2026.7 Facebook 退会
Facebookを退会した。2011年の夏頃、友達に誘われて始めた。その夏にアメリカ・中国旅行をして、その写真をあげたりしたので、記憶に残っている。その後、仲のいい友達との旅行写真、バンド写真をあげていたと思う。
大学生の時には、屋久島旅行のときのゲストハウスで出会った人たちとの連絡のグループがつくられたりした。札幌のゲストハウスで知り合った台湾人の友達と、その後もチャットが続き、台湾に遊びに行ったこともあった。
2019〜2020あたりの、京都文化博物館の占領期のカラー写真の特別展のワーキンググループの連絡も、基本facebook上だった。私がfacebookを活用できていたのは、このあたりまで。
活用しなくなった理由としては、なまじっか大学業界ではない友達との連絡・近況報告のために始めたアカウントだったために、その後、研究関係で知り合った方々ともつながるようになると、どういうテンションで投稿して良いかわからなくなったことが大きい。研究業界ではfacebookは、研究関係・大学関係のことがらについて、カジュアルにポストしたり、感情共有・意見交換したり、告知・宣伝するために使われている。しかし自分のようなコミュ障にはカジュアルが一番難しい。そうこうしているうちに敷居が高くなり、本の出版すら、投稿して「いいね」や「コメント」がついてリアクションを考える必要が生じたり、この頃関わりのない方々の目に一瞬でも触れることを考えると申し訳なくなり、宣伝しなかった。
それでも退会していなかったのは、何人かの昔の友達や知り合いとはfacebookのみでつながっていたからだった。面白い情報がポストされることも多いし、朝起きられないときや夜眠れないときに見て、起きる・寝るきっかけにするにはちょうど良くもあった。しかしこのホームページも作ったし(メールアドレスも載せている)、ふと「昔の知り合いとコメントしあったりすることは、もうないだろう」と感じ、削除してみた。
2026.7.4-5
観光学術学会。この頃研究している「妓生観光」について発表。「妓生観光」を経験した日本人男性の経験について、日本の団体旅行と買春の系譜を参照しつつ、「甘えの構造」を形成するものとして妓生観光を論じる趣旨の発表。
ただし、時間配分をミスりまくったので、土井健郎『「甘え」の構造』をふまえた分析のパートに辿り着かなかった。アホすぎて泣けてくる。
悔しいので発表スライドを右に添付しておく(research mapにも添付)。画像は自分で撮影した写真以外、全て削除している。
なぜそうなったかというと、90分or180分という授業をするのに慣れてしまい、15分という短い発表時間の学会発表の感覚を忘れていたため。また、「妓生観光」をめぐる、当時の旅行の男女別の統計、韓国の観光事業、週刊誌というメディアetc. 基礎的な情報自体についての認知度が低く、それら自体にかなりの面白さがあるので、一つずつ説明したかったという面もある。
そういった基礎的な事実を紹介していくような発表もしたかったのだが、近年、充実した研究が出てきている妓生観光に関する先行研究の状況を考えると、それでは新規性を出せなかった。
しかし今回の発表では分析のパートに辿り着けなかったため、皮肉にも、基礎的な事実を発表していくだけの発表になった(あかん)
とはいえ、うまく発表できたとしても解消されたというわけではないであろう点についての、クリティカルなご指摘もいただけたので、そういう意味では、意味のある発表になってよかった。
2026.6
日本観光研究学会から、拙稿「占領期日本における未遂の『観光立国』」を優秀論文賞に選考いただいた。関係者の皆様に感謝申し上げます(ここに書いても、届くことはないだろうが…)。
自分のスタイルからするとイレギュラーな、理論を使っていないこの論文が、掲載に至るだけでなくこのように評価していただけたのは、驚きかつ発見だった。
