りとむ 2025年11月号
今月の十首詠
(ひと月に三作品掲載)
(ひと月に三作品掲載)
夏は帰つてこない
笹谷潤子
出生の感想死後の心持ちどちらも言へず 誕生日来る
水やりは乾いたところへたつぷりと 半端に湿つた話はやめて
あさがほの縁をめぐれる旅ののちしをれて眠る昼下がり来ぬ
読み終へた本の栞があてどなく風にゆれてたあれはどの夏
静止画に時間が生まれてしまふので必要以上見つめないこと
夕凪に髪はすなほに地を指して追ひかけつこは終はりにしよう
高原の大ゆやけに髪燃え立たせ燭台のやうな親子でありき
玉響の時といふ間の天上のアルビレオへと行きて帰る間
この夏に更地となりし斜向かひ月させば木犀のまぼろし
遠い砂漠に沈んでしまつた湖のさびしさよもう涙は出ない
側 転
里見佳保
朝顔を抱えて帰る明日から天下無敵の夏休み来る
遠回りしすぎたけれど夏草のむこうに今もある秘密基地
順番が巡ってきたら今度こそ水切り石を向こう岸まで
片陰の記憶に沿って口ずさむ校歌のなかに校名はなく
花火見に行く約束は橋のうえ見つめられたら黙るしかない
側転もできる気がする髪切ってシーツも干して快晴の朝
ざざざんと水にくぐらせ手に載せてひとりの昼のぷちぷよとまと
あなただけ立漕ぎのまま夏の果て追いかける雲ついてくる雲
ミニカーのはたらく車転がって砂場の山はそのまま暮れる
もう誰のものでもなくてちりぬるを夜のプールに沈むゴーグル
白 菊 会
土井絵理
教会でひとり別れを告げており遠き地で旅立ちたる人へ
献体の意志堅き君なりければ白菊会より迎え来るらん
クリスマスにはとりわけ祖国が恋しいと帰れば戻って来れなくなると
魂はアイルランドに帰りしか愛しき人々眠る祖国へ
濁り水たまりし井戸より汲み上げる言葉受けくれしその手の恋し
神ともに聖歌とともに帰天とうやさしい言葉に慰められる
初めての篤志解剖なされたる美幾女は吉原の遊女なり
投込み寺に放りこまれず法名も与えられると勧められたり
墓石にはその志を嘉賞すと刻まれ史跡となりて佇む
今は亡き人の微笑む一葉に花降りしきる降りやまぬなり