多様性の理解とそれらの知見の応用
生物はなぜこんなにも多様なのだろうか?―この疑問が一番のモチベーションです。多様性にも、種の多様性・形態的多様性・遺伝的多様性などさまざまな多様性があります。それらの多様性についてまず把握し、そしてどのように形成されてきたのかを理解したいと考えています。そのためにめくるめく多様性を誇る軟体動物をモデルとして研究を行っています。そしてこれらの知見を社会のために役立てたいと考えています。
具体的には以下の研究を実施しています:
・軟体動物の多様性の解明
・軟体動物のゲノム情報の整備
・軟体動物の保全生物学
軟体動物の多様性の解明
多様性について研究するためにはまず多様性を把握しなければなりません。そのために主に陸産貝類について分布の調査や種・生態・形態の多様性を把握する研究を進めています (伊藤ほか, 2021; 石井ほか, 2024; Kagawa et al., 2024; Nekola et al., 2025; Saito et al., in press)。
なかでもミスジマイマイ種群 Euhadra peliomphala species complexはお気に入りの研究対象です。ミスジマイマイ種群は遺伝的に極めて多様化しているうえ多数回の交雑を含む非常に複雑な歴史をもつことがわかりました (Ishii et al., 2026)。具体的には12系統にわかれ、それらの系統は交雑を3度も経験しながら形成されたうえ、それらの系統が形成されたあとにも交雑がおきていることがわかりました。
軟体動物のゲノム情報の整備
ゲノム情報の重要性は、多様性の把握や進化のメカニズムの解明、生物多様性保全など幅広い分野で近年ますます上昇しています。しかしながら、軟体動物では全ゲノムやトランスクリプトームなどのゲノム情報が不足しています。特に陸産貝類の全ゲノムはわずか10種弱 (2024年12月時点) しか得られていませんでした。そこで、日本産の軟体動物についてゲノム情報を整備しています。第一弾としてオナジマイマイBradybaena similaris について全ゲノムデータを発表しました (Ishii et al., 2025)。
軟体動物の保全生物学
進化生物学や生態学で使用されるような技術を利用して社会に貢献できないかと考え、保全遺伝学的研究も展開しています。
これまでにはイケチョウガイという淡水二枚貝について保全遺伝学的研究を実施しました。イケチョウガイはもともと琵琶湖の固有種ですが、真珠養殖のためいくつかの湖に移植された稀有な経歴をもちます。これまでにイケチョウガイが外来種ヒレイケチョウガイとの交雑により、遺伝的に純粋なイケチョウガイが失われつつあることが分かっていました。そこで高解像度の遺伝子解析を実施し、遺伝的に純粋なイケチョウガイはひとつの湖にのみに分布している可能性が高いこと、そしてその集団は遺伝的多様性が極めて低く、絶滅リスクが極めて高いことを明らかにしました (Ishii et al., 2024)。