深夜零時を回った渋谷、いつもなら人の波が途絶えることのないこの街も、今は驚くほど静まり返っていた。
闇に包まれたビル群と人気のない交差点が、まるで異世界へと繋がる口を開けているかのようだ。
先ほどまで激しい戦闘の余韻を残すその場所には、数人の少女たちの姿があった。
制服の袖には、血のような黒い液体がまだ乾ききらないままこびりついている、彼女たちは、この街に突如出現した大型怪異を無力化したばかりだった。
「……討伐完了。」
少女の体躯に不釣り合いな大盾を構える少女、神山 愛梨が低く呟き、あたりを見回す、残るのは怪異の痕跡だけで、人の営みが消えたこの街と相まって異質さを際立たせていた。
その異様さは、人々が行き交う光景を想起する事が困難なほどに、あまりにも現実離れしていた。
「魔特01より本部へ、対象を討伐、周囲の安全を確保しつつ現場を警視庁へ移管します。」
「了解、怪異の痕跡はなるべく残さないようにお願いします。」
本部との通信を終えると、愛梨は他の隊員に他部隊の状況を尋ねる
「新宿方面へ向かった第2部隊からの報告は?」
隊員は答える。
「未だありません、まぁあっちはC級の群れだそうですし、数に手こずってるだけじゃないですか?」
「それなら良いんだけど……」
愛梨は嫌に高鳴る胸を抑えて呟く。
「嫌な予感がする」
少女たちは怪異の消滅を確認すると、次の行動を待つべくその場に留まった、警察への現場移管が完了するまで。
それが彼女たち「八咫烏」に課せられた最後の任務だ。
だが、その一瞬の静寂が、さらなる波乱を告げる前触れであることを、彼女たちはまだ知らない。
八咫烏本部の通信司令室は、青白い光を放つ大型モニター群に支配されていた。
無機質な光が室内を照らし、津守課長の険しい顔を闇の中に浮かび上がらせる、画面には次々と討伐完了の報告が映し出され、その数の多さに課長の眉間の皺が深く刻まれていく。
「妙だな……」
課長は低く呟き、報告に目を通す。
発生した怪異の場所、種類、その規模。どれを見ても一見すると無作為に見える。しかし、彼の目には奇妙な規則性が映り始めていた、あまりに"偏りがない"。
通常、怪異は人が集まる場所や霊的に歪んだ地点、人の放つ負の感情が滞留する墓地や寂れた市街地、事故現場だった場所や人の集まる学校などの施設に偏るものだ、それが今回は、繁華街や人通りの多い幹線道路などにも発生しており、あまりにも均等に配置されているように見えた。
「課長、どうしました?」
オペレーターの一人が気配を察して声をかける。
「いや、どうも引っかかる。今回の件、自然発生したにしては発生場所に偏りが無さすぎる。そう思わないか?」
津守課長は顎に手を当てながらモニターに目を戻す。
「と、言いますと?」
「まるで、八咫烏の隊員たちを都内全域に分散させたいという意図があるかのようだ。」
オペレーターの顔に緊張が走る。「まさか……」と、彼女の喉が音にならない言葉を漏らした。
「本部の警戒体制を一段階引き上げろ。嫌な予感がする――」
そう課長が言い終えるか終えないかの瞬間だった。
上階から「ドーン!」という轟音が響き渡る、通信司令室全体が揺れ、モニターのいくつかが火花を散らしながら暗転する。
「何だ?爆発!?」
オペレーターの一人が叫ぶが、津守課長は既に非常事態用の通信端末を手にしていた。
その目は鋭く、混乱に飲まれるどころか次の一手をすでに考え始めていた。
「全隊員に告ぐ! 本部が襲撃を受けた!直ちに迎撃体制を取れ!」
課長の怒号が響き渡る、だが、その警告は遅すぎたのかもしれない。
乾いた発砲音が本部内に響き渡り始める。
「あれ……おかしいですね。本部との連絡が繋がりません。」
渋谷の現場にて、周囲を警戒しながら警視庁への移管を待っていた八咫烏の隊員たち、その中の一人、立川 美琴が、不安げに通信機を確認しながら呟いた。
「通信状況はどう?」
冷静な声で尋ねたのは愛梨だった。彼女の表情には警戒の色が浮かんでいる。
