紅花ルートフェリクスの話です。
シルヴァンの一人語り、ヒューベルトとリンハルトの会話、メルセデスとイエリッツァの会話、フェリクスの一人語りで四章分、時系列はバラバラです。
基本的に紅花ルートですが、タグに入ってる人たちの他ルートでの支援会話ネタも少しあります。
CP要素はありません。
紅花フェリクスの名簿を見て、何を考えて5年間帝国将をしてたのかが気になりました。
フラルダリウス家の嫡子が帝国将として戦場に立っているという醜聞は王国にも届いていた。
王国を侵攻する軍勢は軍務卿を担うベルグリーズ伯が中心となって率いており、前線に噂の嫡子本人が出てくることはなかったし、当然フラルダリウス家の当主であるロドリグの耳には入らないように皆気を遣ってはいたが、人の口に戸は立てられないものである。
元々朗らかに笑い、冗談も飛ばすことの多かった御仁であるのに、近頃は眉間に皺を寄せて物思いに耽っている姿を見ない日はない。
シルヴァンはフウとため息をついた。
アドラステア帝国がセイロス聖教会に対して宣戦布告し、ガルグ=マクへ侵攻してから1年が経つ。
あの日、フェリクスは帝国軍として学び舎に剣を向けていた。
シルヴァンと共に青獅子の学級にいた頃のフェリクスは、幼馴染のイングリットを初めとしたディミトリに忠誠を誓い騎士を目指す生徒たちと距離を置き、訓練所に篭って剣を振るってばかりいた。
といっても、とくに学級の面々と折り合いが悪かったわけではなく、その「騎士道」というものと相容れないという様子であったのだが、ある日突然黒鷲の学級に移るのだと聞いたときには驚いた。
聞けば、黒鷲の学級を受け持った元傭兵の新任教師に剣の指導を受けるのだという話で、あの剣術狂いのことならそれも納得できたが、なぜか胸騒ぎがしたのを覚えている。
何か、決定的な何かがあの時変わってしまったのではないかと、今でも思うことがある。
それからしばらくしてのち、メルセデスも黒鷲の学級へと移っていった。
聖墓で課題を行っていたらしい黒鷲の学級の生徒と、その担任がガルグ=マクから姿を消したのはそのすぐあとのことだった。
聖墓で何があったのかは分からないが、確かなのは、あの学校中を騒がせた炎帝の正体がエーデルガルトであったことと、フェリクスはそれから二度と王国へ戻ってくることはなかったということだ。
分からないことだらけだ。
なぜエーデルガルトはあのような一連の事件を起こしていたのか、あの教師は自分の父親の仇であるはずの帝国軍に味方したのか、フェリクスはなぜそんな彼らと共に歩むことを決めたのか。
「一体どうしてるのかねえ」
シルヴァンには、黒鷲の学級でフェリクスがどのような経験をし、どのように過ごしてきたかなど知る由もなかった。
当然、帝国軍でのフェリクスの現状など、分かるはずもない。
今日挨拶を交わした相手が明日死ぬことになってもおかしくない毎日だ。
今はどんな噂であっても「生きている」という希望が持てるのなら、それで構わないと思う。
ただいつか、戦場で出会った時の覚悟はしておこう。
「全く、我が主にも困ったものですな」
リンハルトは面倒くさそうに顔を上げる。
エーデルガルトの元から戻って来たヒューベルトは、呆れ半分、感心半分といった様子である。
また面倒なことをさせられそうだな、と思いつつも、仕方がないのでリンハルトは声をかける。
「フェリクスのこと? ヒューベルトも分かってるんでしょ。彼は裏切るような人じゃないし、何より僕たちと一緒に先生に学んできた仲間だよ」
「ええ、勿論私も同意見ですとも。しかし念には念を、という言葉もあります。彼には相応の待遇というものが必要だと申し上げたまでですよ」
「相応の待遇、ねえ……」
再び机に目を落とす。その視線の先にあるのが本の海、さらに言えば紋章の本であればまだ良いが、残念なが机上に広がっているのは軍の陣形を示す書き込みがされたフォドラ各地の地図ばかりだ。
戦いや物騒なことを考えるのは好ましくないが、帝国将となる立場上、研究に精を出したり、惰眠を貪ったりしているばかりでは済まされないのが現実である。
この上目の前の物騒な従者の物騒な考えごとに付き合わされるのは御免だった。
