酸性化スパイラルが起きている森の土壌有機物

このページは2022年10月25日プレスリリースのダイジェスト版です。プレスリリースはこちら

私たちは先行研究において、「肥沃なスギ林土壌は樹木の生育とともにますます肥沃(※1)に、痩せて酸性度の高いスギ林土壌はますます痩せて酸性になる」という酸性化スパイラル現象(人工林土壌の酸性化スパイラル参照)を見出しました。

痩せて酸性度が高い土壌のスギ林では、少ない土壌養分を樹木が吸収しようと頑張るのか細根量が増え、土壌有機物含量も高いこと、しかしCEC(陽イオン交換容量cation exchange capacity,  カルシウムイオンのようなプラスの電気を持つ養分を保持する土壌の機能、注1)は肥沃土壌のものと同じである現象も見出しました。

そこで、「葉と細根が一般的な混合比である有機物」に比べ「細根が相対的に多くなっている有機物」は、栄養を捕らえる能力は同じ??か調べねばなるまい、と思いました。もし細根に由来する有機物の機能が劣るのであれば、痩せた土壌にスギを植えないなどの対策をとる必要があります。

 

(2)調査方法

痩せて酸性度が高いスギ林土壌(痩せた土壌)と、肥沃で酸性度の低い土壌(肥沃な土壌)それぞれから、「植物体に近い状態の有機物」、「分解が進んで鉱物と親和し、土壌における滞留時間を延ばしている有機物」を、比重の違いを使って取り出し、核磁気共鳴(NMR)分析を通して各有機物がもつ官能基を特定し、土壌全体のCECとの関係を精査しました。

 

(3)研究成果

①   鉱物と親和して長く残る有機物のカルボキシ基はCECの向上に寄与 

「植物体に近い状態の有機物」では、各官能基が含む炭素量とCECとの関係性が見られなかった一方で、「鉱物と親和して長く残る有機物」では、カルボキシ基(有機物中のマイナス電気の源)が多いほどCECが高いことがわかりました。CECを向上させるためには、土壌有機物の中でも「鉱物と親和して長く残る有機物」を増やす必要があると考えられます。

②   「鉱物と親和して長く残る有機物」の量は痩せた土壌と肥沃な土壌で同じ

「鉱物と親和して長く残る有機物」の量は、痩せた土壌と、肥沃な土壌の間で同程度であることがわかりました。つまり、土壌有機物全体は増えても、CECを上げるのに有効な有機物の量が同じであればCECは上がらないことが示されました。

③   痩せた土壌では有機物の分解が進んでいる

痩せた土壌では肥沃な土壌と比べて有機物の分解が進んでいることもわかりました(図4)。「土壌の酸性化に触発されて植物が細根量を増やし、それが枯れて土壌に投資されても、CECを上げるのに有効な有機物の量が増えない」理由は、「葉と細根が一般的な混合比である有機物」に比べ「細根が相対的に多くなっている有機物」のCEC能が劣るためではなく、「酸性化が進むと動きが活発化する微生物の働きや酸性化で有機物と鉱物が親和しにくくなるなどの理由で、有機物の分解が進んだため」であると考えられます。

 

【成果の意義】

  本研究は、スギが資源を土壌へ還しても、その投資分の効果がキャンセルされる理由を解き明かしました。私たちは、もともとの状態を維持しようとする森林生態系がもつ動的平衡機能の一端を見ているのかもしれません。


この調査を通し、土壌と植物が、互いに強く影響しあう姿が見えてきました。今後、より多くの樹種について研究を進めることで、「どの樹種がどのような土壌の環境に反応し、さらにその影響によって土壌がどのように作りかえられていくのか?」といった、植栽樹種を選択する場面で有用な情報を提供できると考えられます。


例えば、「肥沃な土壌を好むスギを、痩せた土地には植えない」という選択肢は、土壌酸性化防止に多少なりとも貢献しうると考えられます。しかしながら、それは決して新しい発想ではなく、昔から林業現場で受け継がれてきた「適地適木」(注2,その土地の特徴に合う樹種を選んで植林する)という叡智を、科学の面から支持することにほかなりません。


いま世界では、土壌の劣化が、食・水・エネルギーの安全を脅かすことが懸念されています(土壌劣化の中に土壌酸性化も含まれます)。土壌―植物間相互作用を考慮した適切な森林施業のあり方は、日本よりずっと分布割合が高い世界の痩せた土地で、人間が如何に土壌劣化を緩和しながら持続的に森林をマネージメントしていくか、その指針を建てるときに役立つと考えられます。


本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)「人工林土壌の塩基を枯渇させない方法の模索」および「土壌環境に触発された細根増産は土壌養分保持能を損なうのか?」の支援のもとで行われたものです。

 

 

【用語説明】 


 

注1)CEC(陽イオン交換容量):

単位重量あたりの土壌がカルシウムやマグネシウムなどの塩基類を吸着できる最大の量。植物や微生物の生育に必要な養分を補足する土壌の機能のひとつ。

 

注2)適地適木:

土壌に適した樹種を植えることを推奨する知恵。例えば「尾根マツ、谷スギ、中ヒノキ」という句は、乾燥に強く痩せた土地でも生育の良いマツは尾根部に、水分が多く肥沃な土壌を好むスギは谷部に、斜面中部にはヒノキを植えることを推奨している。

 

 

【論文情報】

掲載紙:Plant and Soil

論文タイトル:An increase of fine-root biomass in nutrient-poor soils increases soil organic matter but not soil cation exchange capacity(痩せた土壌における細根量の増加は土壌有機物を増加させるが、土壌の陽イオン交換容量を増加させない)

著者:Ryota Hayashia, Nagamitsu Maieb, Rota Wagaic, Yasuhiro Hiranod, Yosuke Matsudae, Naoki Makitaf, Takeo Mizoguchig, Ryusei Wadad, Toko Tanikawaa, g(林亮太a, 眞家永光b,  和穎朗太c,平野恭弘d, 松田陽介e, 牧田直樹f, 溝口岳男g, 和田竜征d, 谷川東子a, g

a, 名古屋大学大学院生命農学研究科; b, 北里大学獣医学部; c, 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境研究部門; d, 名古屋大学大学院環境学研究科; e, 三重大学大学院生物資源学研究科; f, 信州大学理学部; g, 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所関西支所

DOI: 10.1007/s11104-022-05675-z                                 

RUL: https://link.springer.com/article/10.1007/s11104-022-05675-z