知能研究は客観主義的なアプローチと解釈的なアプローチに大別できる。前者は、人工知能や生物に問題を解かせて能力を検証する等、対象自体の振る舞いが客観的な知能の定義に当てはまるかどうかを知能の尺度とする方法論である。後者は、アニマシー知覚やチューリングテスト等、観察者が対象に知能を見出すかどうか検証する方法論である。しかし、実世界において対象が知能を有するかどうかの判断がなされる時、主体間で両者のアプローチが相補的に交互に用いられており、どちらにも還元されないものであるといえる。また、客観主義的なアプローチが取られる際には仮説形成の際に解釈的なアプローチが用いられていると考えられる。本研究では、以上のような非還元的なアプローチを行うフレームワークとして、真正粘菌と人間が協働、対戦を行うボードゲームを提案 した。粘菌と人間という時間スケールや身体性の全く異なる生物同士に、共通の目的設定を行う文脈としてゲームルールを設定する。プレイヤーによる知性や主体性の見出しとメカニズムの理解との間に相関関係があるかどうか分析を行った。ゲーム化することによって、粘菌とヒトとの間に共通の目的の設定を行い、部分的に利害を一致させることが可能である。ヒトと粘菌の間に元々共通する目的は、生き延び、繁栄することであるとみなすことができ、粘菌が食物を探すことは問題解決行動と解釈することができる。しかし、その方法が異なるため、ヒトは粘菌を一見しただけではその目的を見出すことができない。粘菌とヒトでは、異なる意味体系を用いているとも言い換えられる。このゲームでは、粘菌の食物をゲームのコマとして設定することで、粘菌、ヒト間の意味体系を接続するインターフェースとした。
プロトタイプ 1 では、既存のボードゲームの TwixT をモデルとした。(TwixT は、コネクション・ゲームスに分類される、囲碁に似た一種の陣取りゲームである。プレイヤーは2名、盤は正方形で、向かいあった2つの辺の外側が各プレイヤーの陣地になっている。盤面には 24 × 24 個の穴が空いており、プレイヤーがそれぞれの持ちコマであるペグを指していく。相手の陣地以外のどこにでもペグを差すことができる。ペグが所定の配置になった時に、プレイヤーは2つのペグ間にバーを渡すことができるが、すでに相手プレイヤーがバーを渡した場所を横切ってバーを渡すことはできない。勝利条件は、先に自陣から自陣にペグとバーで線を引くことである。一度線が引かれると、相手プレイヤーはルール上、自陣から自陣に線を引くことはできなくなる。このゲームのペグを粘菌のエサとなるオートミールを用いて作成した直径 5mm, 厚み 3mm のペレットに置き換え、バーを粘菌に置き換えたルールとした。粘菌はモジホコリ(Physarum polycephalum)一種類を用いて、プレイヤーが一手目のコマの場所を指定するときに、植え付ける場所をそれぞれ指定した。ただし、粘菌は自律的に動くため、コマであるオートミールタブレットがどんな配置であれ、粘菌によって複数の点が結ばれた場合、線が引かれたとみなした。粘菌は同じ株のモジホコリ一種類のみを用いた。同株の変形体は、接触すると融合するため、どちらが置いたコマをつなぐかによって、どのプレイヤーに属するエッジであるか変動する。また、他プレイヤーのコマをはさんで自プレイヤーのコマをつなぐことも可能なルールとした。このプロトタイプのテストでは、マスの数が多く、1 日 1 手ずつ打つルールであるために、1 プレイを終えるのにおよそ 10 日半という長さを要した (図3.3)。また、粘菌を一種 (モジホコリ) しか用いなかったため、途中で融合してしまい、プレイヤーは粘菌と協働しているというよりは、粘菌をゲームの盤面の 1 要素として捉える傾向が高かった。また、滅菌状態の場所でコマを置くという措置をとらなかったことと、対戦が長期間に渡ったために、ゲーム後半になってくると、バクテリアやカビなどが増殖し、粘菌に対して予測不可能な影響を及ぼすこととなった。
シロモジホコリ
