研究内容 (Hiroko Bannai)
分子のふるまいから脳の仕組みを読み解く

研究内容

膨大な情報を処理する脳は、しばしばコンピューターに例えられます。しかし、脳はコンピューターとは大きく異なります。脳では、脳を構成するタンパク質や脂質が、生涯を通じて常に入れ替わっています。脳の構成要素が常に入れ替わりながら、どうして脳はその構造を維持し、記憶や学習、思考などの高次機能を発揮できるのだろうか。アルツハイマー病をはじめとする神経疾患は、遺伝子やタンパク質の変異が原因であると考えられていますが、なぜ変異が重篤な症状を引き起こすのかはまだ解明されていません。私たちの研究室では、生体を構成するタンパク質分子の構造、機能、動態を生きた細胞で「観る」ことで、記憶や学習のメカニズム、てんかんやアルツハイマー病などの神経疾患の病態を解明することを目的としています。

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研究の3つの柱


(1)「生理学的研究」

記憶の学習の基礎となるシナプスの発生・維持・制御の分子機構を理解するために、生きた神経細胞におけるシナプス分子の挙動や局在を可視化します。


(2) 「病理学的研究」

アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経疾患の発症メカニズムを明らかにするため、病的なタウ、アミロイドβ、αシヌクレインがシナプスの構造と機能に及ぼす影響を調べます。


(3) 「新技術開発研究」

生体細胞内の生体分子を可視化し、操作するために、生物物理学の最新の知見に基づく新しい実験ツールの開発を行います。

どうやって分子のふるまいを見るのか?

量子ドット1分子イメージング(QD-SPT): 分子のふるまいを観るための強力なツール

流体モザイクモデルによれば、脂質や膜貫通タンパク質などの細胞膜分子は、細胞膜の上を自由に側方拡散することができます。しかし、ある種の細胞では、自由拡散のランダム性を克服して、特定の膜分子が細胞内のミクロドメインに集中することができます。このような膜分子が局在することは、様々な細胞機能を果たすために重要であるため、細胞が膜分子の側方拡散を制御するメカニズムを理解することが重要です。

半導体ナノ結晶「量子ドット」を蛍光プローブとして用いた1分子イメージング技術「量子ドット1分子イメージング(QD-SPT)」は、細胞膜上のタンパク質や脂質の挙動を解析する強力なツールです。QD-SPT実験により、脳の2大構成細胞である神経細胞とアストロサイトにおける膜の自己組織化の戦略と生理的関連性について、多くのことがわかってきました。

分子のふるまいから何がわかるのか?

人間のふるまいにその人の考えが現れるように、分子のふるまいにも多くの情報が現れています。 1分子イメージングにより膜分子のふるまいを「観る」ことにより、神経細胞やグリアにおける自己組織化機構の存在と重要性が浮き彫りになってきました。
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近年、脳神経疾患を模した神経細胞、グリア細胞において、膜分子のふるまいに異常がおこっていることが次々に報告されています。私たちは、その分子のふるまいの異常を細胞レベルの病態と捉え、このふるまいの異常がおこるメカニズムと、ふるまいの異常と脳神経疾患発症との関連を調べる研究を行なっています。

これまで見えなかった生命現象を「観る」ための新しいツールの創出

生命現象を「観る」「操作する」技術の開発

分子のふるまいも、細胞の中のシグナル伝達も、それを「観る」ための技術開発なくしては捉えることが不可能です。さらに当研究室では、新たな生命科学の疑問に答えるために、新しい生命現象を「観る」ためのツールを開発する研究も行なっています。1分子イメージングの技術も、一度開発すれば終わりではなく、これまでの技術の限界を克服するような研究が行われています。現在は分子の状態変化を生きた細胞内で見るためのプローブ開発を行なっています。また、仮説の検証のために、細胞内の分子のふるまいを操作するための技術開発を進めています。
これまでの技術開発の例

Featured Publications

Bannai H, Lévi S, Schweizer C, Dahan M, *Triller A. “Imaging the lateral diffusion of membrane molecules with quantum dots.”
Nature Protocols 1:2628-2634. (2006)
http://www.nature.com/nprot/journal/v1/n6/full/nprot.2006.429.html
 

Bannai H, Lévi S, Schweizer C, Inoue T, Launey T. Racine V, Sibarita J.B, Mikoshiba K, Triller A.
“Activity-Dependent Tuning of Inhibitory Neurotransmission Based on GABAAR Diffusion Dynamics”
Neuron 62:670-682. (2009)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S089662730900347X

 

Arizono M, *Bannai H, Nakamura K, Niwa F, Enomoto M, Matsu-Ura T, Miyamoto A, Sherwood MW, Nakamura T, *Mikoshiba K. “Receptor-selective diffusion barrier enhances sensitivity of astrocytic processes to metabotropic glutamate receptor stimulation.”
Science Signaling 5: ra27. (2012)
http://stke.sciencemag.org/content/5/218/ra27


Bannai H1 Niwa F1 Sherwood MW, Shrivastava AN, Arizono M, Miyamoto A, Sugiura K, Lévi S, Triller A*, Mikoshiba K*. (1: co-first author) “Bidirectional Control of Synaptic GABAAR Clustering by Glutamate and Calcium”
Cell Reports, 13: 2768-2780 (2015)
http://www.cell.com/cell-reports/abstract/S2211-1247(15)01414-X


 Bannai H, Inoue T, Hirose M, Niwa F, Mikoshiba K "Synaptic Function and Neuropathological Disease Revealed by Quantum Dot-Single-Particle Tracking" 

Neuromethods 131-155 (2020)
https://link.springer.com/protocol/10.1007/978-1-0716-0532-5_7


REVIEW Article

*Bannai H
"Molecular membrane dynamics: Insights into synaptic function and neuropathological disease"
Neuroscience Resaerch, 129: 47-56 (2018) * Selected for Cover
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168010217302274


*Bannai H, Niwa F, Sakuragi S, Mikoshiba K.

Inhibitory synaptic transmission tuned by Ca2+ and glutamate through the control of GABAA R lateral diffusion dynamics.Dev Growth Differ. 62(6):398-406.(2020)

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/dgd.12667