音場再現を阻害する前面反射
音場再現を阻害する前面反射
■前面側面積はできるだけ小さくする
スピーカーの前面構造は音を放射するための構造であると同時に不要な反射の発生源にもなるため、高い音質と自然な音場再現を実現するためには前面側面積をできるだけ小さくすることが重要になります。
スピーカーの前面側面積は、音質および音場再現に大きく影響する要素の一つです。
その影響は主に次の二つに分けて考えることができます。
1)スピーカーユニットの振動板面積による影響
2)ユニット自体の大きさおよびユニットを取り付けるバッフル板による影響
1)の振動板面積については、面積が大きくなるほど指向性が強くなるという特徴があります。 指向性は音場再現に大きく関係する重要な要素であるため、この点については別の項で説明します。
ここでは主に、2)のユニット自体の大きさおよびバッフル板による影響について述べます。
■バッフル面積とエッジ反射
スピーカーの前面側に広い面積が存在すると、エッジ反射による時間遅れが発生します。
スピーカーから放射された音は
スピーカーから放射 ⇒ バッフル面に沿って進む ⇒ バッフル端に到達 ⇒ 端部で回折 ⇒ 二次音源として再放射
という過程を経て、時間遅れを伴った音として再放射されます。
この反射音は Impulse Response や ETC では小さな反射成分として現れます。
また、前面側面積が広くなるほど、この反射音の遅れ時間は大きくなります。
■従来のスピーカー設計
従来のスピーカー設計では、バッフル面積を利用するという考え方もありました。
面積が大きいほど前方への放射が強くなり、音像が明瞭に感じられる場合があるためです。
しかし、この方法はスピーカーユニット以外の要素を利用して音質を調整する方法であり、長所と同時に短所も存在します。
特にスピーカーユニットの性能が高くなるほど、これらの副作用の影響は相対的に大きくなる傾向があります。
■音質への影響の検証
この影響を確認するため、トゥイーター周囲に反射物を設置した場合の音質変化を比較しました。
反射物には、外径100 mm、厚さ1 mmの円盤状の紙製バッフル(適度な内部損失を有する材料)を使用しています。
まず、図の左側に示すように、VCD型トゥイーターをユニット単体の状態で試聴します。
次に、図の右側に示すように、トゥイーター前面に紙製バッフルを設置した状態で試聴し、両者の音質を比較します。
その結果、反射板を取り付けた場合、次のような変化が確認されました。
① 繊細さの低下
② 透明感の低下
③ 見通しの良い音場の縮小
特に③については、左右スピーカーの外側まで広がっていた音場が狭くなり、外側方向から聞こえていた音が減少したように感じられます。全体として、それまで感じられていた音の魅力が大きく失われた印象になります。
つまり、トゥイーターユニットの周囲に外径100mm程度の反射物が存在すると、前述の①〜③のような音は再生されなくなってしまいます。
トゥイーター前面に配置されたバッフルが時間特性に与える影響を確認するため、紙製バッフルの有無による比較を行いました。
下図に、Impulse Response、ETC(Energy Time Curve)、および Step Response の測定結果を示します。
【測定条件】
●音響測定ソフト:REW(Room EQ Wizard)
●測定距離:10 cm
●帯域条件:3 kHz ~ 96 kHz(Butterworth HPF 2次×2,LPFなし)
●サンプリング周波数:192 kHz
●正規化条件:ピーク正規化
●ETC smoothing:0.03 ms
外径100 mm のバッフルを前面に設置すると、初期応答には大きな変化は見られない一方で、100 µs以降の遅延エネルギーが増加し、時間領域での収束性が低下する傾向が確認されます。
■Impulse Response の特徴
初期応答の 0~60 µs において、赤(バッフル無し)と緑(紙製バッフル有り)はほぼ一致しており、ユニット固有のトランジェント特性に有意な変化は認められません。
このことから、バッフルの影響は駆動系や制動系には及ばず、主として外部音場に起因するものであり、ユニット本来の初期応答(直接音)は維持されていると考えられます。
60~120 µs の第2ピーク領域では、特に約70~110 µs において、赤の方がやや大きく、緑は相対的に抑えられています。一見するとバッフル有りの方が良好に見えますが、この差は、前面バッフルによる反射およびエッジ近傍での回折の影響により、エネルギーが時間方向に分散した結果と考えられます。すなわち、赤はエネルギーが時間的に集中した応答であるのに対し、緑は反射成分の重畳によりエネルギーが分散している応答となっています。