この論文は、査読者に的確でご丁寧なご指導をいただいたおかげで、正確性や読みやすさがかなり高まった論文なので、2名の査読者と、ご采配いただいた編集委員会に感謝申し上げたいです。
また、国会会議録検索システムのピンポイントのキーワード検索のおかげで、私のような者でもこのテーマを研究することが可能になったので、このシステムの制作者に本当に感謝しています。
「賞」なるものからかけ離れた日々を送っていたが、たまにはこういう評価をいただけることもあるもんだと、自信をいただきつつ、今後もコツコツ研究を続けたい。
2026.5.26〜7.3、東京・文科省 情報ひろばにて、企画展「戦争と占領が生んだ移動の足跡―国境を越えた人々と和歌山」を開催中。
https://www.wakayama-u.ac.jp/kisyuken/news/2026052600041/
文科省の「昭和100年」のテーマに合わせた、和歌山からの/への、戦争・占領に関わる移動をテーマとした展示ということで、和歌山からの海外移民、そして彼らの米国での戦時収容について、また、戦時中の和歌山での連合軍捕虜、敗戦直後の捕虜解放、そして米軍進駐・駐留についての展示。大学・紀州研紹介・展示解説のビデオも、期間中回り続けているはず。
和歌山大のゆるキャラ、わだにゃんも、大学のベンチから文科省に出張することに。
展示の内容は、2026年1月3月の紀州研での企画展の内容を踏襲しつつ、一部加筆したもの。企画の運営や広報、展示制作にあたっては、紀州研の先生、大学の広報の方に全面的にお世話になった。こういう展示テーマなので私が頑張ったっぽい雰囲気に見えるが、実質的には申し訳ないくらい、紀州研の先生方・広報の方のご計画・ご作業の成果。会期中に見に行きたいが、授業・学会の期間すぎて、タイミングがない。
2026.5.13
文科省展示に向けた展示物の作成と什器の梱包作業。のりパネの貼り付け・切り出しの作業、10年振り2度目。学芸員の先生のようにはテキパキといかない。しかし綺麗に印刷して、のりパネにつけるとやはり見栄えが違う。
文科省への搬入は、授業があるのでいけないが、展示はそのうち覗きに行きたい。
展示テーマ「戦争と占領が生んだ移動の足跡ーー国境を越えた人々と和歌山」
2026/5/26〜2026/7/3 文部科学省エントランス
2026.5
新年度が始まってあっという間に1ヶ月が経っている。教務委員なので新入生オリエンテーションがあり、1年生向けの基礎演習の主任なのでその準備があった。今年から観光社会学が1年生の必修になったので、1年生担当のような状態になっている。とても爽やかな感じがする仕事なので、仕事の一つとしてこういうことがあるのは、とてもいいことだと思う。
大学院も授業が始まったが、これも修士1年生がたくさん(いつもの2倍くらい)受講していて、やり方を変えながらやっている。しかし彼らは批判的な思考に長けているのと、研究マインドが高いのとで、はじめ少し驚き、モチベーションがあがり、これが前期の楽しみであり少しの緊張感がある時間になりそうである。
学部ゼミも始まったが、学部は学部で大学院とはまた違うので難しい。少人数なので、顔の見える、プロセスの見える形でいきたいが、去年くらいからの学生のAI使用は、それをしていく上でかなりの壁になっている。AIを使って、そつなくはなっているが面白くはなくなっていたり、ズレている発表に対して、そのズレを指摘している作業、これは学生に対して指導しているのか、AIに徒手空拳を続けているのかよくわからない。そうした心情は学生には言葉にしてもなかなか伝わりづらいし、学生によっては「過剰反応」だとか「気に食わないから言っているだけ」、さらに悪質には「AIに対応できてない、思想の強い教員」などとも解釈されかねない(「思想が強い」という言葉は、外からの刺激を遮断して自分の日常感覚に閉じこもるために、とても便利な語として流通している。さすがに直接言われることはないが)。
