ケルプクラブの衣・食・住 とその生態学的意義に関する研究
クモガニ上科のうち、着底後の生活史の全体もしくは一時期に海藻群落内に生息する種を「ケルプクラブ(Kelp Crabs)」と慣習的に呼びます(大土 2019)。1960年ごろからカリフォルニア沿岸などでジャイアンケルプ海中林の主要メンバーとして生態学的研究が盛んにおこなわれてきましたが、日本を含む西太平洋沿岸では、ヨツハモガニをめぐる分類学的混乱があったこともあり、ほとんど生態学的研究が行なわれていませんでした。私たちは、日本を代表するケルプクラブであるヨツハモガニとオオヨツハモガニを対象とし、その衣食住に関する生態をキーワードに包括的な生態学的研究を進めています。沿岸生態系における彼らの立ち位置を明らかにしようとしています。
住(生息場利用の研究):どれくらいの範囲を生息場とするのか、なぜその環境に生息するのか、どのように利用するのかについてあらゆる角度から検討します。海藻群落とケルプクラブの密接な関係を調べる過程で、様々程度の「成長に伴う生息場変化(Ontogenetic habitat shift)」が明らかになってきました(例えば Hines 1980)。私たちの研究からは、モガニ属の「成長に伴う生息場変化」がカニの成長だけでなく、海藻植生の分布の季節変化の影響を受けていることもわかってきました。
食(食性の研究):複合種としての「ヨツハモガニ」は、遅くとも1960年代には、ウニ類・アワビ類の捕食者と見なされるようになりました。アワビ類やサザエなど磯根資源の側にも、モガニの側にも「成長に伴う生息場変化 」や「(成長に伴う)食性転換 ontogenetic diet shift」があることがわかってきました。これらの彼らの捕食被食関係は、捕食者と被食者双方の体サイズの差などにも影響を受けるでしょうし、そもそも特定の時期しか出会わない可能性もあります。モガニ類と磯根資源の時空間的に変化する種間関係を研究しています。三陸のオオヨツハモガニについては、これまで捕食者の側面ばかりが強調されていますが、我々は植食性やデトリタス食性についても詳細に調べています。
衣(デコレーティングの研究):一部のクモガニ類は海藻や周辺の物質を特殊な形状の剛毛に付着させる「デコレーティング」を行い、デコレーター・クラブと呼ばれます。デコレーティングを行う種は「デコレーター・クラブ」と呼ばれます。デコレーティングにはカムフラージュの効果があるとされています。しかし、彼らが背景とする海藻群落には季節消長があり、また一部のケルプクラブは成長に伴う生息場変化を行ないます。これまでに生息環境の季節変化や個体の成長を考慮したデコレーティングの研究はありませんでした。さらに、いくつかの研究事例はありますが、厳密に言えば、実はデコレーティングがカムフラージュであることの確実は証明はありません。私たちは「デコレーティング=カムフラージュ行動」という従来の考えにしばられない研究を進めています。
クモガニ類の衣食住は、従来は別々の研究テーマとして行なわれてきましたが、本来は1つの種が合わせもっているものです。したがって3つのテーマの根底にある成長様式の解明も非常に重要なミッションです。我々は既に発達段階判別法(ontogenetic staging)という、繁殖行動に関連する形態的特徴の組み合わせから個体の成長段階を判定する手法を手にしていますが、共同研究によりその生理学・内分泌学的なメカニズムの解明も目指しています。衣食住のつながりを明らかにし、藻場生態系のなかでの役割を明らかにしていきたいと考えています。