『影屋』
影屋
影屋
えとぶん・ReiKa
路地裏の喫茶店には影屋がある。
穏やかなマスターに迎えられ
ブラックコーヒーと角砂糖をみっつ頼むと
一服し、新聞も読み終えたところで
マスターは「あちらです」と奥の扉を指す。
鍵穴に角砂糖をひとつ、ふたつ、みっつ入れると、ドアのノブが回る。
部屋のすみには小さな影屋。
今日は先客がふたり。
翼がもげたフクロウの影
化けすぎて形を忘れたテンの影
影屋は繕ったり洗ったりして元通りにする。
「さて、お次の方はどんなご用で?」
僕は、懐から丁寧にカメを取り出した。カメには、影がないんだ。
影屋は自分より大きなカメをひょいと持ち上げ、あちこちを見た。
「これはいけない」影屋は言った、「この子は空想の中のカメなのさ」
カメははらはら泣いて、泣いて、小さくなっていった。
影屋は少し黙った後に、仕方がないとさらりと影を編み上げた。
「ありがとう」「ずっとは暮らせないよ、またおいで」
それからなぜか、角砂糖の扉は開かなくなった
カメの影はこの角砂糖を食べると、ひときわくっきりするんだ。
(2016年2月)