つまりとにかく、学習者のAI利用は現段階で、互いへの心理的障壁だけを過剰に発生させ続けている。
とはいえ、こういうことも言うようにしていると、こうした状況を俯瞰して捉える流れが生まれてきたようにも思えるし、ゼミ長がとても素敵な機会をつくってくれたりもした。状況はまた変わっていくだろう。
AIに安易に引っ張られてしまっているアウトプットや、AIによって摩擦が生まれることは癪ではあるが、現代の(「2025-26年の」ということだといいが)大学で潜り抜けなければならないプロセスなのだろうか
ということで、今年は対話と共在がテーマ。
2026 .1.19 ~ 2026.3.27
和歌山大学図書館 紀州経済史文化史研究所展示室(西5号館3階)にて、
企画展「日米を交差した人々ーー戦前・戦中・戦後」 開催中。
趣旨:2025年は戦後80年という節目の年でした。移民・移住者も戦争に翻弄された人々でした。また、移民・移住者だけでなく、その時代に日本とアメリカを行き交った人々、あるいは戦争のために移動をよぎなくされた人々がいました。
本展は、戦前・戦中・戦後という時代に日米を移動した人々に焦点を当てます。戦争を知らない世代へその人々の経験を共有し、同じことが繰り返されぬように私たちの記憶に留めていければと願います。
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紀州研で長く活動されてきた先生が今年度で退官ということもあり、紀州研で長く収集・展示してきた、和歌山から北米への移民についての資料展示・解説の、まとめ的な意味合いもある企画展。
遠藤は2つめのセクション「占領をめぐる移動と和歌山」の資料展示、パネル解説を担当。
この企画展をめぐって、資料の解説を4度させていただいた(一度はその場で、英語だとわかり、ひやっとした)。和歌山地方史研究会でも講演の機会をいただいた。この後、6月にはオムニバス授業の1コマで講義、5月〜7月には文科省にて展示の予定、と、充実した活動となっている。調査も少しづつ進めなければいけない。
紀州研は、学部とはまた違う雰囲気で、新鮮な気持ちで楽しく活動させていただいている。
2026.3. 某日
院のゼミ生(李さん)と夕方に大阪で会う。李さんの調査の野次馬として。李さんは昼から西成を歩き回り、スーパー玉出の前で酒を片手にインタビューしていたという逞しさ。
おすすめされた、裏なんばの串焼きやに行ったあと、西成のカラオケスナック、1軒目。夏に彼らと行ったお店。李さんは連絡先を交換していて、アポ済みのところに入るかたち。
先に飲んでいたお客さんは、常連の60代〜70代のおじさん2人。少し中国語ができ、話を聞くと、昔、駐在員だったとのことで、1人は、15年も上海にいたとのこと。その方ではないほうのおじさんの、カウンターのママ2人へのセクハラがすごい。中国語の卑猥な言葉を言ったり、カラオケの歌詞に合わせて、ママに卑猥なジェスチャーをするなど。ママ2人はそれを受け流している。ひと昔前の、アジアで遊びまくっていた日本人の典型という感じ。キーセン観光もしていたはず、聞いておけばよかった、とあとで思いつく。
散歩。珍しく日本人の客引きがいて、行こうとしたが、口コミを調べると異様に評価が低かった(ぼったくりの疑いあり)のでやめる。別の、熱心な中国の方の客引きにつられて入る。テーブル席がある、少し珍しい構造のお店。小さな子供連れで来ている、酔い潰れたママ2人がいたりして少し心配。作業服の男性の長渕がうまい。カウンターに移ると、日本人のママと話をし、大学院生と教員で、李さんは西成を研究しているというと、目を輝かせて話してくれる。また名刺やwechatを交換し、帰る。夕方から、6杯くらいは飲んだので弱っている。歩いて、大黒町でとんこつラーメンを食べたあとで帰る。
2026.2.某日
