令和7年度 東京学芸大学国語国文学会大会 アーカイブ
日時:令和7年(2025年)6月22(日)13:00~
開催形態:ハイフレックス(会場対面とオンライン、発表者は会場にて発表)
対面会場:東京学芸大学講義棟 S103
1、 開会の辞
本学准教授 長谷川 真史
2、 研究発表 13:00~
①高等学校漢文授業実践報告 唐詩を多角的に読む 13:00-13:35
塚原詩織(早稲田大学系属早稲田実業学校中等部・高等部)
本発表は、高校二年次の生徒を対象とした漢文授業実践報告である。近体詩 特有の「①構成(各句や句同士の関係)」の理解を軸に置きながら、「②効果的 な言葉」、「③背景」、「④典故」を含めた四点から鑑賞することで、唐詩に描出 された世界をより立体的に読み取ることをねらいとした。
本実践では、まず盛唐の詩人王維の「山居秋暝」詩を取り上げた。例えば、 頷聯「明月松間照 清泉石上流」は、透明感や清らかさといった共通した性質 が詩句としてのまとまりを持たせている一方で、「明月」は天上、「清泉」は地 上の事物というように、対照的である。他にも、故事に基づいた詩句の指摘や、 秋の季節感を踏まえた読解など、多角的な鑑賞が、一層深まりをもった読み取りに繋がることを確認した。
単元の後半には、盛唐の詩人杜甫の「登高」詩を提示した。上と下、縦と横、静と動など、細部に至るまで技巧に富んだ対句が並べられた全対格の律詩である。生徒自身が多くの気づきを得ながら読むことが期待できるという選定理由 のもと、「山居秋暝」詩で培った視点を活かした読解を促した。生徒からは各句 の対比が指摘された他、前半と後半が「自然」と「人事」の対比となっている 点も指摘され、杜甫の境遇と重ねて読もうとする姿が見られた。先述した四つ の視点の中で、①と③に偏った課題は残るが、生徒が作者に一歩近づいた立場 で唐詩を鑑賞できたことは、成果として挙げられる。⇒資料
②絵本『浦島太郎』における古典享受の展開―戦後から現代までの絵本を中心に― 13:40-14:15
山城昂大(東京学芸大学大学院教育学研究科教育実践専門職高度化専攻)
浦島太郎には、古くは『 日 本 書 紀 』の時代から現代の絵本へと、異郷訪問譚や時間を封じ込めた箱の登場など、変わらず継承されている基本的な話 型が存在する。一方で、浦島と乙姫の関係性や亀との出会い方、物語の結末と いった部分に目を向けると各時代で話型が異なることが三浦祐之や三舟隆之に より指摘されている。また林晃平は、戦後の絵本『浦島太郎』数種に着目し、昭和前期の絵本には国定教科書の影響による表現の固定化があるとし、そして後期( 戦後 )には表現の多様化、及び平成期には地域独自の伝承の絵本化があるとした。
本発表では、戦後の絵本『浦島太郎』における古典の享受の在り 方に注目する。それにあたり、国立国会図書館国際子ども図書館所蔵の絵本約 七〇冊の話型の調査・分析を行った。その結果、戦後一九四五年から約二〇年 後の一九六七年までの絵本の話型には古典の享受があまり感じられなかったが、一九六七年頃以降から現在までの絵本には『風土記』『万葉集』『御伽草 子』等の古典作品にみられる乙姫との出会いや結婚、そして鶴への転生といっ た話型の利用があることが明らかになった。
この時期の絵本において古典の享受がなぜ行われるようになったか、その理由や背景について、絵本史や国語科教育史との関わりをふまえながら考察する。また、浦島太郎の文学史における当代絵本の位置づけについても言及したい。⇒資料
③「くま」と「わたし」の異質性を読むために—川上弘美『神様』ノート— 14:20-14:55
栁澤 瑛香(長野県飯田風越高等学校)
川上弘美『神様』(1998(平成10)年刊)は、人間の「わたし」と「くま」が散歩する一日を描く短編小説で、2003(平成15)年から今日に至るまで、教科書や補助教材に採択され続けている。このテクストにおける「くま」は、人間らしい動きと熊らしい動きの両方を行っているように描かれており、現実世界の熊とは異なる。そのため読者は、語り手の「わたし」よりも「くま」の方に注意を向けやすくなっているといえよう。しかし、「くま」への視線が「わたし」だけ他の登場人物と異なっていることから、実はテクスト内では「わたし」も「くま」同様に異質な存在であると考えられる。また、一見平和な関係の「くま」と「わたし」だが、「くま」が散歩した一日を振り返って「旅行から帰ってきたような気持ち」と言うのに対して、「わたし」は「悪くない一日だった」と日記に綴っており、両者には気持ちの温度差があると見える。「くま」とのゆるやかな時間が終始「わたし」の目を通して語られているために、常に思いやりのある様子でいる「くま」の姿はよく確認できるものの、語り手の「わたし」の様子にはかえって気づきにくくなっているのである。
