りとむ 2026年7月号
今月の十首詠
(ひと月に三作品掲載)
(ひと月に三作品掲載)
あの子が欲しい
西 塔 玲 子
向き合ひてなに語らふや桐箱に納まるをびなめびなのひととせ
ありがたうおやすみなさいすこしづつすこしづつなり春のけはひは
ラナンキュラス アネモネ オステオスペルマム あの子が欲しいこの子も欲しい
為政者の遊びおそろしいきなりのあちらが欲しいこちらも欲しい
力こそ正義と云ふかこの春もポトマック河畔に桜は咲くも
たまき二歳裏山デビューす筍を掘りも掘つたり十三本と
しづき五か月柵のむかうで寝返つてぶうんとスカイダイビングの姿勢
歯列矯正受けながら見たその昔二十歳の空はどこまでも青
この子たちが二十歳になるときわたくしはいくつになるのそもそもゐるの
降りしきるさくらはなびら手を伸べて 侵略者にはつかまるなゆめ
山 椒 魚
堀 ま り 慧
子に引かれ魚類図鑑の棚へゆく背びれ尾びれをわれら揺らして
さんせううをおほさんせううを子は何時もうれしさうにその名呼びゐる
子が本へ潜らむとするその刹那ふるへる睫毛をわれは見つむる
図書館も雨に湿りてちさき手は山椒魚の頁を捲る
その指は清き流れに棲むものの名をひとつづつ母へ教へる
われ知らぬ生き物の名を呼びながら書架のあひだへ子は消えてゆく
分類をかきわけ進む子のあとの知とはすなわちけもの道なる
きざはしに二十面相読み耽る少女のわれを子が追ひ越せり
地下書庫は知の層なれば暗がりのアノマロカリスいまも眠れる
まな板のまへに子はきて吸盤のひとつひとつを指にて数ふ
裏
北 野 よ し え
カレー焼きあかおの店の灯はなくて窓に小さな内裏雛居る
地球から見えない面を裏側というのだそうだ「月の裏側」
かぐや姫月の都に帰ったと千年語る地上の我ら
(かくれ家があったらいいな)忙しさに胸でつぶやく若い日だった
かくれ家も作り話も遠い夢 我ら電波の巣の中にいる
通信が途絶えて月の裏側を通る彼らの歓喜を想う
帰還した宇宙飛行士みたいだなヨッコラショっと湯舟から出て
「霾る」と気象予報士に示されていそいそと引く辞典三冊
イマドキはスマホに訊くと言う人の手でAIがしゃべり始める
そうね、でも知りたいものは文字のこと引っぱり出して『字通』を開く