さらに、180~250 µs 領域においては、緑に明確な増加が認められ、これは前面バッフルによる反射に起因する遅延成分と考えられます。
この遅延時間は約200 µsに相当し、音速換算で約68 mmとなります。これはバッフル半径(約50 mm)と同程度の距離スケールであり、バッフル由来の反射経路と整合する結果といえます。
以上の時間特性の差異は、音質に対して以下のような影響を与える可能性があります。
・赤 (バッフル無し):音像の輪郭が明瞭で、立ち上がりが速く、減衰もクリーンであるため、空間表現は引き締まった印象となる傾向
・緑 (バッフル有り):時間分散および遅延成分の増加により、音像がわずかに膨らみ、高域の微細音(例:ハイハット)がやや滲み、空間は広がるものの焦点がやや甘くなる傾向
■ETC(Energy Time Curve)の特徴
初期応答(0~100 µs)においては、赤(バッフル無し)と緑(紙製バッフル有り)は概ね一致しており、直接音のエネルギー分布に大きな差は認められません。
これは、バッフルの有無によらず、ユニットの初期放射特性が維持されていることを示しています。
一方、100 µs以降では両者に明確な差が現れ、特に150~400 µsにおいて、緑は赤に対して減衰が遅く、エネルギーが高い状態が持続しています。
この差は、前面に設置された紙製バッフルによる反射成分が時間遅れで重畳しているためと考えられます。
さらに、約200 µs付近に見られるエネルギーの増加は、Impulse Responseで確認された遅延成分と対応しており、前面反射による寄与と整合しています。
この遅延時間は音速換算で数十mmスケールとなり、バッフル寸法と対応関係を持つことから、主に前面反射経路に起因すると考えられます。
結果として、バッフル有り条件ではエネルギーの時間的収束が遅れ、時間分散が増加していることが示されます。
■Step Response の特徴
初期立ち上がり(0~100 µs)においては、赤と緑はほぼ同一であり、ユニットの初期応答速度および直接音の立ち上がり特性に差は認められません。
このことから、バッフルの設置は駆動・制動特性には影響を与えていないと考えられます。
その後の100~400 µs領域では、緑は赤に対して応答の振幅がやや大きく、収束までの時間も長くなっています。
これは、前面バッフルによる反射成分が遅れて加算されることで、Step応答における二次的な応答が強調されているためと解釈されます。
また、ImpulseおよびETCで確認された約200 µs付近の遅延成分は、Step応答においても膨らみや収束遅れとして現れており、三者の結果は相互に整合しています。
このように、バッフル有り条件では時間方向のエネルギー分布が広がり、応答の収束が緩やかになる傾向が示されます。
■Impulse・ETC・Step の指標を統合した物理的解釈
以上の結果を総合すると、以下のように整理できます。
・初期応答(直接音成分)は両条件でほぼ一致しており、ユニット固有の再生特性に有意な変化は認められない
・両者の差異は、主として遅延成分の追加(前面反射)として現れている
・回折は副次的要因であり、主因は前面反射であると考えられる
・バッフルの影響は、時間分散の増加としてImpulse・ETC・Stepのすべてに一貫して現れている
これらの時間特性の違いは、以下のような聴感差として現れる可能性があります。
・バッフル無し:音像の輪郭が明瞭で、立ち上がりが速く、減衰がクリーンな傾向
・バッフル有り:バッフル有り:前面反射による遅延成分の付加により、音像がわずかに拡散し、空間的な広がりが増す一方で、焦点がやや甘くなる傾向
これらの影響は一般に、時間分解能の低下(いわゆる“にじみ”の増加)として現れる可能性があり、具体的には以下のような変化として知覚されると考えられます。
・音像の輪郭がやや曖昧になる
・微細な定位および空間表現が弱くなる
・高域の切れが低下する傾向がある
同様の比較試聴を、図に示すように一般的なドーム型トゥイーターに対しても実施しました。
使用した機種は、バッフルサイズが小さく VCD-DT63 と形状的に近い HiVi TN25(VCD-DT63:42 mm、TN25:54 mm、いずれも方形)です。
しかし、この場合には、VCD-DT63で確認されたような変化はほとんど認められませんでした。
これは、VCD-DT63において低下したと感じられた成分が、TN25ではもともと顕著に再生されていないためと考えられます。
なお、既存の多くのスピーカーシステムでは、トゥイーター周囲は広いバッフル面によって構成されています。