「良好です。障害はありません。でも、こんなこと初めてですよ。」
「いつもなら、報告をサボった私たちが本部にドヤされるのにね。」
北条 七海(コードネーム:ネプチューン)が茶化すように口を挟む。しかし、アイリの表情は硬いままだった。
「こちら魔特01、本部、応答してください!」
自分でも通信を試みるアイリ、しかしアイリの呼びかけも虚しく、サーっというホワイトノイズがインカムに帰ってくるのみだった。
「美琴さんは本部への呼びかけを、ネプチューンさんは待機中の隊員たちに招集をかけてください。」
「急にどうしたの?」
不思議そうに問うネプチューンを、愛梨は鋭い眼差しで見返す。
「おかしいと思いませんか?都内全域での怪異同時発生、そして、本部との通信途絶、何か良くないことが起きている、そんな気がするんです。」
「もしかして、いつもの直感ってやつ?」
冗談めかした声に、愛梨は答えず険しい表情を崩さない。
「……了解。すぐ動けるよう準備しておくよ。」
ネプチューンはそう返すと、周囲の待機隊員たちに声をかけ始めた。その背中を一瞬見送ると、愛梨は視線を地面に落とし、再び思考の深みに沈む。
偶然にしてはタイミングが良すぎる、愛梨の胸の中には、言葉にならない違和感が広がりつつあった。
すると、遠くからサイレンの音が近づき、次の瞬間、警察車両が次々と現場に押し寄せてきた。その中には、SATの装甲車も混ざっている。
「なんでSATが……?」
一人の隊員が思わず呟く。
警察車両は八咫烏の隊員たちを囲むように配置されると、ドアが開き、次々と警官たちが姿を現した、そして、車体を盾に取ると同時に、その全員が銃口をこちらに向けてくる。
「ちょっと、何が起きてるの!?」
困惑した隊員の声が響くが、愛梨は言葉を発することもできず、目の前で繰り広げられる異常な光景をただ見つめていた。
そんな彼女たちの前に、SAT隊員たちの間を悠然と歩み寄る男が一人いた、スーツを着たその男は、整った顔立ちに不気味な笑みを浮かべている。
「こんばんは、八咫烏の皆様。」
男は冷静な声で切り出した。
「突然のことで驚かせてしまったかもしれませんが、無駄な抵抗はしないでいただきたい。我々に従うのが賢明です。」
愛梨はその言葉に疑問をぶつけるように問いかけた。
「一体どういうことですか?なぜ私たちが銃を向けられるんです?」
「これは失礼、確かに、説明が必要ですね。」
男は薄く笑いながらポケットから一枚の紙を取り出した。
その紙を見せつけるように広げると、男は告げる。
「あなた方八咫烏には、国家転覆を企て、都内全域で破壊活動を行った疑いがかけられています。テロ行為及びテロ等準備罪に該当するため、すぐに武装を解除し、我々の監視下に入っていただきます。」
その言葉に、周囲の空気が一層張り詰めた。男の目は笑顔とは裏腹に、どこまでも深い闇を湛えていた、光のない瞳は、覗き込めば底が見えないほど病的な冷たさを宿している。
「馬鹿げている……!」
愛梨は一歩前に出ると静かに反論した。
「私たちはそんなことをする理由も目的もありません、一度本部へ帰投し、課長と神祇省の確認を仰がせてください。」
その瞬間、男の笑顔が消えた。唇がわずかに歪み、その顔に影が落ちる。
「大人しく従っていればいいものを。」
低く呟いたその声には、抑えきれない怒りが混じっていた。
男は振り返り、SATの隊員たちに鋭く指示を出す。
「撃て。」
「しかし、彼女たちはまだ――」
ためらう隊員に、男の目がギョロリと動く。その表情は冷たく、怒りを通り越した狂気さえ漂わせていた。
「何度も言わせるな。撃て。」
短く吐き捨てるように命じるその声に、SAT隊員たちは虚に従い始めた。
「……了解。」
そう応じると、SATの一人が大きな声で号令をかける。
「打ち方始め!」
その瞬間、銃声が響き渡り、夜の静寂は破られた。
「伏せて!」
