VCD(ボイスコイル・ダイアフラム)スピーカーの高性能は、振動板の高剛性化や材料特性に依存することなく振動の伝搬を抑制する「VCD構造」と、広範囲にわたり一定方向の強力な磁場を形成する「VCD用磁石板」という、二つの革新的技術の組み合わせによって実現されています。
■VCD構造の振動板
VCD(Voice Coil Diaphragm)構造の振動板は、平面磁界駆動型の振動板と外観は似ていますが、性能に直結する部分において根本的に異なる構造を採用しています。
●導電体間に間隔がない高密度構造
VCD構造では、導電体(ボイスコイル)を隙間なく高密度に配置しています。これはVCD独自の特徴です。
・幅方向の不要な振動を大幅に低減
隣接するコイル同士が幅方向の動きを相互に抑制し合うため、振動は前後方向に限定されます。その結果、幅方向振動に起因する不要な振動を大幅に低減し、より理想的なピストンモーションに近い動作を実現します。
・背面音の漏れ抑制
導電体間に隙間がないため、背面側で発生した音が前面側へ漏れにくい構造となっています。背面音は時間的遅延を伴い、周囲で反射して位相や波形が乱れているため、 その漏れを抑えることは時間特性および歪の低減に大きく寄与します。
さらに、各導電体が小さな単位で分かれて振動伝搬が抑制されることにより、より厚みのある振動板の採用が可能となり、背面音の漏れ抑制効果は一層高まっています。
・磁界利用効率の向上
導電体が高密度に配置されるため、磁束を効率よく利用することが可能になります。
●極薄・柔軟な可動支持部
導電体を支える支持部(可動支持部)は極めて薄く柔軟であり、各導電体が小さな単位として独立して前後方向に振動できる構造となっています。
この構造により、従来方式と比較して極めて高い振動制御性能を実現しています。
・振動伝搬の抑制
各導電体が小単位で独立して動作するため、振動板全体にエネルギーが広がりにくく、不要な振動伝搬を大きく抑制できます。
・定常波抑制に伴う分割振動の低減
振動板上に定常波が形成されにくく、その結果、分割振動の発生を大幅に低減します。
このようにVCD構造は、時間領域特性の改善を構造的に実現する振動板設計です。
なお、「極薄・柔軟な可動支持部」は、「導電体間に間隔がない高密度構造」だからこそ実現できるものです。隣接するコイル同士が相互に支え合うため、支持部に求められる機械的負担が小さくなり、極薄で柔軟に動作する可動支持部の実現が可能となっています。
さらに、この「導電体間に間隔がない高密度構造」自体も、広範囲にわたり一定方向の強力な磁場を形成できる「VCD用磁石板」があって初めて成立するものです。
■VCD用磁石板
VCD(Voice Coil Diaphragm)用磁石板は、磁化方向の異なる複数の小磁石を組み合わせた構造を採用しています。この構成により、VCD振動板領域において、①高い磁束密度、②広範囲な磁場形成、③面内での均一な磁場分布という三つの要件を同時に満たすことが可能です。
各小磁石の磁化方向および配置範囲は、これらの特性が最大限に発揮されるよう、数値シミュレーションに基づいて最適化されています。
●高い磁束密度が得られる磁化方向とは
本シミュレーション画面では、直径100mm、厚さ10mmの円柱状磁石板を対象とし、その中央断面を表示しています。 本画面において、X軸は半径方向、Y軸は磁石厚み方向を示します。磁石部は緑色の格子(□)で示しています。
VCD振動板は磁石板表面から5mm離れた位置に、磁石板と平行に配置しています。画面上では目盛り「+5」の位置に相当します。
振動板半径10~45mmの範囲を導電体部(オレンジ色の線)と定義し、有効駆動領域と設定しています。
VCD振動板の導電体にローレンツ力を発生させる磁束は、振動板面に対して平行で、かつ半径方向の成分です。本稿ではこれを「有効磁束成分」と定義します。本解析画面では、中心から外周へ向かうX方向成分がこれに該当します。
磁石板内部の各位置における最適磁化方向は、有効駆動領域内における有効磁束成分の面平均値(単純平均)が最大となる条件として求めました。
その結果得られた磁化方向分布を、磁石部内の矢印で示しています。
なお、本解析は有限要素法(FEM)による3次元解析を用い、無励磁静磁場条件で実施しています。
