Research

光合成膜タンパク質の構造ダイナミクスに関する研究

光合成は,植物や藻類が行う光エネルギーを化学のエネルギーに変換する反応であり,ほぼ全ての生物の生存を支えています。光合成では光化学系IIおよび光化学系Iと呼ばれる巨大なタンパク質複合体がそれぞれ光エネルギーを吸収して効率よく利用しています。光化学系IIは水から電子と水素イオンを取り出して酸素を放出する反応を行い,光化学系Iは二酸化炭素の固定に必要な還元力を供給しています。地球上至る所に存在する水分子は安定で、これを酸化(分解)するのは容易なことではありません。光化学系IIの水分解反応を触媒しているのがマンガンクラスターとよばれる触媒部分です。マンガンクラスターではSi状態サイクル(i=0-4)と呼ばれる5つの周期的な中間体状態を遷移しS3S4S0の段階で酸素分子を発生しています。このとき水分子は水素イオンと電子と酸素分子に分解されることになります。水を分解する実体である,光化学系IIのマンガンクラスターの立体構造は長い間謎に包まれていました。2011年に岡山大学と大阪市立大学の研究グループが光化学系IIの結晶の品質を大幅に改善することに成功しました。その結果,射光X線を用いて結晶構造が解析され,4つのマンガン原子と1つのカルシウム原子と5つの酸素原子からなるクラスターを形成することが明らかになりまし(図),この構造は強力な放射光によって損傷を受けたものであることが問題となっていました(Umena et. al., Nature, 2011)。また解析された結晶構造はS1状態と呼ばれる触媒反応の始まりに相当するものなので反応機構を明らかにするには残された中間体状態の構造が不可欠でした。


X線自由電子レーザーは,放射光の10億倍明るいX線をフェムト秒の時間スケールで発振する新しい技術で。これにより,光化学系IIの放射線損傷を受けていない構造や駆動する瞬間の立体構造の解析可能になりました。我々は,何百もの光化学系IIの結晶に日本のX線自由電子レーザー施設SACLAが発振するパルスX線を照射して,S1状態の光化学系IIの構造を1.95 Åの高解像度で解析しましたSuga et. al., Nature, 2015)。この解析からマンガンクラスターの詳細な原子間距離やMn原子の電荷分布の状態が明らかになりました2015年に発表したS1状態の無損傷結晶構造に関する論文は日本のSACLAを用いて初めてNature誌に発表されたもので,これまでに1000回以上引用されています。この論文はSACLAの高い技術力を世界にアピールしただけでなく,光化学系IIの理論計算や分光学の解釈にも貢献しており,”The 1.95 Å-structure has become the standard for the following discussions.”と評価されています(Junge, Quarterly Reviews of Biophysics, 2018)。


上述の無損傷構造は,反応開始状態に関するものであり,順次変化する水分解反応の詳細はベールに隠されたままでした。続いて我々は光化学系IIの微小結晶にレーザー光を励起して反応を開始させ,その構造変化をX線自由電子レーザーによって2.35 Åの解像度で解析しました。その結果,S3状態ではマンガンクラスターの内部にあるMn原子とMn原子を架橋する酸素原子O5の近傍に,酸素原子に相当する電子密度が新たに見つかりました。これはS3状態ではマンガンクラスターがMn4CaO6クラスターに変化することを示しており(図2),酸素原子O5と新たに見つかった酸素原子O6によって酸素分子が形成される反応機構を提案しています(Suga et. al., Nature, 2017)。


O5O6による反応機構は受け入れられましたが,これら酸素原子の化学構造や反応機構に関するさらなる議論を引き起こしました。そこで我々は2つの中間体を含む3つの状態の立体構造を2.15 Åの高解像度でさらに解析しました。その結果,酸素分子の形成に必要と考えられる2つの酸素O5O6の原子間距離に基づいてこれら酸素原子の化学的な性質を明らかにしました。また反応に必要な水分子を取り込むための経路や反応で生じた水素イオンを排出するための経路を見いだしました(Suga et. al., Science, 2019)。