金曜日の昼間、西成のカラオケスナックへ。ゼミ生3人と。
今回行ったのは日本人経営のスナック。この店は前のゼミでも行ったので、私は2回目ということになる。人々が面白かったので備忘録。
店員は2名、途中で1名増えて3名。以前は、何もできないし、それを公言している人もいたが笑、今回はベテランのよう。提供も早い。なかなか歌おうとしない常連さんに促したり、カラオケ中には合いの手や手拍子を入れたり、タバコばかり吸って料理に手をつけない客に、はよ食べと注意したり。それでこの店は金額も安く、お酒をおごる文化もない。4人で4,000円ちょい。このエリアでは圧倒的にいい店といえる。(以前一人で行った中国・ベトナム混成系の店では、一瞬で7,000円消し飛んだ。)
案内されたのは角の二人席。そこに四人で詰め込まれるかたち。すぐ近くのカウンターに、顔見知りの常連三人。女性二人と男性一人。男の人は盛り上げ上手で、誰が歌っても盛り上げようとしてくれている。女の人一人が、桃色の片思いを、ぶりぶりな声色で歌った。振り付けや客へのサービス?あり。この人たちは、我々のことが気になっていただろう。きっかけをつかもうとしていたように思う。大阪のこういう人たちは意外とシャイなことがある。夜だともっと色々と話すことになっていただろうけど。
奥側には3人くらいの顔見知りのおっちゃん(70代?)。みんな歌が上手い。初めは気づかなかったが、会津のなんとかという曲を、3度も4度も入れて歌っていた。たまに隣のおっちゃんにマイクを向けて歌わせるが、マイクが入っておらず、1コーラスまるまる、マイクなしの歌声が響く謎の時間があった。一人のおっちゃんは、ゼミ生が歌うと間奏で「いいね!!!」と合いの手を入れてくれる。私が悲しい色やねを歌ったあと、「まけてや!!!」と言って、どういうこと?と思うと、近くのおっちゃんが「うますぎて手加減してや!」と、翻訳してくれる感じでガヤった。そういう意味か、なんてハイコンテクストで高度なコミュニケーションなんだと思った。飲み屋に入り浸って、こういうコミュニケーションができるようになるのは少しあこがれる。
その手前側には、一人の男性の客。細身で薄味の顔、少しよれたチョッキ(タクシー運転手?)、少し伸びたパンチパーマ。タバコを吸う姿がとても決まっていて、ほれぼれした。しかしタバコばかり吸っていて、だし巻きタバコに手をつけないでお店の人に怒られていた。そして、ずっと誰かの声が聞こえると思っていたが、この人がずっとぶつぶつと何かを唱えている声だった。その後、トイレに行くとこの人が入っている。お店の人曰く、いつも長い、髪をセットしている、とのこと。
一番左側の席にも男性の一人客。なかなか歌わないので、店員さんに促されていた。歌うと渋くてすごく上手い。とても盛り上がった。おそらくとてもシャイな人。そしておそらく、われわれがうまいうまいと誉めていたのに気をよくして、二曲目も入れていた。しかしその際は、一曲目ほどは歓声はあがらず、おそらくそれを少し気にしていた。「調子乗ったわ」など言って、すぐにお会計。
学生から誘われて行ったわけだが、学生いわく「カラオケ居酒屋」は個室だと思っていたよう。初めは、恐る恐る、という感じがあった。とはいえ、ずっと引いている、というような様子はなかった。それはお店が、意外にも(というと失礼だが)一見さんにとてもオープンなことによるだろう。しかしみんな昭和・平成初期の曲を入れる(私もそうしてしまった)ので、選曲は、困っていたよう。一人が、負けないでを入れると、近くのお兄さんが「おっちゃんに合わしてくれてんねんな!」と声を発してくれた。こういう、誰にでもなく「声を発する」って、自分にはあまりないかもしれない感覚。ヨルシカを歌った学生もいたが、その歌がうまかったこともあるかもしれないが、それはそれで盛り上がっていた。
