りとむ 2026年3月号
今月の十首詠
(ひと月に三作品掲載)
(ひと月に三作品掲載)
雪 壁
中島 三枝子
アマビエもコロナ禍の日も遠くなり雪壁凍る街にマスクす
三陸産塩づけワカメみるみる…ボールにふくらむ…震災遠のく
イボ状の棘ある鱗のサメガレイ悪相なるが剥きて売られる
かなづちに干物の氷下魚(こまい)たたくふゆ空腹かかへねむる熊あらむ
箒にはくげんくわんてんじやう丙午の年神様をむかへる年の瀬
生の軌跡すつかり忘れ友の墜ちし時間の裂け目を探しやうなく
昼くらくストーブを焚くダラムサラにマニ車まはし祈る民あり
立ち話もおすそわけも消え界隈は雪壁たかく元旦しづまる
ここにゐてここにはゐないケイタイに指すべらせて変はる時代へ
かけぬける環状線は銀世界てんせいあらば何に変はらむ
風に吹かれて
乃川 櫻
特急と新幹線を乗り継ぎてもてなしドーム、鼓門を出づ
ひと月のネット検索そのままに〈暗がり坂〉は夢の通ひ路
通販の『金沢あかり坂』をポシェットに五木寛之の歩幅にあはす
主計町茶屋街に並ぶ千本格子聞こえる高木凛の笛の音
犀川は男川なりほとばしる水に打たせよあくがれの身を
浅野川沿ひに文学館あまたもの書く人の束の間親し
三十万冊の蔵書に浮遊せり石川県立図書館のわだつみ
犀星のみちを歩けば夫もまた「小景異情」の詩を口遊む
顔面から転倒したり兼六園下のバス停旅の途上に
あかり坂、暗がり坂の路地愛し風に吹かれてまた会ひに来む
スカーフの箱
廣野 ゆかり
寝入るまで「いっしょにいく」と言った子の頬をひと撫でして背負うリュック
15年彼らを抱いて波音は穏やか今日も何も言わない
片付けに徹する帰省海の見えるカフェは次またいつか、っていつ
階段の踊り場津波が来た跡は日焼けにまぎれて見えなくなって
そこここに祖母の字が残る引き出しを開けては閉めて思い出の底
「いいものは仕舞っておく人だったのよ」卒寿にあげたスカーフの箱
「今日帰ってきてよ」みるみる曇る声画面の向こうに雫が落ちる
太陽をたっぷり浴びたビニールに触れればさらさらさら崩れゆく
ナウシカの秘密の部屋を思い出す わたしも命を止める番人
夕焼けで魔法が溶けて暗闇のなかにすっぽり取り残される