「現在の旧堤防」ページを新設しました
公民館歴史探訪講座① 2025 9月27日
いつもお世話になっている玉名市文化課の佐藤夕香さんが講話
縄文、弥生の古代から玉名は全国と交流の跡
中世は、菊池氏が高瀬の港を手中にするため進出
大友氏も進出 大砲を購入し、高瀬で陸揚げ(日本初伝来) キリシタン大名
加藤清正は干拓をし、小麦を生産しスペインに その後 鎖国
江戸時代は、ブランド菊池米の出荷場 百隻以上の大型船を玉名、大浜、滑石の廻船問屋が所有し大阪へ 大阪堂島に肥後橋
西南戦争で米蔵も焼かれ3日後もくすぶっていて、残っていた半焼け米を官軍が食用にしたこと
部分的に知っていた歴史が年代的に一つにつながりました。
参加者21名でした。顕彰会15名 顕彰会以外6名
道路の時代になったけど、外国へは、今も船
史跡清掃 2025 8月17日
顕彰会会員27名と市役所文化課の佐藤さんが参加されました。みなさんお疲れさまでした。
豪雨で落とされた枯れ葉が多くありました。公園の樹木の枝切りもしました。
きれいにしました。
隠すように捨てられている吸い殻
5か所を清掃しました。
山の上展望公園 新干拓歴史広場説明板 2025 6月 設置は昨年度
顕彰会が昨年度玉名市にお願いしていた山の上展望公園の干拓歴史広場説明板が新しくなっていました。タイルと石を高圧洗浄したいのですが電源が無いのです。高圧洗浄の許可はもらっています。
横島小6年生 出前授業 現地学習会 2025 6月 6日
説明内容をみんな熱心に記録 新九郎坂を往復しました。池辺吉十郎は横島西小学校の初代校長 西南戦争熊本隊の隊長
横島小6年生 出前授業 2025 5月 28日
横島小6年生35名 横島の干拓歴史を学習 運動会が終わったばかりの6年生 運動会おつかれさまでした。満潮と干潮よくわかっているさすが横島 6月6日は横島山周辺の現地学習会でまた会いましょう。
横島小学校の校長室に、横島が町になったときの記念の航空写真があります。中学校のグラウンドには横島小の児童と横島中生徒の人文字です。小学校のグラウンドは左上です。昭和43年1968年。
現在バックネット近くの樹木と中学校の技術科の建物だけが残っています。プールは改修されています。
横島老人会 シルバーヘルパー部会 横島史跡学習会 2025 5月 7日
24名の参加
横島老人会の幹部の方も参加されました。フラワーパークで全員写真。フラワーパークの柴尾さんが新九郎坂の下がり目きつねの紙芝居をしてくださいました。
フラワーパークにひまわりてれびのカメラもいて撮影されました。
西南戦争慰霊祭 2025 5月6日
玉名遺産を活かす会主催 西南戦争慰霊祭に 顕彰会の沼垣会長が講演しました。
総会時の講演 原田 稔さん 株式会社錦城 技術顧問 元 九州農政局 玉名横島海岸保全事業所 所長 2025 4月 26日
演題「旧玉名干拓施設環境保全活動と農業分野におけるICTについて」
原田さんは玉名横島海岸保全事業所の元所長 鹿児島在住
H20年 旧干拓堤防の草刈り作業に事業所として参加 H21年まで作業は難航
H22年 地域外へ呼びかけ130人のボランティアが集まり200人で実施
ダム設計や農業の給水管理技術等 国営事業の様々なICTによる農業用水管理システムを紹介