本論では、以上の解釈を踏まえて「わたし」の異質性や「くま」との差を考えさせるために実践した学習活動と、その指導の結果を簡単に示す。そのうえで、生徒の読みを深めるために行うべき指導を検討していく。⇒資料
④継承のあり方を巡って古典観を更新する学習者の学び——時代を映す巾幗英雄「木蘭」と「ムーラン」の足跡を辿る—— 15:00-15:35
遠藤清将(宝仙学園中学校・高等学校/東京大学大学院情報学環教育部)
本研究の目的は、先行するテクストとアダプテーション作品の比較を通して、古典の継承のあり方を考えることで、学習者が古典観を更新する学びの実態を明らかにすることである。そのために本研究では、高等学校第1学年の学習者32名を対象に、漢詩とそのアダプテーション映画を比較する実践を行った。さらに、質問紙調査、ワークシートの記述分析、話し合いとインタビューの発話分析を行うことで学習者の学びを分析した。実践は、従来の古典教育が古典をカノンとして捉える古典観に基づき、学習者不在の状態に陥る傾向にあったことへの問題意識から、テクストを社会文化的に構築され、動的なものとして捉える古典観に基づいて構想した。教材には、中国の巾幗英雄を描いた木蘭伝説の発端である南北朝時代の古楽府「木蘭詩」と、そのアダプテーション作品である1998年公開のディズニー映画「ムーラン」を取り上げた。それぞれのテクストには、孝の思想を体現する木蘭と、自己実現とフェミニズムを体現するムーランが父に代わって出征する姿が描かれている。一連の調査の結果、古典を不変のカノンと見なしていた学習者が、2つのテクストの比較とアダプテーションに関わる要因の検討を経て、テクストが歴史的コンテクストと不可分であり、古典が各時代の文化や思想の影響を受けながら内容や媒体を変えて現代にまで継承されていることに気付き、古典観を更新する学びの実態を記述することができた。⇒資料
⑤自己効力感を高める高等学校国語科の実践方略―国際バカロレア教育・ディプロマプログラムの授業視察より― 15:40-16:15
影山恵礼名(東京学芸大学大学院教育学研究科教育実践専門職高度化専攻)
OECDの国際比較調査により、我が国の子供たちのウェルビーイングは低いとの傾向が報告されている。ウェルビーイングに繋がる自尊心や自己効力感は、社会情動的スキルと呼ばれ、認知スキルと相互作用を及ぼす存在として重要視されている。本研究では、この社会情動スキルの中でも自己効力感の向上を目指し、高等学校国語科の実践開発を行うものである。本発表では、国際バカロレア(IB)認定校を複数見学する中で、自己効力感向上の要点を見出したため、自己効力感の定義とともに述べていく。
自己効力感とは、「困難な状況に対処できる能力があるという信念」であると心理学の領域でバンデューラによって定義されている。IB校の実践では、少人数学級での授業による心理的安全性の生成、探究的な生徒主体の協働の場の構築、文学の解釈において唯一の正解ではなく納得解を求めていく思考の指導の三点が行われていた。この三点が複合的、螺旋的に行われる学習方略により、生徒たちの自己受容感と自己効力感を向上させることに効果があることが見いだされた。自己の経験や思考から生まれた考察を認め合う場の実現による自己受容感や、その考察によって読みの深化が生まれることによる自己効力感を得ていたというものである。今後は、この要素を高等学校国語科の実践に活かして開発していくことが課題である。⇒資料
3、 講演 16:30~17:30
マルチモーダルな意味づくりとその方法―体系機能理論を援用したSF-MDAに焦点を当てて―
奥泉 香 (東京学芸大学)
講演者紹介
奥泉 香(東京学芸大学).博士(教育学,早稲田大学). 専門は国語科教育学.全国大学国語教育学会2020年度優秀論文賞受賞. 主な著書・論文に、「文字や表記システムと社会的実践としてかかわる」『かかわることば』(共著, 東京大学出版会, 2017)、『国語科教育に求められるヴィジュアル・リテラシーの探求』(単著, ひつじ書房, 2018)、「マルチモーダルな視点から教材を見つめ直し、国語科の学習に必要な関連理論の枠組みを吸収する」『これからの国語科教育はどうあるべきか』(共著, 東洋館出版, 2024)等がある.
