令和8年度 東京学芸大学国語国文学会大会
日時:令和8年(2026年)6月28(日)12:30~
開催形態:ハイフレックス(会場対面とオンライン、発表者は会場にて発表)
対面会場:東京学芸大学講義棟 W110(西講義棟)
1、 開会の辞
本学教授 疋田 雅昭
2、 研究発表 12:30~
①中学校授業実践報告 現代日本語に生きる漢文 12:30-13:05
塚原 詩織(早稲田大学系属早稲田実業学校中等部・高等部教諭)
「漢文」という言葉すら聞きなじみのない中学一年次の生徒に、漢文といかに出会わせ、身近に感じてもらうか―これは、国語科教員の使命であると考えていた。しかし、教室で「矛盾」という言葉を耳にしてはっとした。多くの生徒はすでに「故事成語」という形に姿を変えた「漢文」に出会い、自分の言葉にまで取り込んでいるのである。国語科教員の使命とは、漢文に出会わせることではなく、出会っていたことに気付かせることなのではないか。そのように考え直し、本単元を設計した。
本単元は「①故事成語の意味調べ」、「②故事の読解」、「③故事成語辞典の制作」という三段階に区分できる。①は現代日本語、②は中国古典文学を切り口としており、③はそのどちらにも触れながら取り組む課題である。①では国語辞典を用いて「故事成語は現代日本語」という意識を強め、②に移行する段階で「故事」の意味を明らかにした。「守株」と「助長」の故事を読みながら、白文が書き下し文になるまで、また故事が故事成語になるまでの過程を辿った。③では、生徒それぞれに故事成語を割り当て、その意味、故事、具体的な場面を一ページにまとめさせた。漢文と日本語が切り離せないことを改めて意識させるねらいがあり、本単元のまとめにあたる。
漢文学習への導入の方法は様々であろうが、生徒に「漢文は敷居の高いものではない」と思ってもらえたという意味では、一定の成果を挙げられたのではないか。
②『前太平記』における源高明・藤原千晴の造形──「金平本」としての叙述の論理── 13:10-13:45
奥田 粋ノ介(国士舘大学他非常勤講師)
元禄期成立の『前太平記』は、後世の演劇や読み物に多大な影響を与えた作品でありながら、作品そのものを対象とした考察は十分とは言い難い。辞典類で「史書」「通俗読み物」「軍記」と分類が分かれるように、本作は歴史叙述と虚構性が混在しており、そのジャンル上の位置付けは今なお曖昧な状態にある。
そこで、寛政頃の随筆『異説まちまち』において、本作が金平浄瑠璃(頼光四天王とその子息を題材とした浄瑠璃)に連なる、「金平本の類」と説明されている点に着目する。これは、『前太平記』が、単に頼光四天王とその周辺を扱っているためではなく、満仲・頼光親子ら清和源氏を絶対的な正義として据える論理を、金平浄瑠璃と共有しているためであると想定する。
以上を踏まえ、本発表では、『前太平記』における安和の変の描かれ方、及びその中心人物とされる源高明と藤原千晴の造形に焦点を当てる。高明は「人の鑑」と評され、千晴は英雄たる秀郷の子であったが、この事件によって謀反人となり、代わって清和源氏が台頭する。歴史的に不透明な部分が多いこの事件をいかなる創作によって埋め、源氏の正統性を担保しているのか。安永三年の浄瑠璃『前太平記古跡鑑』で、両者が頼光と直接敵対する主要な悪役として造形されていることも視野に入れつつ、『前太平記』が彼らの謀反をいかに意味付け、描いているのかを分析し、叙述の特質を明らかにして作品を捉え直す新たな視座を提示したい。
③学習者の言語使用と自己認識の関係―表現の選択とイメージに関する調査を通じて― 13:50-14:25
稲田 知陽(筑波大学大学院教育学学位プログラム次世代学校教育創成サブプログラム国語教育領域)
本研究は留学生が日本語の表現選択において、自分らしさを表すことをどのように意識しているのかを明らかにすることを目的とする。
横内(2021)は役割語の観点から、日本語教科書では学習者は「謙虚」「お行儀がいい」「丁寧」というキャラクター像で均質化されていると指摘する。ここから学習者は、日本語で自分らしさを表せず違和感を覚えている可能性が浮かび上がる。
そこで留学生の認識を捉えるために留学生21名(日本語能力は中級以上)を対象に、初級教科書の会話場面における表現選択、その表現へのイメージ評価(9観点における5段階評価)、教科書の表現に関する質問紙調査を実施した。なお表現選択やイメージに関しては、母語話者(大学生)51名にも同調査を行い比較検討した。
その結果は、①留学生の表現選択は母語話者と殆ど相違なかった。その選択理由は「教科書で学んだから」であった。②留学生間で各表現のイメージには違いがあった。③留学生は教科書の表現使用による自分らしさ喪失の恐れに特段の注意を払っていない。
以上より留学生は先行研究が指摘した教科書による学習者像の固定化を必ずしも問題視せず、周囲から肯定的な評価を得られる教科書の表現を戦略的に捉えているケースがあることが実証的に確認された。この結果からも、日本語教科書の表現に関し選択可能な多様な表現を提示すること、選択のために各々の表現がもつイメージ情報を提供する重要性が指摘できる。
④ミステリ/恋愛小説の閾——1980年前後の連城三紀彦 14:30-15:05