アイリが持ち手に力を込め、咄嗟に盾を構えながら叫んだ。しかし、その声は瞬く間に周囲に響く銃声にかき消される。
突然の銃撃に隊員たちは完全に不意を突かれた。
「きゃああっ!」
悲鳴を上げる者、同じく盾を構え必死に身を守ろうとする者、近くの装甲車を遮蔽物にしようと動く者、そしてその場にしゃがみ込んで動けなくなる者。混乱は瞬く間に広がり、誰もが何が起きたのか理解できていなかった。
断続的に響く銃声と、盾や装甲車に叩きつけられる銃弾の衝撃音。その音は渋谷の夜を引き裂き、街を戦場へと変えていく。
「いやっ、嫌ぁぁぁあ!」
恐怖に押しつぶされ、地面に座り込んで叫び続ける九重 白波。震える体が一歩も動けず、ただそこに留まるしかなかった。
そうなるのも無理はない、八咫烏は専ら怪異に相対する訓練を行っており、仲間であるはずの人間から殺意を向けられるなど想像すらしていなかった。
「危ない!」
白髪のポニーテールをたなびかせ、ノア・メルヴィレイは咄嗟に白波の元へ駆け寄る、その場で震える白波の腕を掴むと、力強く装甲車の影へと引きずり込んだ。
しばらくして激しい銃撃は徐々に勢いを失い、散発的になり始める。ノアは白波の肩を揺さぶりながら、静かに語りかけた。
「白波、大丈夫?」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……嫌だ、死にたくない、死にたくない……」
譫言のように呟き続ける白波。ノアは深く息を吐き、その肩を掴み直す。
「白波!キミはメディックだ、このメンバーの中で唯一生死に影響を与える事ができる、そうだろう?」
「ノアさん……」
銃撃が止み、愛莉は周囲を見渡しながら叫んだ。
「みんな、無事?!」
「ナタリー、異常ありません!」
盾で体を守っていたナタリー・オールドマンが力強く返答する。愛梨と同じく盾を装備した彼女は他の隊員達が退避する隙を作るため、SATの銃撃をその身で防ぎきった。
だが、別の声が愛莉の胸をざわめかせる。
こちら美琴!ネプチューンさんが……!」
「ネプチューンさん!?」
振り返った愛莉の目に映ったのは、右腕を押さえながら美琴にもたれるネプチューンの姿だった。
「……私は大丈夫よ。ただのかすり傷……だから」
気丈に笑みを浮かべてみせるネプチューンだったが、その腕には鮮血が滲み、黒いジャケットに赤黒い染みが広がっている。
「そんな……、メディック、白波さん!」
愛莉の悲痛な声が響く。
「行けるな?」
ノアが白波の目を見据え、静かに問いかける。白波は震える声を抑え、小さく頷いた。
「……白波、救護に向かいます!援護を!」
「ナタリー、援護します!」
傷ついたネプチューンに向かって走り出す白波。その背後では、ナタリーが盾を構え、まるで白波を守る壁のようにその動きを追う。
隊員たちの動きが、わずかにだが現場に秩序を取り戻し始めていた。
「中々にしぶといですね。本当に煩わしい。」
男はメガネをクイっと直しながら、不気味な笑みを再び浮かべた。
「そろそろ諦めては貰えませんか?私も忙しいんでね。」
「この人でなし……!」
愛莉は込み上げる怒りを吐き出すように言い放った。
その言葉に、男は突然堰を切ったように笑い始める、その笑い声はこの世のものとは思えない狂気に包まれ、聞くものに恐怖心を植え付ける。
「あー、可笑しい。それはあなた方のことではありませんか?」
「何?」
愛莉の声が鋭く響く。
「怪異と混ざり合い、人でなくなった者の寄せ集めの分際で、よくも私を人でなしと言えましたねぇ。ククッ。」
男は笑いを堪えながら続けた。
「あなた方半妖の存在は政府にすら認められていない。言わば"存在してはいけない存在"です。それを人でなしと言わずして何と言うんです?」
愛莉のP90を握る手に力が入る、瞳には紅い炎のような光が宿り始めた。
「貴様……!」
「おぉ、怖い怖い。」
男は飄々とした態度を崩さない。
「我々はあなた方と違って”人間”なのでね、まだ死にたくはありません、なのでさっさと、終わりにしましょうか。」