4、総会 17:30~
5、懇親会 18:15~
日時:令和6年(2024年)6月29(土)13:00~
開催形態:ハイフレックス(会場対面とオンライン、発表者は会場にて発表)
対面会場 東京学芸大学講義棟S303
1、開会の辞 本学准教授 中村純子
2、研究発表 13:05~
①平安時代かな文学における鶴の空間表象史 ――『詩経』「鶴鳴」から和歌へ、そして物語へ―― 13:05ー13:40
早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程/日本学術振興会特別研究員 草野勝
平安時代の人々は動物に対して何を考えたのだろうか。そもそも〈動物〉なる概念自体が現代と異なっていた彼らの価値観において、〈動物〉に対する理解、〈動物〉を用いた表象は大きく異なっている。
その特徴の一つとして、空間への着目を取り上げたい。特に渡り鳥などの移動する鳥は、いかなる場所に居つき、どこへと飛び去るのかといった問題が、人々の関心を誘ったらしい。人々は鳥を通して空間を認識したし、また鳥の空間移動に寓して人事的な変化を理解したのである。
本発表では、平安かな文学における鶴の空間表象を取り上げる。この時代の鶴の表現の一つの流れとして、『詩経』「小雅」の「鶴鳴于九皐、声聞于天」(鶴九皐に鳴き、声天に聞こゆ)を淵源とする沢と空の二つの空間の移動が、極めて重要な意味を持って表現史を形成している。この鶴の空間表象史は、中流貴族、特に蔵人頭の職能と関わらせて、述懐や沈淪と結びつく人事的表象を担うことが知られる。
本研究ではさらに、多様な人事的意味へと広がりゆく鶴の空間表象を連続的に捉え、平安貴族たちの鶴の空間性に対する認識を明らかにする。述懐にとどまらず多様な表象が生成していく時に、鳥の(和歌的な)生態や生息域への関心が大きく横たわっていたことに思いをいたしてみたいのである。さらにそうした鶴の空間性が、ずらしを伴って、特に作り物語の中でさらなる広がりを見せていくことを、表現史として描出する。 ⇒資料
②高等学校国語科における「比べ読み」学習理論の構築に関する探索的研究
――教科書教材文におけるメディア批評の複数性に着目して ―― 13:45-14:20
東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科 田中秀憲
本発表の目的は、国語科教科書のメディア批評における意見や主張の多様さ、すなわち複数性の解明を通じて、国語科における説明的文章教材の「比べ読み」学習研究に対する批判的介入と理論の構築に向けた探索的研究を試みることである。本発表の研究対象は、高等学校「現代の国語」教科書に採録される「評論」「論説」「随筆」「随想」といった説明的文章ジャンルの教材文である。
本発表は次の四段階で構成される。まず、主に国語科教育学研究における「比べ読み」学習を中心とした説明的文章ジャンルに関する先行研究を整理する。次に 、「 現代の国語」教科書のメディア批評を参照し、科目や教材文に構築される複数性を示す。そして、「 「 現代の国語」教科書に構築されるメディア批評の複数性は「比べ読み」においてどのような意味を持つのか」という問いを設定し、社会学者の北田暁大(2005;2011)がゼロ年代批評の文脈で提起した「つながりの社会性」を援用しながら応答を試みる。最後に、教材文同士におけるゼロ年代批評の類縁性に着目した、教科書の「メインテクスト」教材文同士を「比べ読み」するアプローチを探索的に考察する。
以上より、国語科における「比べ読み」学習の課題を明らかにしつつ、その相克を目指す理論の可能性を示唆したい。⇒資料
