りとむ 2026年9月号
今月の十首詠
(ひと月に三作品掲載)
(ひと月に三作品掲載)
記 憶
吉 井 守 正
ぬばたまの夜に按摩さんの笛の音の「モーイーヨー」が怖い三歳
「日本は負ける?」と尋ね叱られた本土空襲さなかの七歳
神さまは天に御座(おわ)すと教えられ高空じっと見据える十歳
「精一杯背伸びをせよ」と師の言葉よしダメモトだ二十三歳
道のなき山分け登り見つけたり新鉱物を三十八歳
夕焼けに染まるヒマラヤ連山を畏み仰ぐ四十三歳
仏とは宇宙の真理と説かれれば眼(まなこ)ひらけり五十三歳
答案(リポート)が真っ赤になるほど直された短歌入門五十九歳
幾千のまなざし熱しNHKホール舞台の六十五歳
僕はなぜ僕なのだろう? 四歳の謎解けぬまま八十八歳
揺 れ
岡 部 慶 子
無目的運動という身の震え本体性震戦(しんせん)が医学用語で
この家の先祖に聞かざることなれば遺伝は考えにくいと下す
治ることはありませんが和らげる薬があります しかしリスクが
取るに足らないことに紛れる日々にして身の衰えの涙ぐましも
おそき湯に入(い)らむとしたる時のこと ふいに大きな音に揺れたり
脱ぎしもの纏いてテレビのニュースみる見舞いの電話に礼を言いつつ
大地震(ない)のニュースしばしば聞き来しが今思い知るその恐ろしさ
布団より起きあがりざまに転(まろ)びたり体の重心定まらなくて
豆球のあかりを一つ点しおく震度5の揺れありし夜から
どうにもならぬことがまだある現世や地震・雷・人間の沙汰
さかさまつげの犬
新 木 マ コ ト
繊弱(ひは)やかにひなのつばめは羽ばたくを真昼まぶしき交差点にて
あぢさゐの蒼のふちどる公園よ群れに紛るるすべを忘れず
品下れる雑誌のやうにこころまでうつ伏せとなる梅雨の底ひに
夕暮れに嘆くことありあの夏のひとはかなかなとほきひぐらし
高円寺高架下なる日々の泡ふつふつとして儚くもあるか
かぎりなき夕陽のなかに三鷹なる太宰の跨線橋を失ふ
町内会一の若手が「酒を飲む最後の世代ですよ」と真顔
ことのはの白雨のなかに立ち尽くす私りつしんべんの裔なり
はてしなく選び抜かれてためらはず球蹴り合ふは虹のごとしも
抜けてゆくそらのあをさをロケットの内なる螺子(ねぢ)のひとつも知らず