学会・研究会等の報告

自由集会(第28回研究会) 報告

「行政と職場を結ぶ産業保健職の役割を考える―HPVワクチンの情報提供・接種勧奨をどのように行うか」

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2023年5月12日(金)9:00~10:00

「行政と職場を結ぶ産業保健職の役割を考える―HPVワクチンの情報提供・接種勧奨をどのように行うか」

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2023年5月12日(金) 9時からライトキューブ宇都宮で自由集会を開催した。当会が発足してから第28回目の研究会となる。参加者は25人(内6人世話人、5名男性)であった。

■ 目的

2013年にHPVワクチンの定期接種が開始されたが、直後に有害事象報告があり、積極的勧奨が中止された。2022年にHPVワクチンの積極的接種勧奨が再開されたが、誕生日が1997年4月2日~2006年4月1日の女性は、接種機会を逃した可能性があることからキャッチアップ接種が3年間の時限で行われることになった。従来は2,4価ワクチンのみが対象であったが、2023年度より9価ワクチンも接種できることとなった。当ワクチンは市町村単位で行われるが、該当年次の女性は就業者である可能性もあり、職域における情報提供および受診勧奨についての在り方およびワクチン接種の阻害因子、促進因子について検討する。


■発表内容

1.HPVワクチンの現況:荒木葉子(荒木労働衛生コンサルタント事務所、当会世話人代表) 

HPVワクチンは予防接種法A類疾病、定期接種に当たり、市町村単位で行われる。該当年次の女性は就業者である可能性もあり、居住地と職域が離れている場合は市町村からの情報提供や接種可能な医療機関へのアクセスが十分でない可能性がある。

予防接種レディネス尺度:7C 日本語版によれば、ワクチン接種への意向は次の7つによって規定される。

職域においては、従来からインフルエンザワクチンが、数年前から男性に対する風疹ワクチン、また、この数年はCovid-19の職域接種が行われてきた。こうしたワクチンとHPVを比較してみると、HPVワクチンは副反応に対する不安感は、他のワクチンよりも強く、子宮頸がんの予防と言う意味ではかなり効果を感じにくいため、当該年代の女性も無関心になりやすく、男性や高齢者にとってはさらに関心を持ちにくい。地方自治体によっては近隣の地域圏をまたいで接種できる場合もあるが、居住地域の医療機関に限られる場合もあり、コロナワクチンなどと異なり、小児科、婦人科にほぼ限定されているのが実情である。接種の損得に関し、ワクチンの費用と子宮頸がんになった場合の損得を実感することは難しく、コロナやインフルエンザのような集団責任も感じにくい。ワクチン未接種者に対するバッシングなどは強くないが、ワクチンに懐疑的である集団からは、接種に関しネガティブキャンペーンが出されている。企業経営への貢献度は、コロナやインフルエンザと比較すると長期的には少子化に対するインパクトはあるかもしれないが直接的には少ないと考えられる。

最適な普及啓発を向上するためには、STEP1:認知度や受診率の把握と公表、STEP2:バリアの調査、STEP3:KPIの設定、STEP4:具体案、STEP5:評価・実行の5STEPが重要と言われているが、現行では、行政の取り組みとしては、厚生労働省のホームページやパンフレットがあるものの、実際には、住民票のある市町村の取り組みに依存している。熱心な自治体では、行政、医師会、教育機関が連携し、高接種率を達成しているところもある。しかしながら、キャッチアップ接種は本人が申し込まなければクーポン券が送られてこない自治体も多く、母子手帳持参とあるものの母子手帳が見つからない、接種できる医療機関も調べなければわからない、副反応が起こった場合の対応が不明確、など接種には様々な問題がある。更に、我が国では、そもそもワクチンデータの整備がなされておらず、副反応データ、有効性のデータを長期的に取る仕組みができていない。

職域でできる子宮頸がんの予防および制圧に関し、以下を提言したい。

 対象者:キャッチアップ本人、親世代、男女とも

 方法:紙媒体、Web、SNS、AIの利用など

HPVワクチンの課題は、国の姿勢、市町村のキャパシティ、産業保健の守備範囲、産業保健と地域保健の連携、PHRの整備、社会保障制度などと密接に関連しており、キャッチアップ接種は時限性であることから、迅速な対応が必要であると思われる。

2. 職域での実践:川島恵美(株式会社Keep Health) 

職域でHPVワクチン情報提供・接種勧奨を行う利点としては、キャッチアップ接種の当該者のみならず、親世代を教育することで子どもたちの接種への啓発となる。子宮頸がんによる労働損失を減らすことができる、子宮を失うことによる次世代の損失を減らすことができる、などがある。しかしながら、産業保健職としての懸念点として、国や自治体からの発信が不十分な中で産業保健職が啓発を行うのはハードルが高い、副反応に関し懸念がある、男性の理解を得にくい、コロナや風疹と違って職場で感染が拡大するわけではないので、企業にとってはインパクトが低く、経営者の理解を得にくい、などがある。

