りとむ 2025年7月号
今月の十首詠
(ひと月に三作品掲載)
(ひと月に三作品掲載)
み 吉 野
梶田有紀子
ささいなることあり永く逢はざりき今年の春は吉野へ誘はむ
はらはら、ひらひら、ふはふはとハ行のさくら時折ほほほ
登志夫 裕子 三四二の桜どつと咲くトンネル抜けて晩春、晩年
とめどなく散る桜花ひとひらが肩にとどまり歌残しゆく
さくらとて先に散るのは淋しからむ咲くも渾身散るも渾身
歌いくつ生んでくるるか2Bのトンボ鉛筆くるくる削る
雨の日の川辺の散歩の楽しさや「雪舟」の画のスポットありて
廃屋に金箔仏壇残されつ出稼ぎ重ね義兄購ひき
一週間遅れて訪へばすねたるか桜はやばや葉桜となる
老年は思春期に似て揺れやすく小さきことにすぐ泪ぐむ
晴 れ た 日
田沢郁子
常磐線右も左も立つ人もスマホスマホの昭和百年
春秋の争い楽しカステラの文明堂の桃味栗味
ささやかな心にかえて食卓にのせる能登米福島の桃
ふいと来てふいと膝から下りる猫「阿房列車」かわたしの膝は
物干しの洗濯ピンチがまたひとつ壊れて傾く洗濯物が
ほろほろと白つゆほどの沈丁花香りもたてず散りはじめたり
歩を止めて玄関先の野すみれの薄紫に見入るひとあり
母子草ある日いっせい草刈りの憂き目にあって消えてしまいぬ
お土産は何と聞かれて迷うなく京は柴漬、奈良は奈良漬
晴れた日は叶うものなら寅さんのようにふらっと旅に出でたし
誤 作 動 の 夜 に
新木マコト
きよらなる水のぼとるを容れながられいざうこ鳴くひとりの夜を
まよなかのさくらばなみな見ひらくを眠りつつそのまぶた掻く子よ
はなにふるあめのつめたさしんしんと姉あらば姉も立ち濡れたまへ
あるきだすリカちやん人形かくかくと定規は小学校に忘れた
われとわがひとがたいかに別れむかつくりわらひを交はす校庭
やはらかな桜若葉にいりまじり花弁のかたち保つたましひ
「水切りのお皿はあした使ふから棚にはしまはないで」と母は
まつしろきロールス・ロイスとすれちがひ助手席の女子に目を逸らされた
あかあかと土地のさかひを指しながらくぼむ矢印はるさめぞふる
おとなりの設備が「火事です火事です」と狂へり夜の出口はいづこ