学び舎の地下に眠る歴史を守る
― 中村直子教授(埋蔵文化財調査センター)インタビュー ―
― 中村直子教授(埋蔵文化財調査センター)インタビュー ―
Q.どのような方法で鹿児島大学の歴史とかかわっていますか?
鹿児島大学の歴史の中でも、埋蔵文化財の調査に日々従事しています。
郡元キャンパスや桜ヶ丘キャンパスは埋蔵文化財包蔵地として行政的に登録されています。
そのため、鹿児島大学の建物の建て替えや増築にともなう掘削工事の際には、文化財保護法に基づき、地下の埋蔵文化財を保護する必要があります。
しかし、学内の教育研究活動のために、埋蔵文化財に影響が及ぶ場所や方法で工事を実施せざるを得ない場合があります。
そのような場合、「記録保存」としての発掘調査を実施することになります。
工事で破壊される前に、発掘調査を行って詳細な埋蔵文化財の記録を取り、その成果を発掘調査報告書として刊行することにより、「記録保存」を行うという事です。
具体的には、埋蔵文化財調査センターでは、施設部等で計画された建物工事について説明を受け、協議を重ね、発掘の計画を立てます。
平均すると、一年の半分を協議と報告書作成に、もう半分を調査に注いでいます。
発掘は遺跡を破壊しながら行う調査です。
厳密に言うと、同じ場所を調査し直すことはできません。
そのため、これまでの調査で蓄積された周辺のデータをもとに、できるだけ少ない発掘調査範囲で調査が達成できるような計画を心がけています。
Q.郡元キャンパスにはどのような歴史が残っていますか?
郡元キャンパスには、様々な遺物や遺構がのこっています。
たとえば、弥生時代の水田遺構が残っており、これは現在確認できる弥生時代水田遺構の南限となっています。
また、古墳時代の遺構の充実度は特に高く、住居跡が密集して出土しており、また住居跡の件数や遺物の量や種類も多いことから、この地域の拠点的な集落だったと考えられます。
また、遺跡からは縄文時代以降の様々な遺物が出土しています。特に、南九州独自の形態や器種をもつ古墳時代の成川式土器が大量に見つかりました。
ただし、近畿地方等で作られた須恵器や金銅製品、さらにガラス小玉など、南九州では製作されないものも出土することから、広域的な交流もおこなっていたことがわかります。
Q.鹿児島大学の歴史をどのように守り、活用していきますか?
文化財保護法を遵守し、破壊する範囲をできるだけ少なくしながらよりたくさんの情報を得ることができるようにしたいと考えています。
たとえば、地中レーダー探査やボーリング調査などを導入すれば、破壊の範囲を小さくしながらデータを得ることができ、その地の解釈につなげることができます。
また、これまでの調査で出土した遺物は学内に収蔵されていますが、新しい研究方法を導入することにより、新しい視点でさらなる情報を得ることができる場合があります。
埋蔵文化財調査センターでは、報告済みの遺物でも収蔵するだけでなく、新しい研究方法に積極的に活用してより詳細なデータを出し、それらをまとめて遺跡の解釈ができるようにしたいと思っています。
そうすれば、学内の施設整備事業と文化財保護を両立しながら、より迅速に調査を進めていくことができると思います。
こうした方法を取り入れながら、限られた予算の中でより多くの研究成果をあげることができるようなシステムづくりをおこなっていきたいと考えています。
Q.鹿児島大学生へのメッセージをお願いします。
鹿児島大学構内遺跡で出土した遺物は、総合研究博物館常設展示室、農学部100周年記念展示室など、学内のあちこちで見ることができます。
キャンパスの地下には、たくさんの埋蔵文化財が残されています。
各時期のものが学び舎の下にあることを時に思い出して、それがきっかけとなって歴史に対する興味を持ってもらえたら嬉しいです。
興味のある方は埋蔵文化財調査センターへお越しください。
中村先生ありがとうございました
(インタビュー:S、T、M)