[引用文献]
北田暁大(2005)『 嗤 う日本の「ナショナリズム」』NHKブックス ――――(2011)『増補 広告都市・東京—その誕生と死―』ちくま学芸文庫
③CLD 児の初期から自律的学習段階までの日本語力把握のための指標の検討
――日本語参照枠と国語科学習指導要領の分析から―― 14:25ー15:00
東京学芸大学 教職大学院 国際理解・外国人児童生徒教育サブプログラム 山岸 友真
文化的・言語的に多様な子ども(以下、CLD児)の増加で、その日本語指導・教科学習支援が課題とされてきた。その充実には、日本語学習の初期から教科学習に自律的に参加できる段階までの日本語の能力の把握が重要だが、未だ日本語と国語科が目標とする日本語能力を包括的に捉えた指標はない。
本研究では、日本語参照枠や測定ツール等と国語科学習指導要領(以下:指導要領)に示される日本語の能力を、「書く」ことに焦点化して比較分析し、日本語能力の発達過程を評価する指標に求められる要素を検討した。
検討した日本語の評価参照枠は、文化庁の生活Can-do等である。各資料から、「書く」ことの目標・内容、能力記述文(以下、項目)を抽出してカテゴリー化し、重視される要素を抽出した。次に、その項目を指導要領の知識・技能と思考・表現・判断力の内容と照応し、どの学年相当かを判断し配列した。
その結果、①日本語参照枠では「書く」力として、文章を構成する力などが重視される、➁そこで示されている能力は指導要領では中学一年相当に留まる、③日本語参照枠には漢字の知識・技能、書く前の段階に関わる思考・表現・判断力に該当するものがほとんどなかった。
初期から自律的学習期へと学習を進展させる上では、参照枠と指導要領の単純な接続では不十分で、年齢に応じて内容の拡張や柔軟な配列の検討のために参照できる評価の枠組みが必要であることが示唆された。⇒資料
④自立という「狂気」 ――島崎藤村「ある女の生涯」論―― 15:05ー15:40
早稲田大学大学院教育学研究科国語教育専攻 修士 1 年 泉春名
1921(大正10)年発表された島崎藤村「ある女の生涯」は、夫を亡くし一人で生きてきたおげんが家を出て一人娘と暮す「隠れ家」を求めつつも、精神病院に入院させられ精神病院で一人亡くなるまでの様子が語られる。
本論では、まず発狂し老座敷で亡くなったおげんの父に注目する。座敷牢で亡くなったおげんの父の「狂気」と精神病院で亡くなったおげんの「狂気」がどのように家族から眼差され、語られてきたのかを比較し、おげんの「狂気」について同時代的な精神病院の状況等から検討していきたい。また、1914(大正 3)年の生田花世に端を発した平塚らいてうらの「貞操論争」を中心とするテクスト発表当時女性解放運動について調査し、同時代的に求められた女性の在り方を確認し、それまでのおげんお生き方について検討する。その上で、テクスト最終部にあるおげんの姪であるお玉の夫の「もうそろそろ夜が明けそうなものですなあ」という言葉を取り上げ、先行研究においては婦人の目覚めつまりは自立として解釈されていたこの言葉についてどのように読むことができるかを再考する。これらにより、おげんの「狂気」を引き起こしたものとは何だったのか、おげんの「狂気」が成し得たこととは何だったのかを考えていく。⇒資料
3、講演 16:00~
国語科教育と「アクティブ・ラーニング」 本学講師 篠崎祐介
講演者紹介 東京学芸大学日本語・日本文学研究講座国語科教育学分野講師。2015 年に広島大 学にて学位取得後、立正大学、玉川大学、千里金蘭大学等をへて
現職。国語科の読 み書き領域を中心に、教員と学習者の相互行為としての学習指導の在り方を探究し ている。
