就労女性の健康に関連する国内外の研究や論文を中心に、アカデミックな情報をご紹介していきます。
秋田大学(学長:南谷佳弘)大学院医学系研究科衛生学・公衆衛生学講座 野村 恭子 教授が代表を務める全国健康保険協会(協会けんぽ)研究班は、慶應義塾大学病院臨床研究推進センター生物統計部門 長島 健悟 特任准教授、久留米大学医学部公衆衛生学講座 谷原 真一 教授、東京科学大学大学院医歯学総合研究科茨城県地域産科婦人科学講座 寺内 公一 教授との共同研究で、被保険者として働く女性を対象に、乳がんや婦人科がん(子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がん)の診断を受けた女性では、これらのがんの診断を受けていない女性と比べて離職のリスクが高くなること、そのリスクは卵巣がん、子宮頸がん、乳がん、子宮体がんの順で高い可能性を明らかにしました。
また、がんの種類を問わず、うつ病の診断歴がある女性、年齢が高い女性、月収が少ない女性、勤務期間が長い女性では離職のリスクが高くなっていました。さらに、乳がんでは業態によってもリスクが異なる可能性や、特定健診の受診歴がある場合にリスクが離職のリスクがわずかに低くなる可能性が示唆されました。
乳がんや婦人科がんは、肺がんや大腸がんのようながんと比べて、生産年齢から発生しやすいがんであり、働く女性の健康や仕事に大きな影響を与えます。本研究の結果から、これらのがんに罹患した女性は仕事を辞める選択をする方が多く、治療と仕事を両立する支援をさらに拡大する必要があることが示されました。さらに、うつ病の既往がある、年齢が高い、賃金が低い、在職期間が長い女性では離職が生じやすいため、メンタルヘルス対策や経済的支援・カウンセリングなど焦点を絞ったサポートの充実が求められます。最後に、乳がんを有する女性では、特定健診を受けている人の方がわずかに離職に至りにくい傾向が示されました。これは特定健診を受けている女性では、特定健診を受けていない女性と比べて乳がん検診を受けている女性も多く、これが乳がんの早期発見を介して離職のリスクを低くしたことが一つの要因として考えられました。よって、乳がん検診は仕事の継続性という観点からも、重要である可能性が示唆され、今後の検証が望まれます。
Iwakura M, Nagashima K, Shimizu K, et al. Resignation in Working Women With Breast and Gynecologic Cancers. JAMA Netw Open. 2025;8(8):e2528844. doi:10.1001/jamanetworkopen.2025.28844
https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/fullarticle/2837956
(2025.8.29 記)
コロナ禍での家事・育児のしわ寄せは女性に?
女性の社会進出に伴い、「男性は仕事、女性は家庭」という概念は少しずつ変わってきました。しかしながら、依然として家事・育児を女性が主に担っている家庭が多いことが報告されています。この研究ではCOVID-19流行によって男女の家事・育児時間がどのように変化したかを検討しました。
家事は配偶者と同居している14,454人(男性9,103人、女性5,351人)、育児は未就学児、小学生がいると報告した4,189人(男性2,189人、女性2,000人)を対象に解析を行いました。その結果、COVID-19流行前と比べて家事時間が増えたと感じる割合はodds ratio [95% confidence interval]: 1.92 [1.71–2.16], p<0.001と女性で有意に高く、育児時間が増えたと感じる割合もodds ratio [95% confidence interval]: 1.58 [1.29–1.92], p<0.001と女性で有意に高いことが明らかになりました。
Sakuragi T, Tanaka R, Tsuji M, Tateishi S, Hino A, Ogami A, Nagata M, Matsuda S, Fujino Y; CORoNaWork Project. Gender differences in housework and childcare among Japanese workers during the COVID-19 pandemic. J Occup Health. 2022 Jan;64(1):e12339. doi: 10.1002/1348-9585.12339.
