社会論・論文01

経済的な格差を是正する(1)

2023.01.12.



1.この論文では、「格差社会」について考察します。そもそも、「格差」とは何でしょうか。自由主義の国々では、身分差はないはずですので、これは、主に、経済的な力をどれほど持っているかという「経済的な格差」に帰結できるでしょう。要するに、(1)給料をたくさんもらっている人と、そうでない人、また、(2)財産をたくさん持っている人と、そうでない人・・・とがいるということです。


経済的な格差について考察する

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★(1)年収の格差について


2.では、なぜ、そのような「経済的な格差」が生じるのでしょうか。まず、(1)の「給料・年収」について考えます。改めて、なぜ、給料をたくさんもらえる人と、そうでない人とがいるのでしょうか。それは、一言で言えば、「搾取による」ということです。つまり、上の者が、下の者からピンハネしているのです。実際、年収200万円ぐらいの人もいれば、年収数億円という人もいます。ざっと、数十、数百倍もの差が現に存在しているわけですしかし、そもそも、人一人の持つ時間と能力にそれほどの大差はないはずです。


3.これは、SFのような例えですが、年収数億円の人を、無人島に、その人一人だけを置いて、労働してもらうことにします。そして、その1年後、その人は、たった一人で、数億円に値するような富を生産していると思いますか。(答えは言うまでもない)。つまり、年間数億円を稼ぐということは、他の労働者が存在して(そして、そこからピンハネして)、初めて実現できるものであることは明らかです。


4.一般の労働者の皆さんは、この点について、もっと深く留意すべきではありませんか。本当なら、もう少し多く給料がもらえるはずなのに、上役の人から横取りされているのです。でも、「仕方がない」ですか。しかし、今は、民主主義の時代で、昔のような封建社会とは異なり、多数の人の意見が社会のルールに反映されるはずではないでしょうか。搾取されている側の一般の労働者は、富んだ人たちに比べれば、圧倒的に多数派であるはずです。それなのに、なぜ、社会のルールは、少数派である富んだ人たちの都合のいいようになっているのでしょうか。


5.その理由の一つは、失礼を承知で言えば、一般市民が「馬鹿」だからです。正確には、富んでいる人たちから「馬鹿」だとみなされていて、騙され続けているのです。また、もう一つの理由は、たとえ多数派であっても、単なる烏合の衆で、まとまりがなく、ただ自分のことだけにしか関心がない(これも「馬鹿」)という面もあります。そういう理由で、一部の富んだ人たちが、大多数の労働者を(人間よりも馬力があっても知能の劣る)家畜のように、使役しているのです。この現状について、何も思うところはありませんか??


6.しかし、この民主主義の時代、自分たちが騙されて搾取されているという、不正な状態を正しく認識し、皆と一致団結すれば、法律を改正することも可能なはずです。昔のフランス革命だとか、一揆だとか、米騒動などのように、暴力に訴える必要は全くありません。「正しい認識」と「団結」、これだけで、事は実現するのです。


7.ここで、「馬鹿」と述べたことをどうかお許しください。強烈なビンタで目を覚まさせる必要があると感じ、あえてそう述べました。もし、憤った方がいるならば、「馬鹿」と言って目覚めさせようとする者にではなく、内心で「馬鹿」だと見下して騙くらかし、ピンハネしている者たちに対してこそ憤るべきなのです。


格差の原因は、「搾取」「ピンハネ」

しかし、是正は可能!

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8.では、具体的には、何をどのように行なえばよいのでしょうか。


解決策は、単純明快です。法律で、年収の上限を設ければよいのです。


9.現行の法律では、明確な年収の上限が決められていないので、富んでいる人たちは、もう十分な富を得ているにもかかわらず、さらにもっと、たくさんの富を得ようと貪欲に奮起します。ところで、例えば、月給20万円ぐらいの人なら、月に1万円も給料が上がれば喜ぶはずですが、一方、月給1000万円(=ボーナス込みで年収2億円ぐらい)の人にとっては、月1万円のアップでも大したことはないように思えることでしょう。つまり、そのように「燃費の悪い」富んでいる人々が満足を得るためには、それだけ多くの富を集める(=労働者からより多く搾り取る)ことが必要なわけです。そのようにして、金持ちはますます金持ちに、そうでない人たちは、ますます貧しくなるという、経済的な格差が生じるのです。


10.このような状態は、全く不公正であり、是正されなければなりません。確かに、政府は、最低時給を引き上げたりなどして、労働者の待遇改善を図っているかもしれません。しかし、それは、労働者一人当たりの人件費が上がることを意味しており、もっとたくさんの金を集めたい経営者たちは一体どうするか・・・? 結局、リストラして人員整理をするようになるだけです。このように、労働者の待遇を改善しても、経営者側が飽くなき富の追求をしている限り、結局、そのしわ寄せは、労働者側に押し付けられ、余計に苦しい立場に立たされることになるので、これではダメです。


