えたところで軽く手を合わせ、立ち上がった。
「大丈夫。意外と待たされることには慣れていますから。さ、私には構わずに。」
外宮さんはそう言うと事件現場の端っこにできたより涼しげな空間へと移動した。俺たちもその後、クーラーの利いた車内へと入った。
「さて、とりあえず名前と職業を聞かせてもらおうか。あ、私はさっき名乗ったと思うが、月市警察署警部の晴山幸成(はるやまゆきなり)だ。」
晴山警部はもう一度、自分の名前を名乗った。俺たちも次々に名乗っていく。
「俺の名前は香取川司です。崖が丘地区に住んでます。職業は広告代理店の社員です。」
「宮部瑞菜、小学四年生です。竹林地区の魅能神社にお世話になっています。」
晴山警部は俺たちの回答を聞くと、脇にあるノートにさっとメモをとった。そして、ノートとにらめっこしてから質問した。
「香取川と宮部ねぇ。……じゃあ、まず最初の質問。なぜ、昨日この車に乗っていたんだ? 今回の被害者の知り合いだったとかかい?」
「いえ、俺は昨日簗場駅でバスを待っていたんですが、バスが何故か来なくて、ちょうど月市のほうに行くこの車にあって運転手の人に『乗らないか?』と言われて、それで乗ったんです。」
俺の回答を書くのをやめない右手とは独立した晴山警部の口は同様の質問を瑞菜ちゃんにぶつけた。
「君は?」
「はい、私も大体同じです。魅能神社に行く予定だったのですがバスが来なくて、それでもうすっかり夜になってしまっていたので一人で歩いて行くのはちょっと心細いと思っていたのですけど、そこにちょうど白いワゴンが現れて、乗せてくれたんです。」
ノートにどんどん文字が書かれていく。聴取が書き終えるまで沈黙が続く。なんだか、警官とこうやって話をすることが初めてだった俺はかなり緊張していた。無論、瑞菜ちゃんもだろう。
「……まぁ、いいか。それで、今回の被害者との関係はないということでいいのかな?」
俺も瑞菜ちゃんも頷いた。そんなに顔がきく訳じゃないから、当然面識もない。
「なるほどね。それじゃあ本当は秘密なんだが、被害者について説明しておかないとな。」
晴山警部はシートの下から大きなスクラップブックを取り出し、中身を確認する。そしてページをめくり、俺たちに見せてくれた。そこには夜舞さんの写真とともに何枚かの記事が貼ってあった。
「今回の被害者その一、月市在住の葉摘夜舞(はつみよまい)。この記事は少し古いが、彼女が寄稿した週刊誌のものだ。彼女は『LSコーポレーション』という地元密着型の新聞会社を経営していた。こっちが本業の『月市月報』だ。」
晴山警部は記事の横にはってある新聞が縮小された記事を指さした。俺が知らない新聞だった。
「意外と有名だから顔だけでも知っていると思ったけどな。……まぁ、いいや。今回の被害者その二は一部テレビで報道されている運転手の旅籠薫(はたごかおる)。こいつも月市在住だが、本来の職業はタクシーの運転手だ。まだ捜査中だから、これ以上のことは不明だ。」
晴山警部はページをめくり、本人だと分かる写真のついた免許証の写しを見せた。確かに昨日車を運転していた旅籠さんだ。
「今回の被害者その三は検見拓郎(けんみたくろう)、首都在住のフリージャーナリストだ。今回の被害者の中で唯一他の被害者と関係性がある人物だ。葉摘夜舞に会うという約束をしていたことが自宅の奥さんへの聴取で分かっている。まぁ、社会人なら雑誌の一つや二つ買っているから名前くらいは知っていそうだけどなぁ。どうだい、香取川さん。」
「……俺、知ってますよ。確か、週刊誌で活躍する若手実力派と言われている人ですよね? 何度かその人の記事は読んだことがあります。」
晴山警部はさっとノートに書き込むと話を続けた。
「それじゃあ、最後の被害者についてなんだが、現在身元確認中だ。特に遺体の損傷が激しくて性別もはっきりしない。どっちか、覚えてないか?」
乗っていた人を引き算していけば答えは限られる。そう、あの寝ていたおばあちゃんだ。
「私たち、後ろの席に座っていたんですが、その一番左端に座っていたおばあちゃんがいました。名前まではわからないですけど……」
晴山警部の右手が速度を上げてノートに文字を綴っていた。しかし、文字としての形状は保っており、ある意味驚嘆に値するものだった。