わたしたちが普段目にしている世界を高速カメラで見ると、全く違うものに見えることはよくあることです。例えばドライブレコーダーの映像では LED 信号機の光が点滅しているように見えます。これと同じで、上記の構造解析は触媒に水分子が取り込まれた後の「準安定」な姿を捉えたものであり、その途中に何が起こっていたのかはわかりませんでした。従って、反応の途中に酸素の材料となる水分子がいつ、どこを通って触媒まで到達するのかも不明でした。また光化学系IIのような巨大なタンパク質の内部をとても小さな電子が高速で移動する瞬間や、化学結合が形成される瞬間において、タンパク質がどのように動く(振る舞う)のかということは一般的によくわかっていません。しかし、持続時間が数十フェムト秒(1 フェムト秒は 1000 兆分の 1 秒)の X 線自由電子レーザーの X 線パルスを用いれば、タンパク質の動きを高速カメラのように捉えることが可能となります。


我々は、時間分解シリアルフェムト秒結晶構造解析法を微小なサイズの光化学系 II の結晶に適用し、ポンプ-プローブ実験を行いました。光化学系 II の結晶に可視光のレーザー閃光を 1~2 発照射すると、水を分解する反応サイクルが S1状態から S2~S3状態と呼ばれる状態に進みます。ここでレーザー閃光に引き続いてナノ秒からミリ秒の一定時間経過後に X 線自由電子レーザーを照射すれば、次の状態に進行している瞬間に相当する動的構造の X 線データを取得することができます。そこで、光化学系 II が光を吸収して、次の状態の形成が始まる 20 ナノ秒から、その形成が終結する 5 ミリ秒までの時点の立体構造を 6 つ(20 ナノ秒、200 ナノ秒、1 マイクロ秒、30 マイクロ秒、200 マイクロ秒、5 ミリ秒)(1 マイクロ秒は 100 万分の 1 秒)を捉えることに成功しました。さらに S1 状態から S2 状態に進む時の構造変化と、S2 状態から S3状態に進む時の構造変化をそれぞれ解析することで、反応サイクルの S 状態の違いによる影響も調べました。この実験では全部で 14 個の立体構造のスナップショットを得て解析しました。

これにより、巨大な光化学系 II の内部では、電子の流れに呼応して、タンパク質、水分子、集光色素などがオーケストラのように協奏的に働き、ドミノ倒し的に相互に作用を伝えることで、水の移動や取り込み、水素イオンの排出が進行する様子が観測されました(図3)。また、これらの働きによって運動性の高くなった水分子が、“ゆがんだイス”の中のカルシウムイオンに過渡的に結合した後に、触媒内部へと取り込まれていく様子が初めて観測されました(Li et. al., Nature, 2024)。


これらの一連の研究で明らかになった光合成における水分解・酸素発生反応の仕組みは,基本的な生命現象の解明だけでなく,光エネルギーを利用して水から電子と水素イオンを取り出して有用な化学物質を作り出す人工光合成の技術を開発するための重要な知見を与えると期待されます。これらの研究は岡山大学沈建仁研究室をはじめとする、多くの研究者との共同研究によるものです


図1.  光化学系IIの立体構造

歪んだイス型をしたマンガンクラスター触媒は4つのマンガン、1つのカルシウム、5つの酸素原子から構成される。O5と呼ばれる酸素原子(シアン色)は特殊な位置にあり、反応性が高いことがわかるため、反応の基質となる可能性が考えられた。






図2.  S状態変化に伴うマンガンクラスターの立体構造の変化

左がS1状態、右がS3状態を表す。O5とO6と呼ばれる特殊な酸素原子をシアンで示す。黒色、青色、赤色の球はマンガン、カルシウムイオン、酸素原子。












図3.  S状態変化に伴うマンガンクラスターの立体構造のダイナミクス

実験から考えられる、マンガンカルシウムクラスターが水分子を取り込んで酸素分子を形成するメカニズムX線自由電子レーザーのパルスを用いて構造の変化をコマ撮りして解析した。