そうした中で、3つの組織で、HPVワクチンの情報提供・接種勧奨を行った。情報提供、定期健康診断時の啓発、HPVワクチン費用の補助など、労働組合との協働、大学病院での学生への接種などを行う事ができ、大学病院での取り組みは水平展開ができた。キャッチアップ接種の無料期間はあと2年となった。職域でも対象者がいることを考えると、職域での情報提供は重要な役割となる可能性がある。


3. SNSを用いた積極的勧奨の効果:野村恭子・太田友(秋田大学医学部 衛生学・公衆衛生学講座 教授・大学院生)

ランダム化比較試験により、(1) HPV関連情報を提供する際の媒体(LINE群 vs 郵送群)による効果、(2) SNSのより有効な情報提供の方法として、LINEを用いた頻回な介入と会話の場の提供(LINE-assisted intervention群 vs 無介入群)による効果を検討した。秋田県内の4大学の学生を対象に、HPVワクチン接種未完了の18~35歳の男女学生を募集した。357人(女性53%)をLINE群(178人)と対照群(179人)に、性別で層別化し無作為に割り付けた。1回目の介入では、LINE群と対照群(郵送群)にそれぞれLINE、郵送を用いて、HPVおよび子宮頸がんに関する情報を提供した。2回目の介入では、LINE-assisted intervention群に週5日、7週間にわたり情報を提供し、参加者が自由に発言できるコミュニケーションの場を提供し、対照群(無介入群)では無介入とした。それぞれの介入後の約1ヵ月後に自記式質問票を配布した。1回目介入後調査では、LINE群と郵送群では、接種意思(51% vs 40%)、および知識、ヘルスリテラシー、HBM(罹患性・重大性)にについて、有意差はみられなかったものの、両者で情報提供の効果がみられた。

さらに2回目介入後調査では、LINE-assisted intervention群で接種意思(66% 対 44%)が向上していた。とくにSNSを利用した頻回の介入と、コミュニケーションの場の提供は、有効な活用方法になる可能性が示された。 

その後のHPVワクチン接種者数は、LINE群4人、郵送群5人で、両者に差はなかった(p=0.67)。コロナ渦であり、COVID-19のワクチン接種が社会的問題となっている中で、HPVワクチンを優先させることが難しい社会背景もあったと思われた。

<論文>Influence of LINE-Assisted Provision of Information about Human Papillomavirus and Cervical Cancer Prevention on HPV Vaccine Intention: A Randomized Controlled Trial. Vaccines 2022, 10(12), 2005


4.HPVワクチンについて:佐藤佳代(MSD株式会社メディカルアフェアーズ)

HPVワクチンは2013年4月に定期接種が開始されたが、ワクチン接種後の「多様な症状」が報告されたことから同年6月に積極的勧奨差し控えとなった。その後の研究により、多様な症状はHPVワクチン接種との因果関係は根拠に乏しく、名古屋スタディ(HPVワクチン接種と多様な症状に関する疫学的調査)にての、有意な関連性は見いだされなかった。HPVワクチンの安全性に関しては、世界保健機構(WHO)、米国疾病予防管理センター(CDC),欧州医薬品庁(EMA),フランス医薬品・保健製品安全庁(ANSM)からも声明・評価がなされている。2021年11月に積極的勧奨差し控えが終了となり、2022年4月から自治体における定期接種の確実な個別勧奨開始およびキャッチアップ接種が開始された。2023年4月からそれまでの2価、4価に加え9価の定期接種が開始となった。2022年4月から施設納入本数は増加傾向にある。しかしながら、全市町村を対象とした調査によると2022年4~9月の1回目の接種実施率(小6から高1までの定期接種全コホートでの接種者数を標準接種年齢である13歳人口で除したもの)は約30%にとどまっている。MSD社では、Webサイトに様々なお役立ち資材やツールを用意しており、活用していただきたい。

<参考サイト(2023年6月24日時点)>


■ 参加者からの意見

田中敏博先生(静岡厚生病院小児科、株式会社キャタラー):産業衛生としてのHPVワクチンキャッチアップ接種の推進に関する取り組みを本学会で発表した。社内において情報提供を行ったあと、母子手帳の確認、HPVワクチンの接種歴の確認、接種の希望を確認し、担当職場において接種を行った。本学会で、HPVワクチンに関する演題は他にはなく、職域では低調であることが実感された。産業保健職はもっと積極的に情報提供や接種を行うべきではないか、と考えている。

 他の参加者からは、HPVワクチンに関してよく知らなかった。副作用が怖い、という漠然とした印象を持っており、特にアクションは起こしていなかった。産業保健職としての実践報告を聞くことができてためになった。自分の子どもに接種券が届いているが、打たせた方がよいのかどうか迷っている。副作用が多く取り上げられており、有効性や、打たない事のデメリットが十分に伝わっていない気がする、などの意見がでた。


■ 結語

職域におけるHPVワクチンに関する活動は活発とは言えず、阻害因子や促進因子を更に検討し、キャッチアップ接種が3年間の期間限定であることから、早急な対策が望まれる。

(文責:世話人代表 荒木葉子 2023.6)

