パシフィック/Pacific
1996年、静岡県浜松市に生まれました。すっかり大人になり、今では子供も生まれましたが、今だにプラレールを卒業できません。子供のころからプラレールとものづくりが好きで、自然とプラレールの改造をするようになりました。一時期離れていたこともありましたが、大学に進学し、趣味の時間が確保できるようになったことをきっかけに、2015年から本格的にプラレールの工作を始めました。以来、単に作りたい車両をプラレールで再現するだけでなく、車体や動力台車のフルスクラッチ、制御回路の作成等の技術開発に取り組んでいます。
2015年からパシフィックという名義で趣味の活動を行っていますが、これはもともと大学の鉄道研究会で会誌を執筆するためのペンネームでした。その後、Twitter(現:X)のアカウント名として使ったことから、プラレーラーとしての名義として定着します。
パシフィックは蒸気機関車の軸配置の一つです。2つの先輪、3つの動輪、1つの従輪(。 。〇〇〇 。)で構成され、2C1や4-6-2とも表記されます。直径の大きな動輪を持ち、先輪で高速走行時の安定性を確保、従輪でパワーを生み出す大きな火室を支える構造で、高速旅客機に多く採用されています。有名なところではFlying Scotsman のClassA1/A3、世界最速のMallard 号のClassA4、日本ではばんえつ物語に使われるC57形などがあります。性能と美しさを兼ね備えたこのタイプの蒸気機関車が昔から好きだったことから、ペンネームとして採用しました。
プラレールでも大好きなパシフィック機をどんどん作りたいところではありますが、好きすぎて中途半端な作品にしたくないという激重感情のせいで、実はあまり作れていません。いい加減作りたいですね…
なぜプラレールを自作しているのか?NゲージやHOゲージのほうがよいのではないか?というご意見をたまに見かけます。結論から言えばプラレールが好きだからということになりますが、もう少し掘り下げるとプラレールの構造は工学的に見ても奥が深く、性能向上の余地があり、工作の題材として面白いからと言えます。
プラレールはご存じのように対象年齢3歳の子供向けのおもちゃです。3歳でも安心して遊べる構造でありながら、様々な車両やストラクチャを製品として量産し、安価に販売しています。製品のプラレールはこのような前提や制約の範囲で作られていますが、一方で私のような大きなお友達()が遊ぶ前提で、個人の趣味で製作する1点ものとしてこれらの制約を緩和したらどうでしょうか?この場合、プラレールはより実感的でさらに面白く遊べるようになるポテンシャルを秘めていると思います。プラレールの構造を研究し、プラレールの持つポテンシャルを活かす技術開発を行うことに、私は魅力を感じています。
プラレールの性能向上に関する技術開発を行っていますが、開発においては「実用的であること」を製作の方針として重要視しています。プラレールは走行させるためにあるので、いくら先進的な構造であったり、見た目がリアルであったりしても、走行に難があれば意味がありません。また、製作したプラレールを各地で開催される運転会に持ち込み、走行させる場合には、走行が不安定だと、他の方の迷惑になります。製品のプラレールの制約を緩和すると前述しましたが、運転会の環境で安定して走行できる実用的な構造とするという点は大前提としています。
開発した技術を使う難易度が高く、1度しか使えなかったり、壊れたときに修理することが出来なかったりすれば、本当の意味で技術を開発できたとは言えないと考えています。そのため、技術の再現性を重要視しています。具体的には、性能を維持したままより作りやすい構造に最適化することや、壊れても修理できる構造に最初からしておくこと、必ず図面を描いてから製作することなどを心がけています。
ここまでは技術的な方針でしたが、最終的に開発した技術を使い作品を作る際には、作品として総合的なバランスが取れていることを重要視しています。例えば先進的な技術を搭載していても、車体のクオリティがそれに伴っていなければ、作品としては中途半端な状態です。また、車両の一部分だけ作りこんだり、編成の中で車両ごとにクオリティの差があるのも望ましくないと考えています。作品としての技術レベルのバランス、見た目のバランスを意識し、総合的に優れた作品を目指しています。
保育園時代の作品。プラレールの車体に画用紙を貼って好きな車両にしていました。
●1997年頃
1歳の誕生日にプラレール(トーマス)を貰う
●1999年~2002年頃
プラレールに画用紙を貼り付けて好きな車両にカスタマイズし始める。プラレール改造の第一歩
小学生時代の作品 C51お召しタイプ(左) 100系平屋中間車(右)
紙で作ったC55流線形
●2003~2008年頃
空き箱ボール紙を使って車体を自作するようになる
主に蒸気機関車を作成
●2009年~2014年頃
一時期プラレールから離れる
この期間に電子工作やプログラミングを勉強する
2021年以降の作品群
●2021年
LCDヘッドマークの研究開発、実用化
引っ越しのため仙台工場を閉鎖
光造形方式の3Dプリンタ導入
●2022年
PDCCの通信方式をBluetoothに変更
3Dプリンタ製のレールの製造を開始
●2023年
FDM方式の3Dプリンタ導入
鉄道模型ひろばinルミエール府中で初のブース出展
ブース出展に向け、ストラクチャの製作開始
●2024年
FDM方式の3Dプリンタ(2台目)導入
ひかりプラザにて初の運転会(非公開)を主宰
ココブンジプラザ鉄道模型広場にブース出展
●2025年
軽便鉄道模型祭にてPナローレイアウト出展
●2026年
某所にてレイアウト出展