プロトタイプ 1 では、既存のボードゲームの TwixT をモデルとした。(TwixT は、コネクション・ゲームスに分類される、囲碁に似た一種の陣取りゲームである。プレイヤーは2名、盤は正方形で、向かいあった2つの辺の外側が各プレイヤーの陣地になっている。盤面には 24 × 24 個の穴が空いており、プレイヤーがそれぞれの持ちコマであるペグを指していく。相手の陣地以外のどこにでもペグを差すことができる。ペグが所定の配置になった時に、プレイヤーは2つのペグ間にバーを渡すことができるが、すでに相手プレイヤーがバーを渡した場所を横切ってバーを渡すことはできない。勝利条件は、先に自陣から自陣にペグとバーで線を引くことである。一度線が引かれると、相手プレイヤーはルール上、自陣から自陣に線を引くことはできなくなる。このゲームのペグを粘菌のエサとなるオートミールを用いて作成した直径 5mm, 厚み 3mm のペレットに置き換え、バーを粘菌に置き換えたルールとした。粘菌はモジホコリ(Physarum polycephalum)一種類を用いて、プレイヤーが一手目のコマの場所を指定するときに、植え付ける場所をそれぞれ指定した。ただし、粘菌は自律的に動くため、コマであるオートミールタブレットがどんな配置であれ、粘菌によって複数の点が結ばれた場合、線が引かれたとみなした。粘菌は同じ株のモジホコリ一種類のみを用いた。同株の変形体は、接触すると融合するため、どちらが置いたコマをつなぐかによって、どのプレイヤーに属するエッジであるか変動する。また、他プレイヤーのコマをはさんで自プレイヤーのコマをつなぐことも可能なルールとした。このプロトタイプのテストでは、マスの数が多く、1 日 1 手ずつ打つルールであるために、1 プレイを終えるのにおよそ 10 日半という長さを要した (図3.3)。また、粘菌を一種 (モジホコリ) しか用いなかったため、途中で融合してしまい、プレイヤーは粘菌と協働しているというよりは、粘菌をゲームの盤面の 1 要素として捉える傾向が高かった。また、滅菌状態の場所でコマを置くという措置をとらなかったことと、対戦が長期間に渡ったために、ゲーム後半になってくると、バクテリアやカビなどが増殖し、粘菌に対して予測不可能な影響を及ぼすこととなった。
プロトタイプ 2 では、プロトタイプ 1 のマス数を最小限にしたデザインとした。マスは 4 × 4 とし、円形の直径 85mm のシャーレを用いた。また、粘菌はイタモジホコリ (Physarum rigidum) とシロモジホコリ (Physarum nutans) の 2 種類を用いた (図3.7,3.12,3.13,3.14)。これらはモデル生物でなく野生種の粘菌であり、詳細については、「野生種の粘菌の採取と培養」の節で述べる。マスの数が限られているため、5 日前後で勝負がついた。問題点としては、粘菌の種が異なるため、スピードやエサへの食いつきといった性質が著しく異なり、移動スピードが早くオートミールへの食いつきが良い種が大幅に有利になってしまうという点があげられる。イタモジホコリ対シロモジホコリ、イタモジホコリ対モジホコリの対戦を行ったが、イタモジホコリの移動スピード、オートミールへの食いつきが他の 2 種より明らかに上回るため、どちらもイタモジホコリの勝利となった。
プロトタイプ 3 では、プロトタイプ 2 と同じく 85mm の円形のシャーレを用いて、1 人プレイ、2 人プレイの両バージョンを作成した。本バージョンは、ユーザスタディに向けて、1 日以内で体験できることを目的として設計を行った。1 人プレイバージョンでは、シャーレの隅の円形の範囲をゴール地点と設定して、粘菌を反対側の隅に植え付けた。プレイヤーは、30 分~1 時間に 1 回エサでできたコマを置くか、置かないか選択して、ゴール地点に粘菌を導くことを目的とする。手数はあらかじめ回数を決めておき、持ちゴマは手数より少なく設定した。プレイヤーはなるべく少ない手数、早い時間でゴールすることを目的とする。ゴールをさせるためには粘菌を導くためにコマを置かなくてはならないが、頻繁にコマを置くと粘菌がコマに止まってしまうというトレードオフが生じる。粘菌がゴールに部分的に触れさえすれば良いバージョン、大部分 (7、8 割) がゴールに入っていなければゴールしたと見なさないバージョンの 2 種類テストを行った。2 人プレイバージョンでは、ゴールを向かい合った 2 点とし、粘菌は 2 種類用いて、ゴールの軸を90 度ずらした軸に向き合った形で植え付けた。その他の点は 1 人プレイバージョンと同様である。2人プレイの特徴として、コマは互いに同一であるために、相手のコマに自分の粘菌が誘引されるというケースが生じる。また、別種の粘菌の粘液鞘は互いに忌避物質になるために 、よりゲームが複雑になる。
プロトタイプ3を用いてユーザスタディを行った。勝敗のついたゲームをプレイした被験者に関しては、アンケート結果により、粘菌に対して主体性や目的指向性をより見出すようになったことがわかった。ゲーム中の粘菌に対する感覚は、自然現象に対する感覚に近いと感じる被験者が多く、知性を感じたと答えた被験者は少数だったが、3名、知性を感じたと答えた体験者がいた。うち 2 名は、メカニズムの理解の促進と目的指向性の見出しが両立した時に知性が見出されたと言えた。