バンドをやっている歌うまの学生は、プラスチック・ラブ、Automatic、丸の内サディスティックを歌った。これに関しては、はっきりとうまいため、「うまい」というフレーミングで盛り上がる感じとなった。丸の内サディスティックは、3曲目ということもあり、やや日常化したかもしれない。しかし94点をとった。ちなみにこの店には点数によって景品があり、この子はその前に、お酒1杯サービスをとっていた。そして、93点はなにか景品があったが、94点は逆に景品なしだった。そこですかさず店員さんが、今日一番だったから、といって、アンパンマンのチョコをくれた。このあたりも、半ば純粋な気持ちや優しさ、半ば巧みなコミュニケーションだと思う。その巧みさを含めてホスピタリティを感じる。
一人の男性が入店して、近くの空いた席に座った。二曲続けて入れた。どうやら南アジア系?の方。スマホで動画を撮り出して、学生にも向けるのには少しいらっとした。そのあたりで退店。滞在時間は一時間半ほどだろうか。
2026.1.11
ホームページがgoogle 検索で表示されないのが気になっていた。色々調べたり、やってみたが、うまくいっていなかった。Search Consoleなるものの中にある、インデックス登録が必要とのことだが、Search Consoleに入るための認証がうまくいかない。
弟(SE)に聞いて、調べてみてもらった。Google Analyticsに登録し、それとこのホームページをリンクさせると、Search Consoleでの認証がうまくいくと教えてもらった。やってみるとうまくいった!
ホームページが表示されるようになる方法を調べている中で、Analyticsに登録する必要があるというような記事を読んで、アクセスしてはみていたが、なんか企業向けの感じがあり(あと、お金かかる感じもあり)、引き返してしまっていた。今回は突入していった結果、個人でも、無料で、登録することができた。
これで、しばらくすればウェブ検索で出てくるようになるはず。
調べるのはけっこう大変だったらしい。ありがとう弟
2025.12.31
友達と昼からはしご酒して一緒にスーパー銭湯、家で紅白を見ながらそばを食べて、仮眠してから授業資料をつくっている一日。
公開される場所で書ける範囲で、今年はどういう年だったかと考えると、研究関係で長らく堰き止まっていた石が外れて水が流れ出した年、という感じがする。第一に、論文を2本出せた。周りの生産的な研究者からすれば、最低限にも満たない本数かもしれないが、個人的には2本出せたのは2018年以来。来年・再来年も1本以上は出そうな気がする。論文を読んでくれた記者の方とお話しできたりしたのも面白かった。
第二に、長年独りで作業していた博論本の出版の見通しが立った。協力いただいた方々のおかげでしかない。編集者の方にもしっかり読んでいただき、的確にコメントをいただけるのがありがたい。来年上半期も、この作業が中心になると思われるが、これまでのような見通しの見えない重い気持ちがなくなった。
第三に、面白い研究テーマを見つけた。人に誘われる、学会があるから、など、外発的な動機でも研究はできなくはない。社会的に重要だから、というモチベーションでもできる。それらにも自分からは疎外された意義だけではなく、(うまくはまれば)関わりの中に滋養みたいなものもあるような気がする。しかし、自分の中でなぜかそそるテーマに取り組む作業は、やっぱり研究しているという実感がある。実感は大事。
それに付随して、資料や関連文献の読書も進んだ。読書が意欲的に進んだのも、7〜8年ぶりくらいのことのように思われる。
他にも色々と出会いや面白いこともあった一年だった。
2025.12.12
聴いたものこの頃は少し時間ができた。11月初めに出版社の方に完成稿をお送りして、デラを待つタイミングになったため。といっても、その間、ぎりぎりになっていた授業準備、授業、ゼミ、論文の査読結果を受けた修正、こちらでの査読審査もいくつかあった。ほか、企画展のパネルの制作など。