11.ここまで述べれば、お分かりのように、この問題の諸悪の根源は、「もっと金が欲しい」という富んでいる人たちの貪欲で、恥知らずな、富への飽くなき追求にこそあります。これを制しない限り、貧しい人々の苦しみがなくなることは決してありません。ですから、先に述べた通り、法律で、年収の上限を設けることが必要なのです。


飽くなき富の追求が原因

ゆえに、年収の上限を設けるべき

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12.さらに具体的に、私の意見では、年収の上限としては、(どんな立場の人でも)、1000万円(平均年収の倍)もあれば、十分だと考えます。(「え、それでは、生活できない!」という反論があるなら、「では、それ以下の年収の人の生活はどうなるの???」と逆に尋ねたいです)。その上で、今支払われている(社内の)人件費すべて(パート・アルバイト、正社員から社長、会長職まで全員分)を、適切な比率に応じて、適正に再分配すべきです。間違っても、再分配の結果、商品価格(物価)を上げることになってはいけません。というのも、せっかく給料が上がっても、物価が上がれば、特に裕福ではない世帯にとっては相殺される形になり、かえってマイナスになるかもしれないからです。


13.要するに、物価が上がったり、下がったりするということは、経済システムが不安定で、不完全であることを意味しています。これを当然、当たり前と考えてはなりません。そもそも、なぜ、現行の経済システムは不安定なのでしょうか。これもそれも、結局、富んでいる人たちが、さらなる富の追い求める結果だと言わざるを得ません。彼らの利己的なわがままを実現させようとして、無理を通すがために、道理が引っ込んでしまうのです。ですから、どうあっても、富んでいる人たちの、恥ずべき、本当に恥ずべき、かつ、有害な、「飽くなき富の追求」をやめさせねばなりません。民主主義の国家において、国民の大多数が、「それはダメ!」とはっきり言えば、それは実現します。つまり、物価がずっと安定している(その代わり、給料も上下しない)状態を維持できることこそが、真に望ましい優れた経済システムと言えます。


年収の上限を定め、人件費を適正に再分配し、

かつ、物価を上げなければ、経済システムは安定する


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14.思い返すと、世の中の様々な社会問題の多くは、富んでいる人たちの「飽くなき富の追求」に端を発しているものです。今まで述べた経済格差についても、自然環境の破壊や環境汚染、また、政治の腐敗、戦争、犯罪組織・・・、この世界を悩ます問題の多くは、結局は、「金(モノ・権力)が欲しい」「自分さえよければいい(他人のことは二の次)」という自己中心的な考えを抱く人たちが引き起こすものです。


15.それにしても、なぜ、彼らは、飽くなき追求を続けるのでしょうか。その答えは、全く単純明快です。年収の上限を定めていないからです。交通法規で例えると、スピード制限が設けられておらず、スピードの出し過ぎが横行して、事故が大発生するようなものです。


16.確かに、「富への飽くなき追求」は、社会において、巨大なプロジェクトを動かす原動力になり得ます。しかし、その方法は得てして、えげつなく、汚いもので、弱者を顧みず、自分さえよければいいという利己的なものになりがちです。つまり、「金が欲しい。だから、あくどく稼ぐ」ということです。


17.そうではなく、企業は、自社の生産活動を通して「社会に貢献する」ことを第一とし、その代価として、「おまんまを食べさせていただく(感謝)」というような謙虚な心構えが必要です。つまり、「滅私奉公」「奉仕第一(=社会貢献第一)」ということです。もちろん、今でも、各企業では、そういう名目のスローガンを掲げ、慈善活動等を実施しているかもしれませんが、しかし、本質が「金儲け第一」である以上、「奉仕第一」に徹することは不可能です。


18.ですから、年収の上限をきっちり定めて、「金儲け第一」の考えを改めさせ、「奉仕第一」の精神で企業活動を行わせる、というこの案を、もし、本当に実行するなら、それは、社会システムの根底を覆す一大転換となり、社会全体に非常に大きな変化をもたらすものとなるに違いありません。


「金儲け主義」から脱却し、

「奉仕第一」の精神で企業活動に勤しむべき


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★株の売買について


19.私は先程、経済システムの不安定さについて言及しましたが、それに関連するものとして、「株」についても述べておこうと思います。例えば、少し前のリーマンショックのような、株の大暴落による経済的な打撃が、歴史上度々起こるわけですが、結局それは、一番立場の弱い者たちにしわ寄せが来ることになってきたのではないでしょうか。つまり、リストラ・解雇され、家族離散、うつ病、自殺・・・。


20.私の意見では、「株を購入して、(例えば)、3年間は売ることができない」と定めます。そして、例えば、ある会社に1000株あるとして、それぞれの株の、次に売りに出せる日付を3年間内で均等に配置させます。例えば、株が1番、2番、3番・・・1000番とあるとすると、1番は、1年目の1月1日から。2番は1月2日から。3番は1月3日から。・・・1000番は、3年目の12月31日からは、というような感じです。そのように、売り付け可能となる日付を少しずつ分散させていれば、突然、一気に大量の株が売りに出されるということは起きないはずです。