そんなリンハルトの心中を察してはいるのだろうが、ヒューベルトはお構いなしに話を続ける。
「彼は『ファーガスの盾』とも謳われるフラルダリウス家の嫡子です。たとえ彼自身が断言しようと、いざ祖国、ひいては王に刃を向けなければならないという場面が訪れたとき、果たして彼が迷いを断ち切れるかどうかは疑わしい。ですから私は彼を帝国将という立場に置くことには反対なのですよ」
代々皇家に仕えてきた家系の出らしい言葉だが、刃を向ける存在に「父」を出さないのはわざとだろうか。ヒューベルトらしい、とリンハルトは思う。
帝国貴族の嫡子ではあるが実家にも父にもあまり思い入れがないリンハルトにとって、家と自分の立場だとか、国で担うべき責務だとか、そういう面倒事によって自分の人生や決定が左右されてしまうという現象は理解しがたいものだ。
あるいは情というひどく曖昧な行動指針よりも。
だからこそ、ヒューベルトはリンハルトを話相手に選んだのだろう。
それでも「会話」がそもそも億劫なリンハルトにとっては人選ミスだとしか思えなかったが。
「だから捕虜にでもしろって? そんなこと、皇帝はもちろん誰も賛成しないと思うけどね」
「そこまでは言っておりませんが。まあ、いずれは人質として利用しても良いかもしれませんな」
元々眠たげな目をさらに細める。
ヒューベルトは合理的な男だ。自分の感情を切り離し、皇帝にとっての利を追求した判断を下すことができる。
それは時に主であるエーデルガルトの命令に背くことであってもそうなのだから、仲間であるというくらいでは彼自身の感情が差し込む隙などないのだろう。
ただし、冷徹ではあるが冷血ではない。だからこんなに、彼にしては回りくどい物言いをするのだ。
「ようするに、僕にフェリクスを監視しろって言いたいんでしょ。最初からはっきり言ってよね」
「私から貴殿にそのような命令を下したなどという事実が存在しては困るのですよ。貴殿には、王国から単身帝国軍で指揮を執るフェリクス殿を気に留めておいて欲しい。それだけです」
エーデルガルトはフェリクスを信頼し、将を任せようとしている。フェリクスに戦いの才があり、それは紋章の力を差し引いても彼自身が高い実力を持っていることは紛れもない事実であるため、ヒューベルトもそのこと自体に異論はない。むしろ帝国にこれから待ち受けている戦いのことを考えれば、将として兵を率いてもらうことで得られる利は大きいだろう。とくに、エーデルガルトが心の支えともし、これまで自分たちを率いてきた教師が不在であるという現状をも鑑みれば。
しかしフラルダリウス家の嫡子という出自は厄介である。いくらフェリクス本人が縁を切ったつもりでも、人の心を確定事項として計算に入れることはできない。それに万が一、将として機密を与えたのちに寝返られでもすれば、帝国にとってどれほどの損害となるか計り知れない。
扱い方次第で王国の首を落とす斧にも、帝国の胸を貫く槍にもなる可能性がある。それがフェリクス=ユーゴ=フラルダリウスという人間だ。
そこでひとまずエーデルガルトの決定に従い、フェリクスを将として扱いながらも、気付かれないように監視をつける。そうすることで、軛をかけておこうというつもりなのだろう。
士官学校の同級生であり、同じ将であるリンハルトなら、監視としてつけておいてもそれとは気付かれないだろうという心積りなのだ。
リンハルトにとっては、面倒なことこの上ない。
「はいはい。僕はフラルダリウスの大紋章を持つフェリクスに、持ち前の紋章学への好奇心を募らせる。これでいいんでしょ。……まったく、僕に間諜まがいのことをさせようとするのはきっと君だけだろうね」
「私は貴殿の優秀さを評価しているのですよ」
「それで、もしフェリクスが信頼を裏切るようなことがあったらどうするつもり? 僕、殺しは嫌だなあ」
「おやおや。帝国の将ともなるべき御方が何を言いますか。……そうですな、その時は面倒事を聞いていただいた礼に、私が対処するとしましょう」
「君が言うと真実味が増すね。彼が僕たちの仲間であることを……願うとするよ」
疲れそうだ、とリンハルトは思う。
