りとむ 2026年5月号
今月の十首詠
(ひと月に三作品掲載)
(ひと月に三作品掲載)
松 根 油
野口 絢子
教室の勉強はなし山へ行き松根油とる松の木探す
春深み山は緑に匂いたつ空襲警報のサイレン届かず
山登り道沿いの松一本に目星をつけて先生は立つ
太き松の樹皮を削りてYの字に溝掘り竹の筒を吊るしき
先生は十八歳の好男子色が白くてらっきょうに似る
ラッチャーと綽名もらいて希少なる銃後を守る男性教員
防空壕一人用にせよと布令 校庭に先生が たこつぼ を掘る
明治より踏み固められた校庭は女子どもの腕に叶わず
松の油しずくひとつも溜まらぬに日本は戦に負けてしまいぬ
東京は高幡不動の裏山に松根油の松今に残ると
月 光 抄
林 充美
月読命は優しき男子(おのこ)ならん夜の白梅ほのかに匂う
鬼やらいの豆を撒き終え見あげれば鬼のお面のような満月
望月の歌ゆえ死後の千年を疎まれ続ける道長あわれ
満ちて欠けまた満ちてゆく空の月この世の栄華は移ろいやすし
母のさと甲斐のなだりのぶどう畑(ばた) 春の夕月美しかりき
いつのまに消えしや日本の景色から「朧月夜」のなかのふるさと
四十五億年地球と伴走してきたる月を思えば神にかも似る
ひらひらとわが庭に降る月光は戦場の子らの髪をも濡らす
月あかりあまねし神よ家々の屋根に戯れの石投げ給うな
柏手を闇に向かってポンと打てば月がふふっと笑ったような
マルジナリア
吉田 直子
小夜中に湯冷めするまで書きつらね原稿の抱く熱は冷めない
古本の余白の書き込み(マルジナリア)はひかえめに誤植と記す丸い印で
詩のなかの〈あなた〉という語触れしときほのあたたかく催花雨あふる
われのみの類語辞典はふくらみて【綴る】のなかの祈るは太字
選曲の言葉遊びのハレルヤに朝はアラームから晴れてゆく
澄みわたる空にさえずる揚げ雲雀 風も気づけば口ずさむ春
久々、の一語は消えてしまうほど会えば語らう昨日のつづき
街角の喫茶のプリンゆらしつつ互いに明日の悩みをこぼす
あくびする猫は日向にケセラセラたまに真面目も東風にまかせよ
おだやかに梅の香りの満ち満ちて令和の日々をいま歩みゆく
※マルジナリア=余白の書き込み