男がサッと腕を上げ合図を送ると、SAT隊員たちは再び銃を構え直した。
愛莉と男が鋭く睨み合う、再び緊張感が当たりを包む、その時だった。
沈黙を裂くように鈍いクラクション音が響き、一台の軽装甲機動車がパトカーの包囲を突っ切って二人の間に現れた。
「何だ!?」
突然の介入に狼狽える男。その視線の先で、装甲車の天井ハッチが勢いよく開き、隼子がライフルを手に飛び出した。
「下がれ!下がらなければ当てる!」
銃声が轟き、放たれた弾丸はSAT隊員たちの足元を穿つ。
状況に混乱していた愛莉の元へ、軽装甲機動車の運転席が開かれる。
「隊長!無事ですか?!」
そこには心配そうにハンドルを握る黒氏 鈴の姿があった。
「鈴さん!どうしてここに?!」
「説明は後!早く撤退準備を!」
鈴の後ろからセシルが焦る声で催促する。
愛莉は一瞬の迷いを振り払い、すぐに指示を飛ばした。
「総員!一番近い車両に乗車!」
「クソッ!応戦しろ!」
男は身を屈め後退しながら指示を叫ぶ。その命令に従い、SAT隊員たちが再び射撃を開始した。
「奴ら撃ってきた!」
隼子が車内に身を隠しながら声を張り上げる。
「私に任せて!」
今度は角館 凛がハッチから飛び出し、手にした照魔鏡をSAT隊員たちに向けた。
「これでも喰らっときな!」
瞬間、強烈な閃光が周囲を白く染める。SAT隊員たちは突然の光に視界を奪われ、その場で足を止めた。
「今のうちに、早く!」
凛が振り返り叫ぶ。
「全員乗車完了!出して!」
愛莉の指示に、装甲車のエンジンが唸り、甲高いスキール音を立て猛発進する。
「奴らを追え!」
パトカーが追跡を開始しようとした瞬間、セシルが後部ハッチから姿を現し、火炎放射器で道路に火の壁を築いた。
「残念、アンタらには熱すぎたかな?」
軽い調子で言い放ち、セシルは再び車内に体を引き戻した。
装甲車の轟音が夜の東京の喧騒に溶け込むように消えていき、彼女たちの姿は闇に紛れて見えなくなっていった。
なんとか警察の追跡を振り切った愛莉たちだったが、状況は依然として混乱を極めていた。
車内では、美琴が都内に散らばった他部隊と交信を続ける一方、愛莉は本部との通信を試みていた。
「こちら魔特01。本部、応答願います!聞こえますか?!」
焦燥に駆られた声が車内に響く。
しかし、通信機から返ってくるのは冷たい無音だけだった。
「駄目……、繋がらない……」
愛莉は深い溜息をつき、通信機から手を離すと外の様子を警戒する。
軽機動装甲車は大通りを避け、狭い住宅街の路地を縫うように進んでいた、その上空では警察ヘリがサーチライトを灯しながら巡回を続けている。
煩わしい飛行音が夜の静寂を打ち破り、一行の神経を削っていた。
装甲車には認識阻害の施術が施されているものの、それも万能ではない。余計な目立つ行動は禁物だった。
「どうする、愛莉隊長?」
ネプチューンが低い声で尋ねる。
「一旦、本部に戻りましょう。状況を確認しないと……」
愛莉がそう言いかけたとき、不意に無線機からノイズ混じりの声が聞こえてきた。
「隊長!本部からです!」
美琴が声を上げる。愛莉はすぐに通信機を取り、応答しようとしたが、無線の声がそれを制止した。
「こちら八咫烏本部、津守義孝だ。この通信は一方通信となっている。」
課長の低く落ち着いた声が車内に響く。緊張が走り、誰もが言葉を飲み込む。
「現在、八咫烏本部は特殊急襲部隊の進行により壊滅状態。指揮機能は完全に失われた。」
愛莉は絶句した。他の隊員たちも同じだろう。重苦しい沈黙が装甲車内を覆う。
「この通信を聞いている総員に告ぐ。本部には帰投するな。八咫烏にはテロ等準備罪で解散命令が出ている。捕まれば、どのような処分を受けるか分からない。」
津守課長の声には、冷静さの裏に深い覚悟が滲んでいた。そして、静かに間を置いてから最後の言葉を告げる。
「これが最後の命令だ。皆、希望を捨てるな、逃げ延びてくれ。」