それはこれから自分が背負い込むことになるであろう様々な面倒事ももちろんそうだが、ヒューベルトに対してだ。
常に主のことを考え、主の利のために主すら欺き、そして仲間だろうと最大限に利用しようとする。リンハルトにはとてもできそうにない生き方だ。
自分もまたヒューベルトに利用されているのだな、と思うが、わざわざ反抗する理由もないし、何よりそんなことをして疲れるよりは、おとなしく言われたとおりにしておく方が何倍も楽だ。
面倒な話をされて、面倒事を押し付けられて、話し疲れた。
リンハルトは頬杖をつき、ふあ、と大きなあくびを一つした。
剣のぶつかり合う音が響く。
キン、キンと鉄の擦れる音は、刃は潰してあるものの、やはり血の流れる戦いを予感させる。
それはとても悲しくて辛いことだ、と思いつつ、この子たちはそうすることでしか自分の居場所を見つけられないのだ、ともメルセデスは思う。
訓練場の片隅で、メルセデスはぼんやりと二人の青年が打ち合うのを眺めている。
メルセデスが帝国軍に加わったのはここ最近のことだ。
行われるはずだった千年祭の日に合わせて、口実をつけて王国の実家を出て来た。
養父は、もし王国が危なくなるようならガルグ=マクに避難すれば良いのだなどと言いくるめた。
苦しい言い訳ではあったが、元より信心よりも保身を優先するような人だ。
メルセデスが帝国軍に加わっていれば、帝国が戦争の勝者になったときに何か恩情が下されるかもしれないとでも思ったのだろう。
もしかしたら、帝国将の誰かと娘が縁づきでもすれば良いとも考えているかもしれない。
そんな養父の思惑はメルセデスにとってはどうでもいいことだった。
信心深いメルセデスではあったが、女神に弓を引いてでも会いたい人がいた。
士官学校に入学したときから抱いていた胸騒ぎ。士官学校で起こった様々な事件と、姿を消した剣術師範。帝国軍の教団への宣戦布告。王国に戻っている間、様々なことを考えた。
そうして結論を出したのだ。
帝国軍に来て、フェリクスが帝国将として戦っているのには驚いた。
フェリクスの実家であるフラルダリウス公爵家は、王家を支える要として帝国への抗戦にも力を注いでいたし、なによりディミトリとは生まれる前からの付き合いがある幼馴染だと聞いていたから。
(でも、私が口を出せることじゃないわね)
自分がここへ来たように、彼もまた自らの思いを抱いて剣を手にしているのだろう。
二人の剣がぶつかる音はまだ続いている。
そうしているうちに、いつの間に眠り込んでしまったのだろう。
「メルセデス」と弟が自分を呼ぶ声で目を覚ました。まだ弟は、メルセデスを「姉上」とは呼んでくれない。
「あら? 私ってば、寝ちゃってたのね~。二人とも、もう訓練はおしまい?」
「ああ。……ここは冷えるだろう。私を待たずとも、先に食堂へ行っていれば良かったものを」
「だめよ~、せっかくこうしてまた会えたんだもの。少しでも長く一緒にいたいじゃない」
今では「死神騎士」などと大層な二つ名で呼ばれ、名前を変えてはいても、メルセデスにとっては可愛い弟の「エミール」に変わりなかった。
エミールより少し後ろから、フェリクスが剣を鞘に収めつつ、声をかけた。
「イエリッツァ先生、本日は手合わせありがとうございました。私はこれで失礼します」
フェリクスが訓練場を出て行くのを見送ってから、メルセデスは囁いた。
「フェリクス、あなたのことを『先生』って呼ぶのね~」
「……皆も、あの者のことを『先生』と呼ぶだろう」
「私たちは、元々先生の学級で学んでいた生徒だもの~。でも、あなたは学級の担任をしていたわけじゃないでしょう? 帝国軍には、ガルグ=マクで働いていた方々もいるけれど、先生って呼んでいる人たちは少ないと思うわ」
何が言いたいのか、という顔のエミールに、メルセデスは顎に人差し指を当てつつ、考え考え言葉を紡ぐ。
「あのね。私、フェリクスとは入学した頃から同じ学級だったんだけど、あなたとフェリクスって、なんだか似ているなって思ったことがあったのよ?」
「彼は、私のように殺戮に囚われた死神ではないだろう」
「ううん、『死神騎士』じゃなくて、エミール、あなたに似ているなって思ったのよ」