清水 智裕(立教大学文学研究科日本文学専攻 博士課程前期課程)
連城三紀彦(1948〜2013)は1978(昭和53)年1月、「変調二人羽織」にて『幻影城』という「探偵小説誌」を標榜する雑誌の第3回新人賞に入選した。
かくして〈本格ミステリ冬の時代〉とも呼ばれる1970〜1980年代には希少な本格ミステリの書き手としてデビューを飾ったのだが、短篇集『恋文』(1984年)の直木賞受賞前後から、恋愛小説家へ転身したという見方が広がった。
確かに作者自身こうした見方を裏付けるような言説を残しているのだが、一方で恋愛小説と見做されていた連城のテクストはミステリとして読まれてしかるべきだったという再評価が没後を中心になされることとなる。
この捩れた事態の解明には、ミステリ/恋愛小説という二分法に連城のテクストを閉じ込めず、同時代において何を〈ミステリ〉、あるいは〈恋愛小説〉とまなざしてきたか、その認識を明らかにせねばならない。
以上の問題意識のもと、1980年前後の諸短篇、同時代の評価などを〈連城三紀彦〉という署名で結ばれた言説群として読み直す。この読み直しは連城の〈転身〉のみならず、〈本格ミステリ冬の時代〉という実態の有無が問われがちな現象の再考、ひいては1980年前後の〈文学場〉の一端の解明を射程に入れつつ行いたい。
⑤現実と空想の均衡にみる「イーダちゃんの花」の読みの様相 15:10-15:45
齊藤 千尋(茨城県守谷市立黒内小学校)
小学校低学年では、多くの空想的な物語教材を扱う。子どもたちは現実を超えた物語世界を楽しんで読むが、感じたことを表そうとすると「おもしろい」「かわいそう」等の画一的な語で単純化されてしまう傾向がある。指導者側も登場人物の視点や教訓性といった従来の枠組みから抜け出せていない現状がある。本実践では、物語教材がもつ豊かな空想性を味わい、語彙の少ない子どもたちの表現活動を促すため、マルチモーダルな言語活動を設定した。具体的には、「読むこと」の学習の総仕上げとして、小学2年生を対象にアンデルセン童話「イーダちゃんの花」(1835)を用いた実践を行った。現実と空想の二重構造をもつ枠物語である同作には、少女の視点を通した花の生と死、そして再生が描かれている。初発の感想で花の死を「喪失」と捉えて悲しんでいた児童Mに着目すると、折り紙の花、絵画表現、花の匂い等、多様なモードを介在させて読み進める中で、死と再生の連続性に気づき、授業終盤の発言には読みの変容がみられた。また学級全体でも、共同制作したイメージ画を児童らが自発的に「2年6組の花」と名付けて充足感を感じる様子がみられた。低学年の児童にとって、多様なモードを重ね合わせた学習は物語の読解を深める上で重要であり、それらを活用することで、大人でも難解な物語の本質的主題に迫り、空想的な物語を通して自らの現実を豊かに捉え直していくことが可能だといえよう。
⑥エージェンシーを育む「書」の表現活動
―中・高の接続とVCOの視点を入れた授業づくり― 15:50-16:25
矢田 真菜(東京大学教育学部附属中等教育学校)
エージェンシーとは、学習者が自己効力感を持ち、自律的に望ましい目標を達成するために、自己調整し、学習する力である。国際バカロレア教育プログラムでは、エージェンシーを育成するための要素を「Voice」「Choice」「Ownership」と設定している。
前任の川崎市では、生徒のエージェンシーを育む3年間の系統的・継続的な書写の授業モデルづくりを行い、生徒が自ら表現したいものに向かって主体的に考え、他者と関わり、自己調整する力を高めることができた。また、「これからの生活でも書を鑑賞したり、気持ちを伝えたりする手段として親しんでいきたい」と96%の生徒が肯定的に捉えていた。
本校では「探究」に力を入れ、「生徒がエージェンシーを発揮して自らの興味・関心を深めていく、『探究』していく授業」を学校全体として目指している。中学3年生と高校1年生、授業者が共に学ぶ課題別学習が開設されており、今年度の課題別学習の「創造する書」では、3つの要素を取り入れて授業を実施している。前期は書を通した自己表現により自己効力感を育み(Voice)、様々な書体を学んで表現の幅を広げ(Choice)、 多様な書道の経験をもつ異学年の生徒が互いの作品を価値づけ、認め合う(Ownership)。後期はそれまでに培ったエージェンシーを働かせて書道パフォーマンスを全員で行い、その場にいる鑑賞者とも、書による表現を生涯にわたって行う価値を共有していきたい。
本発表では、これらの年間計画のうち導入にあたる「創作漢字」の授業について生徒の姿と作品の変化を分析し、中・高接続と3つの要素の視点で成果を述べる。
3、 講演 16:35~
東京学芸大学における中国古典学
石村 貴博(東京学芸大学)
講演者紹介
石村 貴博(東京学芸大学)1976年、神奈川県生まれ。國學院大學中国文学科卒。同大学博士課程単位取得満期退学。専門は中国古典。共訳に李浩著『唐代文学氏族の研究』(研文出版 2009年)、共著に『詳説漢文句法』(筑摩書房 2017年、改訂版2021年)。
4、 閉会の辞
本学教授 疋田 雅昭
5、 総会 17:40~
6、 懇親会 18:10~