非平衡系の普遍性

非平衡状態は平衡状態には存在しない多彩な物理現象を含んでいます。これらの現象の中にも、系の詳細に依存しない普遍性が存在する場合があることがわかっています。

・周期駆動量子多体系における例外点的な動的相転移

平衡状態での相転移は自由エネルギーの特異性によって特徴付けられますが、近年、温度の代わりに時間を用いて定義された「動的自由エネルギー」が特異性を持つ場合があることが発見されました。この量は、量子系においては時間発展後の再起確率に対応します。

私はユニタリーな周期駆動系におけるこの転移の新しいメカニズムとして、隠れた反ユニタリー対称性の自発的破れに起因した「例外点的な動的相転移」を提唱しました。この転移は、動的自由エネルギーの平衡状態では存在し得ない強い特異性や、一般化相関と呼ばれる量に関する相関長の発散および振動的な長距離秩序を伴います。元の周期駆動系があるパラメータ条件を満たすとき、それを時空間双対に関して変換することで得られる非ユニタリー演算子が反ユニタリー対称性を持ちます。この隠れた反ユニタリー対称性が自発的に破れる(すなわち固有状態が対称性に対し不変でなくなる)とき、例外点と呼ばれるスペクトル特異性が発生し、元の模型でその普遍性を反映した動的相転移を引き起こすことを示しました。

Nat. Commun. 12, 5108 (2021). [arXiv:2012.11822]

プレスリリース「新しいメカニズムによる動的量子相転移を発見 -反ユニタリー対称性の自発的破れ-」

(a) 比熱的固定点の模式図。初期状態から強くクエンチすると、動的スケーリングを示す状態か一定時間現れる。(b), (c)二つの異符号の磁気ソリトンが時間とともに絡み合い、束縛状態を作るプロセス。以下、グラフの縦軸は空間、横軸は時間。
一次元反強磁性では、 時間とともに磁気ソリトンが束縛状態を作り、それが消えることで緩和が進む。時間とともにソリトンの数が減っている。

・孤立した冷却原子系における動的スケーリング

古典系、特に散逸系や確率過程において、非平衡ダイナミクスに現れる動的スケーリングは系の詳細によらず現れる普遍的現象として昔から盛んに研究されてきました。例えば、(対称性の破れた相などにおいて)系の複数の秩序がドメインを形成している時、そのドメインは時間が経つと移動や衝突により大きくなっていきます。この現象は秩序化過程と呼ばれ、その同時刻相関関数は時間ごとの特徴的な長さスケールL(t)で特徴付けられる動的スケーリング則に従うことが知られています。このL(t)の時間依存性により秩序化過程の普遍性クラスを特徴付けることができます。なお、秩序化過程に限らず、こうした(臨界点から離れていても現れる)動的スケーリングは非熱的固定点(non-thermal fixed point)と呼ばれ注目を集めています。

我々は、一次元強磁性スピナー冷却原子系が従う孤立量子系の時間発展においても、同様な相関関数の動的スケーリングがあること、またそれが孤立量子系特有の普遍性に従うことを示しました。さらに、反強磁性スピナー冷却原子系では、磁気ソリトンの新奇な束縛状態によるnon-thermal fixed pointを反映した動的スケーリングがあることを発見しました(左図)。

Phys. Rev. Lett. 120, 073002 (2018). [arxiv:1707.03615]

Phys. Rev. Lett. 122, 173001 (2019). [arxiv:1812.03581]

また、後者の研究でも重要な役割を果たす磁気ソリトンを、Georgia Techの実験グループとともに冷却原子系で観測しました。

Phys. Rev. Lett. 125, 030402 (2020). [arXiv:1912.06672]

Non-thermal fixed pointとは別の概念として、古典系においては、界面成長の高さゆらぎにFamily-Vicsekスケーリングと呼ばれる時空間のスケーリング則が成り立つことが知られていました。

我々は、量子多体系(スピン1/2やスピン1で実効的に記述できるようなBose-Hubbard模型や、乱れたフェルミオン系)においてもFamily-Vicsekスケーリングが現れることを初めて示しました。興味深いことに、このスケーリング則を示す「ある点での界面成長の高さ」は、その点のスピンそのものでなく、ある起点からその点までのスピンの和として定義されます。

Phys. Rev. Lett. 124, 210604 (2020). [arXiv:1911.10707]

日本物理学会誌, 最近の研究から, 76, 517 (2021).

Phys. Rev. Lett. 127, 090601 (2021). [arXiv:2101.08148]

プレスリリース 「乱れた量子系における粒子数揺らぎと量子もつれの成長則を発見 -コーヒーの染みの広がりとの意外なつながり-」

さらに、自由フェルミオン系にdephasingを入れた開放量子系においても、同様にFamily-Vicsekスケーリングが現れることを示しました。この場合、dephasingを入れることでスケーリング指数は弾道的なものから拡散的なものに変わりますが、スケーリング関数はEdwards-Wilkinson方程式とは異なる新しいものとなります。このことは、繰り込み群の手法によって解析的に示すことができます。

Phys. Rev. Lett. 129, 110403 (2022). [arXiv:2202.02176]