www.jstage.jst.go.jp/article/joh/64/1/64_e12339/_pdf
(2024.7.8 記)
仕事と育児の両立支援
未就学児を持つ日本人の共働き夫婦における仕事と家庭の接点とメンタルヘルス:
仕事と家庭の両立支援プログラムが与える効果をRCTで検証
家族構成の変化や女性の社会進出が進み、共働き夫婦の数は着実に増加しています。このような傾向の中で、働く女性は妻、母、娘(介護者)としての役割を十分に果たすために、量・質ともに仕事の負荷が増大していることが懸念されています。
仕事と家庭の両立に関する初期の研究は、仕事と家庭の“葛藤”、すなわち、ある役割への関与が他の役割への参加をいかに妨げるか(Work-Family Conflict [WFC]やFamily-to-work conflict [FWC])に焦点があてられていました。2000年代初頭には、仕事と家庭の“豊かさ”、つまりある役割への関与が、他の役割の機能をいかに向上させるか(Work-to-family facilitation [WFF]やFamily-to-work facilitation [FWF])が注目され始めました。これまでのメタ解析では、WFCとFWCが心理的・身体的な健康状態に負の影響を与え、WFFとFWFはそれらに好影響を与えることが示されています。
一方、共働き夫婦の場合、片方だけのライフドメインの境界を考えるだけでは十分ではありません。夫婦関係もまた、人の幸福に重要な役割を担っており、配偶者/パートナーは、仕事への取組みや仕事のパフォーマンスを形成する存在として、近年認識されつつあります。さらに子どもがいる場合、夫婦の親子関係も重要な役割を果たし、育児ストレスは、他の時期と比較して未就学期において高いことも知られています。このように、未就学児を持つ働く女性を支援するうえで、労働者、配偶者、親という複数の役割を包括的に理解することが重要と考えられています。
今回の論文では、仕事・配偶者・親といった複数の役割を果たすためのスキルを高める総合的なプログラムとして開発された仕事と家庭の両立支援プログラムの介入効果を、20~65歳の男女(育休中は除く)、という参加基準を満たした164名の参加者(女性約80%)を介入群79名と対照群85名にランダムに割り付け、介入群には、週末コミュニティーセンターで、3時間のセッションに計2回参加してもらい、自己管理、カップル管理、子育て管理の様子を含む包括的なスキルを提供しました。
前述した4つの指標(WFC、FWC、WFF、FWF)とともに、仕事と家庭のバランス自己効力感(work–family balance self-efficacy[WFBSE]; 仕事と家庭の両立を成功できると、自分の可能性を信じる力)、メンタルヘルスとワークエンゲージメントの指標について、プログラム参加前、1か月後、3か月後に評価した結果、プログラムを受けた参加者はそうでない参加者に比べて、WFBSEが有意に増加し、心理的苦痛が有意に減少しました。一方、仕事と家庭の両立に関する4つの指標ならびにワークエンゲージメントについては、統計学的に有意な変化は認めませんでした。
本研究は164名と比較的少ない参加者での検証であったことから、検出力に限界があったこと、男女別の解析を行えていないこと、プログラム提供から3か月後までしか評価できていないことから、より参加者数を増やし、男女別で検証結果が異なるかどうかも含めて、長期的な追跡が期待されます。しかし、RCTという質の高い研究手法を用いたこと、様々なステークホルダー(産業保健の専門家、人事管理者、未就学児を持つ共働きカップルの当事者)を巻き込んで開発され、包括的なスキル提供が盛り込まれたプログラムであること、Eラーニングサイトを通じて、セッションで得た知識の定着と学んだスキルの日常生活への応用の促進などの工夫がなされたことなどが、高く評価されます。
こうした、科学的に有効性が確認された手法が、企業における女性の健康支援に盛り込まれていくことが期待されます。
# エビデンスに基づいた健康支援 # 仕事と育児の両立
(2023.6.6 記)
リプロダクティブヘルス
交代制勤務を経験したことのある女性は、閉経年齢が遅れる可能性がある、という論文が、2022年3月にカナダの研究者らにより、「Menopause」という国際雑誌に掲載されました。筆者らは、シフト勤務が概日リズム、すなわち体内時計に影響し、女性ホルモンであるエストロゲンの分泌を変化させている可能性があるとの見方を示しています。
シフト勤務におって夜間に人工的な光に当たる時間が長くなることで、体内時計が乱れ、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が抑制され、女性のリプロダクティブヘルスに関わる排卵や卵巣機能に影響するかもしれない、ということはこれまでも複数の研究で示されてきました。
そもそもなぜ閉経年齢が早いこと・遅いことを、気にする必要があるのでしょうか?女性が閉経を迎える年齢はおおよそ50歳とされていますが、40歳未満に早発卵巣不全や、45歳未満に閉経を迎える早期閉経は、骨粗鬆症や心疾患といったさまざまな健康上のリスクを高めることが報告されています。一方で、遅い閉経もいくつかの種類のがんリスクの上昇に関連するとされています。
女性の体格や喫煙状況などの要因によっても、閉経年齢に影響を与え得ることから、シフト勤務だけが強く影響するわけではありませんが、1つの要因、ということは、シフトワーカーの健康を支援する上で重要な知見ですね。今回の研究では、夜勤の連続回数や休暇日数など、シフト勤務に関する詳細なデータは得られていないため、今後こうした詳細な検討が求められるとともに、母乳育児や初経など、他のリプロダクティブヘルスに関わる因子も含めた検討を行っていきたい、とのことです。
•原著論文:Khan D, et al. Menopause. 2022 Mar 25. [Epub ahead of print]
(2022.10.14 記)