非平衡系における厳密な結果

非平衡統計力学は未だ完全な理解から程遠い状況にあります。こうした状況下で、非平衡系で成立する厳密な結果や法則を見つけることは重要な意味を持ちます。

・非平衡量子系における「不等式」に関するレビュー

非平衡系を理解することは物理学の重要な問題ですが、特に近年、その法則を支配する「不等式」の重要性が理解されてきています。このレビューでは、こうした非平衡系(特に量子系)における様々な不等式について、基本的なところから最新の結果まで解説しました。取り扱っている内容は、speed limit, quantum thermalization and equilibration, Lieb-Robinson bound, entanglement generation, error bounds for approximate dynamicsなどです。

International Journal of Modern Physics B [arXiv:2202.02011]

・マクロな遷移を伴う速度限界

MandelstamとTammは1945年に、ある量子状態がユニタリー時間発展により別の状態へ遷移する速度が、系のエネルギー揺らぎを用いて抑えられることを示しました。それ以来、こうした状態の速度限界は量子系・古典系問わず活発に研究され、また量子制御などへの応用にも活用されてきました。一方、従来の速度限界の多くは、マクロな遷移を含む過程には直接的に用いることができません。例えば、粒子がある場所から別の場所へ輸送される状況を考えると、Mandelstam-Tamm限界は発散してしまいタイトな不等式を与えてくれません。

本研究では、確率の局所保存則に基づき、マクロな遷移に対して有効な速度限界を導く一般的なフレームワークを与えました。系を一般のグラフ上に乗せ、そのグラフ上で定義される物理量の速度がその量の「(グラフ上の微分を用いて表される)滑らかさ」と、局所的な確率流を用いて表されることを示しました。特に、ユニタリー量子系の場合は、遷移ハミルトニアンの期待値が大きくなると(量子位相差が抑制され)速度限界が小さくなりうることを発見しました。さらに、同様な速度限界が(物理量期待値に限らず)マクロな量子コヒーレンスに対しても適用できることを示しました。また、このフレームワークは古典や量子のマクロ遷移を伴う確率過程にも適用できることを示しました。

PRX Quantum 3, 020319 (2022). [arXiv:2110:09716]

・束縛ダイナミクスにおける普遍的な誤差上限

例えば量子系でエネルギースケールに十分大きなギャップが開いているときは、実効的な物理は低エネルギー理論によって近似できます。この有効理論によりダイナミクスも近似できますが、実際には時間とともに誤差が蓄積し、近似は悪くなっていくと考えられます。我々はこうした束縛ダイナミクスにおける誤差について、普遍的に成り立つ誤差の上限を厳密に示しました。これは束縛ダイナミクスの(ある時間スケールまでの)妥当性を数学的に保証する初めての結果になっています。

Phys. Rev. Lett. 124, 210606 (2020). [arXiv:2001.03419]

Phys. Rev. A 101, 052122 (2020). [arXiv:2001.03421]

・非線形進化・生態ダイナミクスにおける速度限界

非線形系はカオスや分岐など多彩なダイナミクスを示しますが、それの従う一般的法則を見つけることは重要な問題です。我々は、進化・生態モデルにおける非線形系に着目し、物理量の(適切に定義された)速度に対する(Fisher情報量による)上限を導きました。この上限は、進化の文脈でよく知られているFisherの基本定理(種の増加率の平均の速度はその分散に等しい)の一般化を与えます。また、分岐点近傍において、速度とその情報論的上限がスケール普遍性を示すことを見出しました。そして、この速度のスケーリング則に付随する指数が分岐のタイプのみから決まる普遍的なバウンドを持つことを議論しました。例えば、速度の減衰のべきの下限は(系の詳細によらず)transcritical分岐では1/2、Hopf分岐では3/2などであることがわかります。我々の一般的結果は、進化モデル、SIRモデル、Lotka-Volterraモデルなどで確かめられました。

Communications Physics 5, 129 (2022). [arXiv:2202.02028]