4、閉会の辞 17:25~ 本学准教授 長谷川真史
5、総会 17:30-
日時 令和5年(2023年)6月24日(土)13:30-17:30
会場 (対面) 東京学芸大学講義棟S303(主会場) S306(分科会)
開会 13:30-13:40 S303教室
口頭発表 13:45-15:30 S303・S306教室
第一分科会(S303)
(1)13:45~14:15
作中人物の引用行為と政治力学についての分析―『源氏物語』賢木巻から須磨巻における『史記』引用をめぐって
草場英智氏(私立星野高等学校)
(2)14:20~14:50
変幻する「シヨツプガール」 横光利一「七階の運動」試論
鳥井杏珠氏(日本工業大学駒場中学・高等学校)
(3)15:55~15:25
子どものアイデンティティと言語学習再考—成人学習者に対する調査からの示唆—
米本和弘氏 (東京学芸大学)
第二分科会(S306)
(1)13:45~14:15
話し合い学習指導における学習者観の拡張―学習者の実態を捉える四象限モデルの提案―
遠藤清将(東京学芸大学大学院教育学研究科教育実践専門職高度化専攻)
(2)14:20~14:50
2つの小学校における児童作文の比較—形式名詞コトの使用方法に着目して—
笹島眞実氏(新宿区立四谷小学校)
講演 15:40-17:00
講演題目 架橋する古典文学ー物語の理論・授業実践・アダプテーションー
斉藤昭子(東京学芸大学)
日時 令和4 年(2022年)6月25日(土)13:30-17:30
会場 web会議システムZoomを用いたオンライン開催
開会 13:30-13:40
口頭発表 13:45-15:30 2分科会
第一分科会(ルーム1)
(1) 13:45-14:15
『枕草子』の〈随筆〉性と教材としての役割について
内野 晴菜氏(青山学院大学大学院文学研究科日本文学専攻)
(2) 14:20-14:50
中学校国語科における「古語」に着目した古文指導の可能性
川口 結氏(江戸川学園取手中・高等学校)
(3) 14:55-15:25
サ変動詞の語基となる外来語の音韻的特徴
小林正拓氏 (大阪学院大学高等学校 常勤嘱託教諭)
第二分科会(ルーム2)
(1) 13:45-14:15
無意味への浮遊、残る享楽という残響―澁澤龍彦「ぼろんじ」論―
浜地百恵氏(早稲田大学大学院文学研究科日本語日本文学コース)
(2) 14:20-14:50
高等学校における日本語指導の取り組み-学校設定教科・科目に着目して-
工藤聖子氏・武内博子氏・齋藤ひろみ氏・見世千賀子氏(東京学芸大学)
講演 15:40-17:00
漱石文学における階層間の競争意識 伊藤かおり氏(東京学芸大学)
日時 令和3年(2021年)6月26日(土)13:30-17:30
会場 web会議システムZoomを用いたオンライン開催
開会 13:30-13:40
口頭発表 13:45-15:30
訓読本『曾我物語』における〈名〉意識
上田悠人(早稲田大学大学院生)
記憶を記録すること―滝口悠生『茄子の輝き』を中心に―
佐藤隆(埼玉県新座市立新座中学校)
共同推敲が「書き手」の読者意識に与える影響─「書き手」と共同推敲者の対話に着目して──
堀口史哲(立教女学院小学校)
ドイツ語母語日本語学習者の形容詞否定表現の使用―話し言葉と書き言葉の比較分析―
平井里美(お茶の水女子大学大学院生)
高等学校国語科における方言の持つ教育可能性について
齋木龍真(兵庫県立伊丹北高等学校)
なぜ漢文を学ぶか? ─中国古典研究と漢文教育のあり方について
長谷川 真史
(PDF)