武蔵野と相模野という2つの台地を隔てる丘陵
この特徴的な地形こそが、多摩丘陵地域の個性的な歴史を育む場となりました。
歴史を知るためにはまずその背景を知らなければなりません。
多摩丘陵の地形はどのように形成されたのか?
ここでは百万年を超える地形の物語を見ていきましょう。
関東地方では約200 万年以上前から東京湾などの平野中心部が少しずつ沈み、逆に周縁部が高くなるという地質現象が続いています(関東造盆地運動)。
武蔵野台地と相模野台地を隔てる丘=多摩丘陵ができたのも、この運動が一つの要因です。
多摩丘陵は武蔵野台地と相模野台地に比べて谷が入り組んだ複雑な地形をしていますが、これにも理由があります。
多摩丘陵を含む関東平野は50万年以前にはほとんどが海の下にありましたが、陸からの土砂が積もることで少しずつ陸地化していきます。
多摩丘陵は相対的に標高が高いため早くに陸地化し、水によって土地が削られることで複雑な谷が形成されたのです。
ここでは多摩丘陵(多摩センター駅周辺)と武蔵野台地(渋谷駅周辺および小平駅周辺)の地形図をあげました。
多摩丘陵が最も早く陸地化し、渋谷駅周辺がその次、小平駅周辺は3つの中で最も新しく陸になった場所です。
海底では土砂等がなだらかに積もっていくため、陸地化した直後はほぼ水平な地形が広がることになります。
一方で陸地化後は雨が降ることで地表に川が形成され、地形を削って谷を作ります。
谷に露出した地層からは地下水が染み出し、それがまた川を作ることで、陸地化した土地には徐々に鹿角状に谷が入り組み、地面が削られることで平地の面積は少なくなっていきます。
陸地化した時期の古い多摩丘陵では谷が何重にも入り組み、平地の面積はかなり少なくなっています。
それに対して小平駅周辺は陸地化の時期が最も新しく、右上の黒目川が形成した谷等を除いてはほぼ平坦な土地が広がっていることがわかります。
渋谷駅周辺はその中間で、平地部分もそれなりに残っていますが谷もかなり発達し、地形の凹凸が目立ちます。