不器用にだけど優しいところとかね、と続けたメルセデスに、エミールは複雑そうではあったが、自分はともかくフェリクスに対する印象は同じものなのだろう。だからこそ、自分とは違うのだ、という気持ちも強いのかもしれないが。
「あとは、そうね~……剣がとっても上手なところとか、猫が好きなところとかも、似てるわね~。エミール、士官学校にいた頃から、フェリクスと仲が良かったの?」
「仲が良いかどうかは分からないが……彼はよく訓練場に顔を出していたし、手合わせも他の生徒たちよりは多くしていたかもしれんな。雑談に興じた覚えはないが、彼の剣との語らいは、なかなかに興味深いものだった」
「あら? じゃあ、さっきもフェリクスとお喋りしてたってことなの? いいわね~、私も剣が上手だったら、あなたともっとお喋りができたのかしら」
ふふ、とメルセデスは笑ったが、内心エミールが自分に戦って欲しくはないことや、帝国軍に加わわらず王国に戻っていて欲しいと思う気持も察してはいた。
少し意地悪を言ってしまったかしら、と反省する。
「ねえ、フェリクスの剣はなんて言ってたの?」
ふとそんな言葉が口をついて出た。
さっきまでぼんやりと考え事をしていたからかもしれない。もしくはまだ寝惚けていたのかも。
エミールはわずかに間をおいて、
「迷いのない剣だった」
とだけ言った。
問いに対する答えにはなっていない謎のような言葉ではあったが、なぜか納得した、とメルセデスは思った。
フェリクスもまた、自分と同じように決断してここにいるのだ。
天馬の節も終わりに近い。
この厳しい寒さももうすぐ終わり、暖かな春が訪れるだろう。
これから自分たちには、きっと辛くて悲しいたくさんの戦いが待ち受けている。でも、それが選んだ道なのだ。
すーっと息を大きく吸い込むと、メルセデスは弟の背を押して、訓練場の出口へと歩き出す。
「さあ、ご飯にしましょう? 今日はね、デザートにあなたの好きなお菓子を作ってきたのよ」
いつかこんな日が来ると分かっていた。
フェリクスは自室に戻るなりベッドに体を投げ出し、そのまま目だけを動かして棚の上に置かれた花瓶を見上げる。
前節の誕生日に贈られた花はまだ赤く咲き誇っている。
誕生日のすぐあとに、ガルグ=マクへセイロス騎士団が攻めてきた。
敵勢の中には見知った顔も多かったが、それでも行く手を阻む者は全て斬り伏せてきたのだ。その対象に、父親や友が含まれないはずはない。
覚悟はとうに決めていた。
あの日、聖墓から皆と共に逃げ出し、大修道院に刃を向けたあの日。
自分はこれで決定的に「彼ら」と道を違えるのだと、予感したのだ。
それなのに、あいつは父やかつての共に刃を向けたくはないのなら、王国へ戻っても良いのだとぬかした。
ふざけるな。
お前が不在だった5年間、俺は帝国将として剣を振るい続けてきた。
今さら戻れるはずがない。
もはや一個人の感情でどうにかなる問題ではないのだ。これは、戦争だ。
と、いうような感情を人前で露わにするようなフェリクスではない。
ただ一言、「見くびるな」とだけ言って戻って来た。
フェリクスが今自室として使っているのは、士官学校に在学していたときから使っているのと同じ部屋だ。
5年前のあの頃のまま、時が止まったように何もかも変わらない。
それはかつて担任であったあの元教師も同じことで、5年前とそのまま同じ姿で変わらぬ物言いをする。
だからいつでもあの頃のように戻れると、そんな夢のようなことが言えてしまうのだ。
自分には、もうあの日々は遠すぎる、とフェリクスは声には出さないものの、息を吐く。
今節の終わりにはアリアンロッドへ攻め込む。
おそらくそこには、王国を出て以来一度も会っていない父もいるだろう。
感動の親子の再会が、殺し合いになるとはな。
兄は王国騎士として、王子の盾となり死んだ。
その弟は、首を刈る剣となって王子に刃を向けるのだ。
王家を守る「ファーガスの盾」と呼ばれ、その役目をまっとうした兄の死をも肯定した父は、自分を殺そうとする息子を前にして何を言うだろうか。
まあ、いい。違えた道の先は、その時になれば分かることだ。