「貴重な情報をどうもありがとう。……さて、以上四名が今回の被害者だが、君たちを含め六名は車に乗っていたことになる。それで次の質問だが、今挙げた人と、君たちのほかにこの車に乗っていたかい?」
俺と瑞菜ちゃんはお互いの顔を見た。俺の記憶では確かその六人だったはずだ。
「確か、六人だったはずだよな。瑞菜ちゃん?」
「はい、確かに六人だったと思います。司さんが最後に乗って、それで石が全部埋まったので出発したんです。」
晴山警部は資料と思わしき青いファイルをダッシュボードの下から取り出した。ぺらぺらとめくりながら、晴山警部はこう答えた。
「確かに事件の車は六人乗りだな。今までの話を聞くと、白タクみたいな感じにして乗り合いをしていたということか。」
「まぁ、お金は払ってませんけど。」
白タクという言葉を知らないと思われる瑞菜ちゃんはきょとんとして俺たちの話を聞いていた。それに気がついた晴山警部は瑞菜ちゃんに解説をした。
「お譲ちゃん、白タクってのは自前の車で運賃貰ってタクシーをやるってことで、法律で禁止されているんだ。まぁ、金を取ってないってことは営業じゃないから違法じゃないさ。それに被害者の旅籠さんは現役のタクシー運転手みたいだから、そんなことはないだろうよ。」
「そういうことなのですか。勉強になります。ありがとうございます。」
瑞菜ちゃんは晴山警部に向かって軽く笑顔でお辞儀をする。
「それで、話を元に戻そう。大変残念だが、君たちを含め、六人しかいないとなれば普通に考えれば、犯人について考えてみると君たち二人のどちらか、ということになるな。」
さっき笑顔でいた瑞菜ちゃんの表情が曇る。当然だ。俺の顔だってどうなっていることやら。
「……まぁ、状況判断という点ではだ。状況判断だけで片付けられない事件なんていくらでもあるし、ましてや君みたいな小さい女の子が事件を起こすなんて考えられないしね。大丈夫、今ここで逮捕みたいなことはしないから。」
「そ、それで私たちは一体どうしたらよろしいのでしょうか?」
瑞菜ちゃんはさっきまでの緊張以上に緊張、というよりも怖がっているようだ。今にも泣きそうだ。
「どうしたらって言われてもねえ。あ、そうだ。ひとつ聞いてもいいかい? 香取川さんと宮部さん、どちらが先に車を降りた?」
「それは、香取川さんです。崖が丘ってところで降りられました。」
ノートに書き込む音だけが聞こえる空間。あんまり居心地は良くない。
「それで君は魅能神社だから、このちょっと前か。……でも最初から気になってはいたことなんだが、この道は近隣住民しか使わない生活道路だ。タクシーの運転手がいるとはいえ、わざわざこの道を通る意味があんまりないんだよな。月市に行くなら魅能神社の脇の幹線道路を通ればずっと早いはずなのだがね。」
晴山警部は今までの調書を見て、そう言った。俺は竹林地区のことに詳しくないので、なんとも言えないが、たぶんこの道は月市に行くにしては遠回りな道なのだろう。
「……じゃあ、次の質問は香取川さんに対してだが、崖が丘で香取川家の出って言うなら葉摘家のこと、知っているんじゃないのか? 香取川神社、俺も初詣には行ってるぜ。」
俺に対しての質問は、「家」のことに関するものだった。おれももう子供じゃないから多少は知っているが、多少というくらいしか知らない。
「葉摘家って、香取川家、榊家と並んで崖が丘に昔から住んでいる名族ですよね? 最近は全然聞かなくなりましたけど、その位なら知っています。」
晴山警部はペンをポケットにしまい、そして後ろを向いた。ノートに取るべきことではないらしい。
「まぁ、葉摘家はいろいろあって大変だったからな。地元住民なのに、その位しか知らないのか。……まぁ若そうだし、そこまで興味はないか。」
なにかあったような口ぶりだが、晴山警部はそれ以上は話さなかった。
「ま、こんなもんだな。ご協力ありがとう。今回の調書は事件解決に役立てさせてもらうよ。大丈夫、君たちが犯人だなんてさっきは言ったけど、そんなことはないと私は思っている。安心してくれ。」
晴山警部はドアを開け、外に出ると、俺たちの座っていた後部座席のドアを外から開けた。
「これでおしまいだ。また何か思い出したことがあったら月市警察署に電話して晴山警部につないでと言ってくれ。」
俺たちはパトカーから降り、そして晴山警部に一礼してから現場を去った。来た時も晴れやかな気分とは言えなかったが、晴山警部に言われた「犯人」という言葉がおれの心には残っていた。