21.いつでも、どれだけでも株が売買できるということは、確かに「自由」かもしれませんが、何の制約もない自由というのは、大変危険であると言わざるを得ません。(実際に、私たちは、そういう手痛い「危険」を何度も経験したはず)。しかも、株で儲けようとしている人の多くが、拝金主義に傾倒しているとみられ、要するに、「自分さえ儲かればいい」という考え方です。そういう利己的な人々の、利己的な動向が、何の制限もなく、社会に反映され、大きな影響を与えるということは、もう「脅威」「害悪」以外の何物でもありません。


22.ですから、株の取引にも、きちんと「制限」を設けるべきです。交通法規では、「制限」を設けることで、「安全」を確保します。同じように、株の売買にも、「制限」を設けることで、株の大暴落のような、人為的な大損害を回避することができるのです。(あれだけ痛い目に遭っても、まだ懲りないの?)


何の制約もない自由は危険

株の売買にも制限を設けるべき


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★(2)財産の格差について


23.次に、「財産」について考えます。(冒頭の1節目で、(1)給料の格差と(2)財産の格差について・・・考えると述べましたね)。


24.これも、なぜ、財産の格差があるのかと言えば、結局のところ、「搾取」の積み重ねに帰結します。率直に言うと、人並み以上に持っている財産というのは、そのほとんどが、「不当に」労働者から搾り取ったものの結晶と言うことができるでしょう。ただ、現行のルールでは、それを適法としている・・・というだけのことです。


25.この点で反論があるのであれば、是非とも聞いてみたいものです。つまり、「労働者からの搾取」以外で、どうやって人並み以上の財産を築けるのかを。(3節目で挙げた「無人島(他の人の協力なし=搾取なし)でどれだけの財が築けるか」という例も思い出してください)。


26.それで、もし、この点で、だれも反論ができないのであれば、現行では適法とされていても、それはやはり、「不当に」搾取された財産なのです。では、それが明らかになったところで、日本国民の大半の人々は、それを引き続き良しとするでしょうか、それとも、間違っており、是正されるべきだとみなすでしょうか。


27.もし、後者であれば、法律を改正し、個人が所有する財産にも上限を設けるべきでしょう。例えば、財産は、2億円(平均年収の約40年分、つまり、老後の蓄えと仮定して)まで・・・とか。そして、これを超える財産については、す・べ・て、国に返納すべきであるとも定めます。


28.そうなると、金持ちが国外へ逃れてしまうと懸念する人もいるでしょう。しかし、彼らの財産は、日本国内で築いたのですから、日本から出て行く際には、その財産の大半を国に返してもらうようにすべきです。日本国内に留まるよりも、さらに多くの率で返してもらうようにすれば、効果的でしょう。国外に出ることは自由ですが、持ち逃げは許しません。


人並み以上の財産も「搾取」の積み重ね

ゆえに、財産にも一定の制限を設けるべき


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★まとめ


29.ここまでをまとめてみます。


「年収」や「蓄財できる財産」の上限を定め、また、「株の売買」にも制限を設けることで、富んでいる人たちの「富への飽くなき追求」を抑制し、その結果、労働者からの不当な搾取を終わらせます。


また、それに伴い、各企業は、「金儲け主義」から脱却し、真に「奉仕第一」の精神に基づいて企業活動を行なうようになれます。(それが、その後の、企業活動における新たな存在意義・モチベーション(動機付け)となる)。


その結果、利己心(自分さえよければいい)に基づく「自由競争」(=サバイバル。確かに「自由」だが、弱者にとっては死を意味する)から、真に公正で、公平な社会へと進化することができるでしょう。


以上が、冒頭で述べた「経済的格差」を是正するための、私が示した改革案の概要です。


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30.ここまで述べて、「何だ。それは、共産主義じゃないか」と思った方もいるかもしれません。しかし、それは違います。20世紀に、ソ連を中心に世界的に波及した共産主義は、確かに、私が述べたような「平等」を掲げていました。しかし、100年経っても、その理想は実現していません。要するに、それは、市民からの支持を得るための方便であったと私は見ています。結局、それは、国家がより強大な権力を得て、独裁的な体制を確立しただけでした。その結果、市民の「自由」は損なわれ、また、人権も軽視されたままです。ハッキリ言って、「失敗作」です。


31.一方、私が提唱している「格差是正」のための改革案は、自由主義をベースにし、その「自由」の行き過ぎを、適切な「制限」を設けることで、より「安全」「安定」「公平」な社会システムを目指す・・・というものです。スタートからして全く異なっています。


この案は、共産主義とは全く異なる


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32.続く論文02では、この論文01の改革案を土台にして、さらに実現できる経済的な改革案について論じます。