その瞬間、通信はノイズと共に途絶えた。
車内は沈黙に包まれ、誰も声を発することができない。
その静寂を破ったのは、愛莉だった。
「進路を変更します。私たちは、できることをやりましょう……」
声に不安を滲ませながらも、彼女は毅然と命じた。その言葉に応じるように、隊員たちは黙って頷く。
愛莉は震える声で、自らに言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫です……希望さえ捨てなければ……」
その言葉に誰も反論することなく、車列は本部への進路を外れ、再び夜の東京を彷徨い始めた。
軽装甲機動車は東京の夜の街を縫うように進んでいた、住宅地の間を隠れるように走ると、工事現場の外壁に囲まれた一帯にたどり着く。
しかし、この外壁はただの工事現場の囲いではなかった。一つの区画を超えて広がり、この地区全体を隔てる巨大な障壁となっていた。
「ここから触穢区に入ります。ここまで来れば追跡の心配はなくなるでしょう。」
助手席の愛莉が振り返り、そう説明すると、後部座席の白波がため息交じりに答えた。
「できれば、あまり関わりたくない場所ですけどね……。」
愛莉は申し訳なさそうに視線を落としながらも、静かに口を開いた。
「そう言わないであげてください。触穢区の表層は、半妖や友好的な怪異たちの大事な拠り所なんです。確かにここは大厄災の爪痕そのものですけど、人間と怪異の緩衝地帯として必要な場所になってしまったんですから……。」
「わかってますよ。でも、安定しているのは表層だけ。深層に近づくほど強力な怪異と遭遇する確率が高くなる。その影響で周辺の治安も悪化する一方じゃないですか。」
白波の口調はどこか苛立っていた。
その頭に大きな手がそっと置かれる。ネプチューンだった。彼女は軽く笑みを浮かべながら、諭すように言った。
「しょうがないわよ。深層に巣食う強力な怪異を掃討する戦力が、まだ整っていないんだから。だから表層に住む住人たちに自治権を認めて、安定を図るしかなかった。それが権力を生んで、その権力を巡って争いが起こる……まあ、よくある話よ。」
白波は視線を落とし、悔しそうに呟いた。
「歯痒いですね……。」
愛莉はそんな彼を見つめ、力強い声で言葉を紡いだ。
「そうですね。でも、いつか怪異と人間が本当に手を取り合い、助け合える日が来ると信じています。その日を迎えるまで、私たちが立ち止まるわけにはいかないんです……!」
彼女の決意に満ちた言葉は、車内に乗り合わせた隊員たちの心にも響いたのだろう。誰もが覚悟を新たにしたような表情へと変わっていった。
車はさらに進み、やがて寂れたシャッター商店街に差し掛かる、その一角に、一軒だけ煌々と明かりを灯した店があった。
愛莉はその店の前で車を停めるよう指示を出し、全員を降ろした。
「この店は?」
黒氏鈴が首を傾げながら尋ねると、愛莉が答える。
「触穢区に住む怪異が営んでいる洋服店です。少し協力をお願いしようかと。」
一行が店へ向かうと、店先にはスタイルのいい長身の女性が立っていた、顔には数多くのピアスが光り、その手には煙草が紫炎を燻らせていた。
異彩を放つ彼女が、穏やかな声で迎える。
「あら、いらっしゃい。随分と大所帯ね。」
「すっごい美人……。」
角館凛が思わず感嘆の声を漏らすと、その隣で美琴が耳元に顔を寄せて囁いた。
「もしかして彼女、鶴の……。」
愛莉は女性の前に進み出て、深く一礼する。
「こんばんは、千鶴さん。少し協力してほしいことが……。」
愛莉が言い終わる前に、千鶴は左手を上げて静止する。
「みなまで言わなくていいよ。虫の知らせで、大体わかってる。」
「ありがとうございます……。」
愛莉の言葉に、千鶴は優しく微笑んだ。
「大変だったね。それで、私は何をすればいい?」
愛莉は真剣な顔で一言、告げる。
「霊力耐性のある外套を、人数分。」
千鶴は、不敵に笑うと、言葉をかける。
「来な、良いの見繕ってあげる。」