これは、バッフルの有無による音質差が相対的に小さいため、その影響が顕在化しにくいことを示しているとも解釈できます。
HiVi TN25 についてもトゥイーター前面に配置されたバッフルが時間特性に与える影響を確認するため、紙製バッフルの有無による比較を行いました。
下図に、Impulse Response、ETC(Energy Time Curve)、および Step Response の測定結果を示します。
【測定条件】
●音響測定ソフト:REW(Room EQ Wizard)
●測定距離:10 cm
●帯域条件:3 kHz ~ 96 kHz(Butterworth HPF 2次×2,LPFなし)
●サンプリング周波数:192 kHz
●正規化条件:ピーク正規化
●ETC smoothing:0.03 ms
さらに、VCD-DT63 および HiVi TN25 について、紙製バッフルの有無による Impulse Response、ETC(Energy Time Curve)、Step Response の測定結果を重ねて示します。
【測定条件】
●音響測定ソフト:REW(Room EQ Wizard)
●測定距離:10 cm
●帯域条件:3 kHz ~ 96 kHz(Butterworth HPF 2次×2,LPFなし)
●サンプリング周波数:192 kHz
●正規化条件:ピーク正規化
●ETC smoothing:0.03 ms
■HiVi TN25 の特性
VCD-DT63 と同様に、前面バッフルを設置すると、Impulse、ETC、STEP の各応答において遅延エネルギーの増加および減衰の遅れが確認されます。
これは、前面反射の影響が特定の方式に限られたものではなく、一般的に生じる現象であることを示しています。
一方で、VCD-DT63 と比較すると、TN25 における差異は明確な遅延ピークとして現れるのではなく、遅延成分が後方(遅い時間側)に分散する形で現れる傾向があります。
ただしこれは、新たに遅い時間側へ引き延ばされているという意味ではなく、エネルギーが時間的に広く分布している状態を示しています。
これは、ドーム型トゥイーターが本来持つ時間分散の大きい応答特性により、反射成分が既存の応答に重畳しやすいためと考えられます。
その結果、バッフルによる物理的影響自体は両者に共通して存在するものの、その現れ方はユニット固有の時間特性によって異なるといえます。
■前面側面積を小さくする必要性
以上の結果から、ある程度以上の音質および音場再現を実現するためには
・ユニット間の干渉を防ぐ
・前面側の反射面積を小さくする
という観点から、各ユニットを分離して配置し、前面側面積をできるだけ小さくする構造が重要になります。
なお、この問題はVCD方式に限ったものではなく、他の方式のスピーカーユニットでも同様です。 特に、AMT(Air Motion Transformer)と呼ばれるタイプはユニット単体の外形が直径10cm程度になる場合も多く、それだけで前述の①〜③のような音を再生することが難しくなります。添付したイメージでは、例として Mundorf AMT21CM2.1-C と VCD方式のトゥイーターを実際のサイズ比で掲載しています。同じトゥイーターであっても、ユニット周囲の前面側面積が大きく異なることが分かると思います。
また、既存のスピーカーシステムでは、トゥイーターとその周囲の反射物の面積が直径10cm相当以上になる場合がほとんどであるため、①〜③の音はそもそも再生されていない可能性が高いと言えます。
■VCDスピーカーの設計思想
以上の結果から分かるように、前面側の面積が大きい構造では、バッフル端で発生する回折や反射を避けることができません。これらの反射音はわずかなレベルであっても時間遅れを伴うため、音の立ち上がりや微細な情報を覆い隠し、繊細さや透明感、音場の見通しといった要素を損なう原因となります。スピーカーの前面構造は音を放射するための構造であると同時に不要な反射の発生源にもなるため、音の純度を高めるためには前面側面積をできるだけ小さくすることが基本原則になります。また、バッフル端で発生する反射の時間遅れは、スピーカー中心からバッフル端までの距離にほぼ比例して増加し、その遅れは ETC では初期反射として現れます。
しかし、従来のスピーカー構造では、ユニットの外形やバッフル板の面積が大きくなるため、この影響を根本的に避けることは困難でした。
VCDスピーカーでは、この問題を前提から見直し、ユニット周囲の前面側面積を極力小さくする構造を採用しています。これにより、エッジ反射による影響を最小限に抑え、スピーカー本来の音の立ち上がりや微細な空間情報を損なうことなく再生することが可能になります。