文化甲殻類学とは、簡単に言えば、人間と甲殻類の関わりを考える学問です。1980年頃に始まった文化昆虫学(Cultural Entomology)の甲殻類版です。
甲殻類、特にカニ類やエビ類は多様な無脊椎動物のなかでも特に人との関わりの深い分類群です。と言うと多くの人は食用のエビカニのことを思い浮かべるでしょうが、少し注意していると、世の中には食用の他にも様々な場面・場所で甲殻類を目にすることがあることに気付きます。さらに注意深く調べていくと、実はエビやカニが登場する際(デザインに採用される際)には特定の文脈が存在することが見えてきます。それは日本人が(あるいは世界の人が)持つ、エビ・カニに対する先入観のようなものではないかと思います。この、世の中にあまねく存在する甲殻類をめぐる愛すべき先入観を明らかにしていく、というのが、文化甲殻類学の当座の、表面的な目的であります。
「当座の、表面的な目的」としたのは、私が現時点でオボロゲながらもそれ以上の発展可能性を秘めていると考えているからです。文化甲殻類学の調査・研究では、民俗学と同様、ときに古い資料をひもとき、ルーツを探ることもしますが、現在進行中の文化活動も研究対象とすることができ、さらには今後の展開を予測をすることもできます。つまり、過去・現在の甲殻類を用いた表現活動や甲殻類の非水産的利用事例の探索を通して、「日本人の甲殻類観の経時的変化」や「未利用表現領域の発見」を通して、甲殻類を用いた新たな表現・利用の可能性を考える、未来指向型の学問領域です。甲殻類による生態系サービス(特に文化的サービス)とその将来性を明らかにしていく、という説明だとわかりやすいでしょうか。調査を通じて、特定分類群の教育普及の浸透度合いをうかがい知ることもできるかもしれません。
主な調査対象:①甲殻類の特徴に着想を得て創作・制作されたもの、あるいはデザインとして採用され、商業目的に販売・発表・発信された物品・事象(食品、マンガ、アニメ、食玩、小説、映画、音楽、特撮など)。したがって同人的創作物は非対象(調べていないわけではない)。②怪談・地方の民話・民謡などでの登場事例(特にネガティブ・イメージの探索)。
現在の研究テーマ
アニメにおけるカニ類登場事例の分類と変遷
宮澤賢治「やまなし」の視覚化に見られる「蟹」表現の二極化傾向
関門海峡周辺における平家蟹にまつわる展示とグッズの減少傾向
マンガにおける「飛翔するカニ」の表象の変化
カプセルトイの一例.淡水性の両生類のなかになぜか1種だけシオマネキがラインナップされている.
アニメ作品の一例.川遊びでサワガニをとるシーンがある.「のんのんびよりのんすとっぷ」第7話より.
平家蟹伝説とそれをモチーフとする作品における表現の特徴の抽出