細根が分解すると酸が出てくる

スギのお話①では、痩せた土壌に生育するスギは、細根バイオマス量が高いことがわかりました。樹木が太陽光から自力で稼ぐ光合成産物の行方は、生まれてから死ぬまでの時間が短い葉と細根に集中すると考えられ、これらの器官は枯れて土壌に投下されます(これを植物リターといいます)。痩せた土壌で細根バイオマス量が増えるということは、細根リター量も増えるのではないか(そうすると、葉リター量は減るのではないか)・・・。葉と根のリター量の関係は、それほど単純でもないのかもしれませんが、葉と細根のリター量比の変化は土壌にどのような影響を与えるのかが知りたくなりました。

細根や葉が枯れて土壌に投下されると、待ち構えていた微生物がそれらを食べて分解します。分解系の国内外の研究はこれまで、分解するスピードは葉より細根の方が遅く、分解呼吸の速度も遅いことなどを示してきました。一方、分解過程で放出される液相についてはほとんど研究されてきませんでした。しかし分解に伴い基質から土壌へ放出される水溶性成分は、土壌の化学性や微生物の動きに直接的に影響を与えると考えられます。従って、水溶性成分についての細根と葉の違いを知ることは、森林土壌が環境変動にどのような影響を受けるかを予測する際に欠かせない情報です。

 そこで水溶性成分の器官差を明らかにするため、葉と細根を完全に分けてカラムに詰め(図1)、加温により分解を促進しながら定期的に人工的な雨を降らせて得られた液をカラムに装着したボトルに集めるという実験(図2)を、2年半にわたって実施しました。

その結果、葉と細根の分解物を通過した人工雨のpH(酸性度の指標)はともに、実験期間前半は激しく揺れ動くものの、半年ほどで落ち着き、後半にかけてじわじわと低下する(酸性度が高くなる)ことが分かりました。そして葉より細根の液は、実験初期も酸性度が高く、後半にはさらに高くなることが分かりました(図3)。この現象は、葉より細根のほうがリグニンのような複雑な構造を持つ分解されにくい成分が多く含まれ、微生物が食べにくいことに起因していると考えられました。また反応後の人工雨をEEM-PARAFACという解析にかけたり、微生物が発生する二酸化炭素量(分解呼吸量)を測定したりすることによって、細根は葉に比べて食べにくく、微生物を多く養うことができないこと、そのために発生する食べ残しによって、液の酸性度が高くなると推察されました。 

樹木が環境に反応して葉と細根の存在比を変え、細根リター量が増えると、土壌は酸をより多く受け止めることになりそうです。土壌中に酸の消費経路はいろいろあるので、細根が分解する過程で放出される酸がすぐに土壌酸性化を引き起こすわけではありません。しかし潜在的な土壌酸性化の進行には気を配る必要があります。

土壌酸性化は、現代を代表する土壌劣化の1つです。国連の定める持続可能な開発目標(SDGs)にも、土壌劣化の防止と逆転が含まれています。森林は、二酸化炭素を吸収して地球温暖化を抑制し、水を浄化して貯留する機能を担う生態系です。森林生態系の基盤をなす土壌を将来にわたって保全していくためには、どのような樹種が、どのような環境変動に対して、なぜ細根を増産するのか、という謎を解く必要があります。

引用・参考文献