●VCD用磁石板の磁束分布
本シミュレーション画面は、VCDトゥイーター用磁石板の磁束分布を示したものです。磁石部は緑色の格子(□)で表示しています。磁石板中央部には円筒状の開口部を設けていますが、これは振動板取付用の構造であり、音通過孔ではありません。
VCD振動板は、磁石板表面から0.75 mm離れた位置に磁石板と平行に配置しています。画面上では目盛り「0」の位置に相当します。本トゥイーターでは、振動板半径4~12.5 mmの範囲(オレンジ色の線)を有効駆動領域とし、その範囲に導電体を配置しています。
空間中の磁束方向は、磁束密度の大きさに比例した長さの線で示しています。
VCD振動板の導電体にローレンツ力を発生させる磁束のうち、有効磁束成分は振動板面内の半径方向成分と定義しています。本図では、振動板位置における当該成分の分布を評価対象としています。
画面下部のグラフは、振動板位置における有効磁束成分の大きさを半径方向に沿って示したものです。
磁石板を構成する小磁石は、有効駆動領域(オレンジ色の線)内において有効磁束成分が可能な限り均一となるよう設計されています。そのための主な設計条件は、以下のとおりです。
1.有効磁束成分を効率的に最大化しつつ広範囲に分布させるための小磁石の磁化方向および配置範囲
2.小磁石間に設けた音通過孔の位置および寸法(有効磁束成分の均一化を考慮)
3.磁石板全体の組立性および構造的合理性
なお、本解析は有限要素法(FEM)による3次元解析を用い、無励磁静磁場条件で実施しています。
本シミュレーションは、比較のためにVCDトゥイーター用磁石板と同一の磁石体積を用い、従来型の磁石配置を想定した場合の磁束分布を示したものです。
構成は、中心部に外径11 mm・厚さ7 mmの円柱状磁石を配置し、その外周側に外径40 mm・内径22 mm・厚さ7 mmの円筒状磁石を配置しています。
解析はVCDトゥイーター用磁石板と同様に、有限要素法(FEM)による3次元解析を用い、無励磁静磁場条件で実施しています。空間中の磁束方向は、磁束密度の大きさに比例した長さの線で表示しています。
磁石板表面から0.75 mm離れた位置(画面上では目盛り「0」の位置)における有効磁束成分(振動板面内の半径方向成分)を半径方向に沿ってプロットした結果が、画面下部のグラフです。
振動板半径4~12.5 mmの範囲(オレンジ色の線)を有効駆動領域とし、その範囲に導電体を配置した場合、グラフは大きく波打ち、駆動力に顕著なばらつきが生じることが確認できます。有効駆動領域内の磁束密度も低く、その単純平均値はVCD磁石板と比較して約1.5倍の差があります。
このような従来型構成において、VCDトゥイーター用磁石板と同等の有効磁束成分を確保することは、単純に磁石量を増やすだけでは実現できません。これは、有効駆動領域から離れた位置にも磁石を配置せざるを得なくなるためです。実際の試行においても、振動板背面という条件下で磁石使用量を大幅に増加させましたが、同等の有効磁束成分を得ることはできませんでした。
また、有効磁束成分が小さい場合であっても、有効駆動領域内においてVCD磁石板のような均一な分布を実現することはできませんでした。
■ 総括: 駆動原理を再定義するVCD技術
VCD技術は、従来の延長線上にある改良ではありません。
振動板と磁気回路を一体として再設計し、駆動原理そのものを見直すことで生まれた、新しいスピーカー構造です。
振動を板面に伝搬させず、背面の音を構造的に遮断するVCD構造。
音を振動板全体からではなく、駆動源から直接放射させるという発想に基づいています。
そして、駆動に必要な磁束だけを効率よく集中させるVCD磁石板。
この二つを統合することで、従来方式では両立が難しかった「俊敏な立ち上がり 」「速やかな減衰 」「高い駆動効率 」「不要振動の抑制 」を同時に実現しています。
単に剛性を高めるのでも、磁石量を増やすのでもありません。
振動の伝わり方と磁束の流れを根本から最適化すること。
そこから生まれる音は、駆動源の動きがそのまま空間に現れるような、応答の速さと静けさを併せ持つ極めて明瞭な再現性を示します。
VCDは、スピーカー設計の常識を再定義するための技術です。
それは「構造から音を変える」という、新しいアプローチの提案です。