観光史の授業をするために集めた資料(占領期にかかわらず)を、せっかくなので紹介するページ
解説はアルバイトの学生が書いてくれているものと、私が書いたものが、混在しています
京都観光バス(大型貸切) 市内名所案内~最高級車と最大輸送力で豪華日本一を誇る京都観光バス~
京都観光バス株式会社(見開き1枚)
京都観光バス(Kyoto Kanko Bus)株式会社発行の案内図。本社が、京都駅すぐ近くにおかれているのがわかる。当時、京都駅前にあったラクヨウホテル(現 関西電力京都支社)を写した写真にて、ホテルの隣に社屋が映り込んでいるのを確認している。
『最近10年のあゆみ』(岐阜乗合自動車, 1984年)によれば、同社は1949年創業。1964年に名古屋鉄道により買収、68年に岐阜乗合自動車が経営を引き受けたとされる。1949年というと、たしか「はとバス」が東京の定期観光バスツアーを始めたのと同じ年ということになる。
修学旅行関係の雑誌に広告が掲載されているのも確認しており、49年頃には復活していた、修学旅行の需要に対応した会社という面があるだろうか。
二条城の手前にバスを並べた表紙が壮観。前掲書には1984年の段階で「保有台数 41台」と記載がある。表紙のバスも、大体そのくらいあるように見える。
1949年当時には「車両3両」だったとのことなので、このパンフレットは、創業からはしばらく経った、どちらかといえば1984年に近い時期に発行されたものだろうか。
ツアーは京都市街の外縁をぐるっと周るものとなっている。1日コースと半日コースの違いは、嵐山方面に行くかどうかの違いだけのよう。いずれも、市街中心部を通過・立ち寄りしていないのは、バスツアーらしい感じがする。
伏見稲荷大社の鳥居が書き込まれているのが可愛らしい。しかし立ち寄り先にはなっていない。桃山御陵(明治天皇陵)は立ち寄り先になっている。
京都観光バス(大型貸切) 市内名所案内~VISIT KYOTO by SIGHTSEER'S COACH~
京都観光バス株式会社(見開き1枚)
同じく京都観光バスのパンフレット。表紙の色合いがビビットになっている。2色しか使っていないながら、ビビットな色合いが、舞妓さんと大原女という伝統的モチーフとのコントラストになり、モダンなデザインになっている。
案内図は斜めから見た画角にアレンジされており、建物も目立つように描かれるようになっている。もみじも装飾されている。さすに、上のパンフレットより後に製作されたものだろう。
内容はほとんど同じだが、変わった点としては、上のパンフレットでは、金閣寺・銀閣寺については「希望によりどちらか一つの案内」となっていたのに対し、下のパンフレットでは、どちらも、「希望があれば案内」となっていること。ルートの表記も点線になっている。とくに金閣寺は、京都観光のメインどころだと思っていたが、そうでもないらしい。
上と同じく、伏見稲荷神社の鳥居が描かれているが、立ち寄り先にはなっておらず(鳥居はより可愛いデザインになっている)、桃山御陵が立ち寄り先になっている。
東京遊覧乗合自動車~親切な婦人案内人附 一巡八時間三円三十銭~
東京乗合自動車株式会社遊覧課
東京遊覧乗合自動車発行のパンフレット。
パンフレット表紙には、バスガイドさんが顔を出している奇抜な看板が描かれているが、裏面の写真をみると、新橋駅前の東京遊覧乗合自動車の発着所に、実際にそのような看板があったのだとわかる。
同社は1925年(大正14年)、初めて東京都内で定期観光バスを始めたとのこと。他の情報については、同社についてのwikipediaページに詳しい。https://ja.wikipedia.org/wiki/東京遊覧乗合自動車
同社の手持ちの別のパンフレットには、1930年に完成した震災記念堂が掲載されているが、このパンフレットには掲載されていない。 震災記念堂のあった、震災被害を受けた被服廠について、「被服廠跡(震災遺跡)」という表記はみられる。 また、wikipediaのページによれば、運賃は大人3円とあるが、このパンフレットでは3円30銭とある。つまり1925-30年の間の微妙な時期につくられたパンフレットだろう。
目につくテーマは、関東大震災から復興した姿を見物すること(「大震災後の帝都は目覚ましい復興振りを見せて居ります」)、愛国心を高めること(「忠臣愛国の精神、郷鄙文化の平等はあなたの帝都訪問によって必ず促進せられます」)。加えて、「婦人案内人」が添乗すること。
バスの観光コースの案内が時刻表と共に紹介されているのがこの資料である。昼の一般観光コースと夜の観光コースに加えて、特殊観光コースという三つのコースがあり、その中でも様々な遊覧コースがある中で、皇居で下車することが多いようである。また、運行本数の多さから、表紙にもあったように東京に住んでいる人たちにとっても利用しやすいバスだったとだろうと推測できる。
この資料は、大阪市の観光艇についてのものである。観光艇内部の写真を見ると、現代の観光船や観光電車の内装とあまり遜色がないように思われる。また、左の写真は観光艇「水都」で通るルートの紹介であるが、実際に船に乗ってアナウンスを聞いているかのような情景描写であり、読んでいて非常に楽しかった。大阪の「食い倒れ」の盛況具合はまさに「食い起こし」と言えるほどだったようである。