とはいえ比較的余裕があった中で読んでいたのがセクシュアリティ研究関係の本。はじめは、今年からもらっている科研の研究を進めるためだった。その研究テーマにはいくつかの主体が関わるが、そのうち一つの主体について、あまり掘り下げた研究がないように感じて事例を調べ始めた。いまだ、決定的な事例に出会っていない感がある。しかし、歴史性や、より短いスパンにおける経緯、その人たちのある種の複雑性はなんとなく見えてきた。
調査資料のジャンルの一つとして、歴史的なジェンダー研究、セクシュアリティ研究の本をいくつか集めて読む。これまで、クィアスタディーズのようなイメージがあったが、マジョリティ男性、マジョリティ女性のセクシュアリティについての研究も(たくさん)あったことに気付かされる。マジョリティのセクシュアリティについての話は、これまでほぼ触れてこなかったジャンルだが、これがふつうに読み物としてものすごく発見があった。そうして、授業やゼミの輪読に使えるかもと思って買って読んでいなかった恋愛社会学の本や、この分野の議論でよく出てくる小説(『蒲団』『痴人の愛』『驟雨』など)も読む。あまり歴史化・言語化のイメージがなかった領域が言語化される面白さを感じた。小説も、この手の小説をほぼ読んでこなかったが、人間の愚かさやオシャレさ、情けなさなどが凝縮されていて、そしてなんとなく、知っている範囲の、そういうテーマの現代文学よりも、非常に現代的な機敏に富んでいるようにも思われた。現代文学でも、面白いものがあるのだろうか。多分、あまり出会う環境にないだけだろう。
研究にどのくらい直結するのかはもはや半ば度外視されながら、セクシュアリティ、結婚、恋愛、花街、そのようなツーリズムについて俄か仕込みしたこの1ヶ月。ゲラが届くまではブームが続きそうな気がする。
2025.12.4
・展示パネルの推敲、主担当の先生に送る。近くのスタバで2時間ほど。一時は大変だったけど楽しい作業だった。
・論文修正 4ターン目
・『生活史の方法』実際的で、調査まわりの準備や心のもちようの解像度が上がる。倫理審査の話とか、調査者の属性の話など面白かった。調査者の属性については、逃れられない宿命を感じるとともに、誰にでもついて回るものだと分かり少し安心感があった。
2025.11.30
・展示パネルのファイル作成。wordで作っていく。おそらく作業2日目。3枚できあがったのと、途中のものが2枚。残りは、この途中のもの2枚と冒頭の解説文1枚。
2025.11.15
・他の論文修正 こちらも3ターン目
2025.11.14
・論文修正 3ターン目
・『観光経験の人類学』のガイドの章、『ひとから問うジェンダーの世界史』
・要旨も作成 英文校正のために校正サイトにアクセスすると、「論文執筆代行」のサービスが公然とあり、ぎょっとする(「フルサービス」60万円)
2025.11.10
3年ゼミでフィールドワーク(新今宮周辺)。あいりんセンターから南の通り、ホテルの並ぶ通り、観光客も多い大通り、商店街3本、飛田新地北側の結界、三角公園などを回る。近年の状況としての関帝廟や新築の民泊用物件、日中友好のポスターも見る。
その後カラオケスナック。前週にみんなで見たドキュメンタリーのお店。一人の学生が歌がうまくて、常連さんからお酒おごってもらっていた。お店の人の素人感もひとつの味になっていた。それでも料理はけっこう美味しかった。お店全体でゆっくり楽しもうとする雰囲気があり面白かった。いい選曲のヒップホップ(Longiness, Kawasaki Drift…)を選曲し続けるおじさんも面白かった。
2軒目は、絡んでくる系の客がだるかった。店員も仲裁してくれない。すぐ帰った。料金も謎に高かった。その場に残った飲兵衛の2人によると、その後はバックパッカーのアメリカ人、メキシコ人が来店してきて楽しかったらしい。
なかなかに余韻の残るフィールドワークだった。参加者から感想を聞けるのは再来週。