第96回日本産業衛生学会ランチョンセミナー 報告

「職場の生産性向上のカギを握る月経不調への対応―産業医・産業保健職が知っておくべきこと、できること―」

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2023年5月10日(水)12:15~13:15

「職場の生産性向上のカギを握る月経不調への対応―産業医・産業保健職が知っておくべきこと、できること―」

共催:日経BP 総合研究所 生理快適プロジェクト  

演者:百枝幹雄先生(総合母子保健センター愛育病院 院長、特定非営利活動法人 日本子宮内膜症啓発会議 理事長)

座長:野原理子先生(東京女子医科大学医学部 衛生学公衆衛生学講座公衆衛生学分野 教授・基幹分野長)

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宇都宮で開催された第96回日本産業衛生学会において、「職場の生産性向上のカギを握る月経不調への対応―産業医・産業保健職が知っておくべきこと、できること―」というランチョンセミナーが開催されました。セミナーを共催した日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボは、女性の月経トラブルを適切に治療し、生産性やQOLの向上を目指す啓発活動「生理快適プロジェクト」を実施しており、不調を抱えながら働く女性を支える産業医や産業保健職にこの問題についての理解を深めてもらうことが、本セミナー企画の背景にありました。

演者は月経痛の原因である子宮内膜症などの啓発に注力されている愛育病院院長の百枝幹雄先生で、座長は当研究会世話人の野原理子先生が務められました。女性活躍社会における女性特有の健康課題の1つである月経随伴症状(月経困難症・過多月経・月経前症候群)に着目し、月経のメカニズム、月経随伴症状による労働損失、病態と治療、そして企業の取組とその成功例について紹介されました。満席となったセミナー会場には、160名以上の参加があり、参加者のうち男女123名の方が事前アンケートにご回答くださいました。アンケート回答者の内訳は、約6割が産業保健職、約3割が産業医で、参加目的として「婦人科系の症状について知識を得たいと思ったから」が75.7%にのぼり、ついで「生理快適プロジェクトの活動について興味があったから」が32.4%、「関係する企業内で働く女性から、婦人科系の不調について相談されたから」が27.0%でした。

セミナー参加者に対して当研究会と、日経BP総合研究所が共同で行ったアンケート結果の一部を以下にご紹介します。

「担当する企業で、月経関連の不調の相談を受けたことがある」と回答した方が全体の66.9% (職種別:産業医57.7%、産業保健師・看護師80.0%)にのぼり、女性特有の健康課題である月経不調への対応方法に対する参加者の関心の高さがうかがえました。次に、相談を受けたことがある参加者に対して、相談に至った一番大きなきっかけを問うたところ、「上記以外の本人からの直接相談(45.5%)」「健康診断やストレスチェックの事後措置・産業医面談など(34.5%)」「上記以外の上司・同僚かど周囲からの相談(13.6%)」が上位3つを占めました。一方、担当する女性従業員の何割相当から月経関連の悩みの相談を受けている印象かと質問したところ、「2割未満」と回答した方が9割を占めました。

月経困難症や子宮内膜症などの治療に用いられる低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP;避妊用の低用量ピルと同様の成分の保険適用薬)について、それらが月経関連不調の改善に有効であり積極的に使用あるいは医療機関に紹介している/したいと考えている方は全体の52.1%にのぼる一方で、有効であることを知らなかったと回答した方も11.0%存在しました。また、有効だと知っているが、積極的に使用あるいは紹介していない/したいと考えていない方も35.6%にのぼりました。担当する企業で、婦人科系の不調を抱える従業員が相談できる特定の婦人科医や相談窓口(福利厚生サービスなどとの連携を含む)があるかと質問したところ、回答者の7割はそういった仕組みは存在しないと回答し、今後、婦人科系の症状について知識を得たいと回答した方が6割、安心して紹介できる婦人科医のネットワークや情報がないと回答した方も半数以上にのぼりました。今後、アップデートされていく医学知識を産業医・産業保健職に分かりやすく提供していくこと、また安心して従業員を紹介できる専門家や医療機関に関する情報の重要性が明らかにされました。

「就労女性が増えてきている社会とは言え、男性従業員の割合が多い会社では、取り組むべき課題ではあるものの優先度が低くなってしまう」「理解を得るのが難しい」「上司同僚に男性が多く女性は相談しにくい」「男性なので相談されにくい」といった自由回答もありました。一方、「男性管理者が過剰な配慮をしてしまう」「周囲の理解やサポートは必要だが、労働者自身の自己保健義務としての健康管理をもっと推進しなければいけない」「受診のハードルを下げる教育がまず必要」といった意見もありました。当事者のリテラシーの向上、周囲の理解と正しい知識の普及、職場内の環境整備といった包括的な支援が重要であることが改めて確認されました。

当研究会としても引き続き働く女性の健康増進および職場環境の改善・向上に向けて、研究や実践の促進を図っていきたいと思います。

文責:世話人 飯田美穂 2023.6)

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参考HP:

特定非営利活動法人 日本子宮内膜症啓発会議(JECIE)

日経BP 総合研究所メディカル・ヘルスラボ「生理快適プロジェクト」